カルチャーから見る、韓国社会の素顔 第7回

映画『ミナリ』、これまでとは少し違った「韓国系移民の物語」

伊東順子

移民映画としての『ミナリ』の不思議さ

 ところで、アジア系移民を扱った映画として、『ミナリ』はかなり異質である。「韓国系移民の物語」であることは間違いないし、監督や脚本家、さらに主演俳優や子役なども「当事者」である。

 主役である父親ジェイコブを演じたスティーヴン・ユァンは韓国や日本でも人気の俳優だが、彼もまた韓国系移民の1人である。1983年生まれ、4歳の時に両親とともに米国に渡った。彼も記者会見等で自身の体験について語っているが、印象的だったのは、『ミナリ』と過去に移民を扱った他の作品との違いについて述べた部分である。日本語の記事があったので、そこから引用する。

 

「今作では、いわゆるマジョリティや、アメリカが移民を見る眼差し、移民の苦しみや抑圧されるさまによって、この家族が何者かを定義付けていません。移民の物語でよくある、『こういう苦しみがあって、だからこの家族は……』という風には描かれていないことが素晴らしいと感じました。彼らの存在にも価値があるという、本当にシンプルな声明のような作品です。とても新しく大胆で、勇敢で、清々しい企画だったので、私もこの作品の一員になりたいと思いました」

https://eiga.com/news/20210319/50/?cid=news_20210327_25_1

 

 よく知られているようにアメリカ映画におけるマイノリティの存在は、初期には全て「敵」であり「悪役」、後になってその反省のもとに差別や抑圧を告発する作品が多く作られた。そこでは米国での差別体験、あるいは母国での人権弾圧などが語られ、その抑圧が「その家族の物語」にとって重要とされてきた。たとえばそれは日系人収容所やベトナム戦争の記憶であり、あるいはブルックリンの韓国スーパーであったり。ところが『ミナリ』はそれらとは異なり、コミュニティに「壁」のようなものを一切作らない。

 スティーヴン・ユァンが言うように、この映画にはこれまでの「移民の物語」にありがちな、人種差別や軋轢のようなものは描かれていない。そこが米国の一般的な移民物語とは違うところであり、また韓国の側から見てもそうだ。これまで作られた様々な「コリアン・ディアスポラの物語」の多くと趣を異にする。

 韓国における米国移民の物語といえば、まず思い出すのは『ディープ・ブルーナイト』(1985年、ペ・チャンホ監督)である。当時、大きな社会問題となっていた「米国移民ブーム」を題材にしたベストセラー小説『深く青い夜』(崔仁浩著、1982年)を映画化したもので、アン・ソンギとチャン・ミヒという当代のトップスターが共演して、韓国国内の映画賞を総なめにした。「グレゴリー・ペク」を名乗る主人公は米国籍の韓国女性との偽装結婚でグリーンカードを取得し、アメリカ移民の夢を実現しようとする。ビジネスとしてお互いに割り切った偽装結婚だったが、暮らしを共にするにつれて微妙な感情が芽生えてくる。背景にある米国社会の差別、そこから生まれる疎外感などが描かれている。

 またドラマでは、それから10年後に制作された『1.5』(1996年MBC)が、韓国系移民社会と母国の関係を本格的に扱った最初の作品だったと思う。主演は若き日のチョン・ウソン。韓流ブームの前であり、彼の存在が日本でまだほとんど知られていなかった時代だ。

 彼が演じたのは幼い頃に米国に渡った韓国系移民の青年。アメフト選手として活躍していたが、アジア系に対する人種差別で負傷する。自暴自棄になってリハビリも拒否していた時に、入院中の病院でロスアンゼルス暴動(1992年)のニュースを見る。炎上するコリアンタウン、彼はそこで商売する両親を心配して病院を抜け出す。

 タイトルの『1.5』とは幼い頃に移民したことで、韓国生まれの親世代ほど韓国的ではないし、かといって米国生まれの2世でもない、不安定なアイデンティを象徴する言葉として1990年代の一時期よく使われた言葉だ。4歳で米国に移民したスティーヴン・ユァンも、当時の言葉を使えば1.5世になる。

 ドラマには韓国人留学生役のシム・ウナ、赤ん坊の頃に米国人養父母にもらわれていった孤児役のシン・ヒョンジュンなど、後の大物俳優がそろって出演している。下記のリンクにはドラマのダイジェスト版があるが、ファンにとってはお宝動画かもしれない。若き日の3人は本当に美しい。

https://www.youtube.com/watch?v=jVFu_J2OZas

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「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。

プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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