「疎外感」の精神病理 第4回

引きこもりと疎外感

和田秀樹

8050のうそ

 さて、前述のとおり、2019年に中高年のひきこもりの人に関連した世を震撼させる事件が起こったために、それまでも話題になっていた8050問題が急激にクローズアップされたわけですが、現実の統計を見る限り、若い頃にひきこもりを発症して、中高年になるまでひきこもっているというのはむしろレアケースです。

 先に触れた2018年の内閣府の調査(40歳から64歳のひきこもりを含めた調査)では、初めてひきこもりになった年齢は19歳以下の人はわずか2.1%にすぎません。多い順では、60~64歳が17%、25~29歳が14.9%、40~44歳が12.8%という結果でした。

 要するに、定年後、対人関係を好まずひきこもりになる人が一番多いということです。

 その次が、おそらくは失業などによるひきこもりなのでしょう。

 若いうちにひきこもりになり、それが続くというのはきわめて少数派なのです。

 ひきこもり期間についても30年以上というのは6.4%で、3~5年という人が21.3%と最多でした。

 ひきこもりの状態になったきっかけも多かった順に、「退職したこと」「人間関係がうまくいかなかったこと」そして「病気」でした。

 ひきこもりというのは、世の親御さんを非常に不安にする状態ですが、たとえば不登校になってもほとんどの子どもがひきこもりになっていないこと、そして一度ひきこもりになっても3~5年で、それを脱することを知ることは価値があるでしょう。

 深刻なのは中高年で、失業や病気をきっかけにしてひきこもり生活に入ることです。

 2021年12月に起こった精神科クリニックへの放火殺人事件(27人死亡)は世を震撼させたわけですが、被疑者の男性は当時61歳で、50歳ごろから無職で家族とも絶縁状態だったとのことです。

 周囲の証言からみても、ひきこもり生活と言っていい状態だったのでしょう。

 板金工場につとめ、腕前と真面目さを高く評価された工員だったこの被疑者は妻との離婚を機に人生を狂わせ始めます。その後、突然退職し、元妻に復縁を迫るも断られ、長男を包丁で刺すという殺人未遂事件を起こし、4年間の刑務所生活を送ります。

 その後は、再就職せずに親から相続したアパートの家賃収入(月7万円でした)で生計を立てるのですが、このひきこもり生活の中で世の中への恨みをつのらせ、犯行にいたったとされています。

 長引く不況や、熟年離婚が当たり前になった現在、このように失業を機に、妻子に見捨てられ、ひきこもり生活を送っている人は決して少なくないはずです。

 ひきこもりが若い人を襲う病理などではけっしてなく、それまで普通に社会生活を送っていた人が、職を失い、家族を失い、その上、社交的でないために社会との接点がうまく作れないと比較的簡単に陥ってしまう病理であることを認識する必要があるでしょう。

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「疎外感」の精神病理

コロナ孤独、つながり願望、スクールカースト、引きこもり、8050問題……「疎外感」が原因で生じる、さまざまな日本の病理を論じる!

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プロフィール

和田秀樹

1960年大阪府生まれ。和田秀樹こころと体のクリニック院長。1985年東京大学医学部卒業後、東京大学医学部付属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローなどを経て、現職。主な著書に『受験学力』『70歳が老化の分かれ道』『80歳の壁』『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』『70歳からの老けない生き方』『40歳から一気に老化する人、しない人』など多数。

 

 

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