ニッポン継ぎ人巡礼 第1回

日本一のうるしの産地。いま浄法寺で起きていること

甲斐かおり

突如として、2倍のうるしが必要になった

 

漆器といえば輪島や会津、越前が有名だが、生うるしの産地といえるのは、国内で唯一、浄法寺だけだ。ほかにもうるしを採る地域はあるが、生産量が少なく、国産の7〜8割は浄法寺産である。

国産うるしは海外産に価格面で太刀打ちできず、14年ほど前は衰退一歩手前の状況にあった。それが2007年から日光東照宮など文化財の修復に使われるようになり、2018年には国宝や重要文化財建造物の保存・修復には日本産のみを使用すると決まった。国産うるし保護のためだ。この影響をもっとも受けたのが、浄法寺だった。

突然、これまでの2倍近くのうるしが必要になったのだ。樹を植えて樹液が採れるまで10〜13年はかかる。かつ、機械化とは無縁の、手仕事。今日言われて明日2倍にできますというものではない。

それでも二戸市の漆産業課や、日本うるし掻き技術保存会(以下、保存会)では、国の要望に応えようと、植樹を増やすために苗木に補助金を出したり、掻き子を養成するなどの努力をここ数年重ねてきた。2020年には37人が、掻き子として活動している。

ところが、である。そんな状況にありながら、肝心のうるしを掻く道具が危機に陥った。

長年、浄法寺のうるし道具を一手に手がけてきたのは、中畑文利さんという青森県田子に暮らす野鍛冶だった。うるしカンナをつくることのできる最後の一人といわれた中畑さんが大病を患ったのである。白血病だった。

 

保存会も行政も、ただ手をこまねいて見ていたわけではない。全国の鍛冶屋にうるしカンナを送り、同じものをつくってもらえないかと依頼してきた。ところが、うるしが身近でない地域では、形を真似ることはできても、どう使用されるかの実感が持てない。U字の広さや角度、厚みなど、微妙な調整をしたカンナだけが実用に値する。送られてきた試作品で使えるものは一本もなかったという。

このとき声のかかった職人の一人に、異色の鍛冶屋がいた。それが前述のヤストさん。福島県いわき市で菜切り包丁やオリジナルの刃物をつくる、鍛冶職人だった。

青森県田子で鍛冶屋を営む、中畑文利さん。

鈴木康人さん(右)

 

うるしカンナをつくる、最後の職人

 

初めて話を聞いたとき、ヤストさんはいわきの自分の師匠にならできるのではないか、と思ったそうだ。

ヤストさんは長く東京のアパレル業界で働いてきた人だ。40歳を過ぎていわきの実家に戻り、好きだった刃物を仕事にできないかと研ぎの仕事を始め、野鍛冶の師匠の元に通って仕事を覚えた。いわゆる鍛冶一本でやってきた本流の鍛冶屋とは少し違った経歴の持ち主である。

いまは奥さんである布作家の智子さんと「omoto」という名でユニットを組み、デザイン性のある包丁や刃物をつくっている。

ヤストさんが話をすると、いわきの師匠はすぐに、うるしカンナをつくる難しさを見抜いた。

「この歳から習得するのはとても無理だと断られました。師匠ができないのに自分ができるわけがない。それで一度はお断りしたんです」(ヤストさん)

ところがその約一年後。再び保存会から電話が入る。

「中畑さんが病気になったと。教えられるうちにすべて教えるからとにかく一度来てもらえないかと。ほかに誰も居ないのであれば、自分が若い人に伝える中継ぎにでもなれればという気持ちで行きました」

それから数年後、私もヤストさんとともに中畑さんの鍛冶場を訪れたことがある。浄法寺から車で約1時間。南は二戸市、西は秋田県に隣接する田子へ、国道104号線をどこまでもまっすぐに進む。

民家が並ぶ住宅街のなかに、その鍛冶屋はあった。衝撃だった。すっぽりそこだけ何十年も前から時が止まっているかのような空間。背の低いトタン屋根に古びた「中畑文利」の看板がかかっている。軒下には鉄道具が金物屋のように積み上がり、小さな陳列窓にはカマやクワなどの道具。入り口脇にはうるしを掻いた跡の残る丸太が立てかけてあった。

 

中からカンカンカンカンと鉄を叩く音がする。覗き込むと手狭な空間に包丁や巨大なハサミ、カマなどの刃物がぎっしり詰まっている。中央に置かれたフイゴの前に中畑さんが、もう何十年もそうしてきたのであろう格好で座り、鍛冶場に溶け込んでいた。濃密な、一人の職人の生きざまを物語るような鍛冶場だった。

初めてヤストさんが訪ねたとき、中畑さんはとにかく体調が悪そうだったという。顔がむくみ、背中を丸めて鍛冶道具に向かう姿を、この時に撮った写真がとらえている。

「それでもうるしカンナの型紙を渡してくれて。丁寧に教えてくれました。ふつう鍛冶屋さんは自分の作業工程を人に見せたりしないんです。苦労して何十年もかかって習得してきた技術なわけだから、企業秘密みたいなもの。それを惜しみなく見せてくれる中畑さんに、何とか応えたいって気持ちになっていったんです」

青森県田子、中畑文利さんの鍛冶屋。

青森県田子、中畑文利さんの鍛冶屋。

うるしカンナの原型。

 

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プロフィール

甲斐かおり

フリーライター。長崎県生まれ。会社員を経て、2010年に独立。日本各地を取材し、食やものづくり、地域コミュニティ、農業などの分野で昔の日本の暮らしや大量生産大量消費から離れた価値観で生きる人びとの活動、ライフスタイル、人物ルポを雑誌やウェブに寄稿している。Yahoo!ニュース個人「小さな単位から始める、新しいローカル」。ダイヤモンド・オンライン「地方で生きる、ニューノーマルな暮らし方」。主な著書に『ほどよい量をつくる』(インプレス・2019年)『暮らしをつくる~ものづくり作家に学ぶ、これからの生き方』(技術評論社・2017年)

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