宇都宮直子 スケートを語る 第23回

クリスに贈る

宇都宮直子

「NHK杯のエキシビションを観に行きますか?」

 キャシー・リードから連絡がきたのは、試合の始まる2日前だった。 

(今年のNHK杯は代々木第一体育館で開催された。11月12日に競技が始まり、14日の最終日がエキシビションだ)。

 キャシーは、京都に住んでいる。自分は上京しないと断ったのち、続ける。こんなやり取りになった。

「エキシビションで、今年の全日本ノービスB男子チャンピオン、岡崎隼士(はやと)が滑ります。

 彼はクリス(・リード。キャシーの弟)が振り付けた、去年のプログラム『長靴を履いた猫』で滑ります」

「クリス先生へ向けた感謝の滑りですね」

「はい、そうです。隼士くんが、クリスのプログラムをもう一度滑ることを決めてくれたのを嬉しく思っています。NHK杯、楽しんでください」

 そういう訳で、私はエキシビションを楽しみにしていた。いつもの大会よりも、ずっとだ。

 10歳の少年は、きらびやかなリンクでどんなふうに踊るのだろう。その日、客席には約6000の観客がいて、黒い衣装の似合う彼を観ていた。

 

 ノービスBの全日本チャンピオンは、堂々としていた。手足が長く、バランスがいい。端正な顔立ちをしている。

 まず、面構えが素晴らしいと思う。まるでそこにいるのが当然のような顔をして、岡崎はリンクに立っている。

 いい意味で、緊張を感じさせない。伝わってくるのは自信だ。充足感と言うべきか。雰囲気もいい。フィギュアスケートにすごく向いていると思う。

 岡崎は、羽生結弦を意識している。

「羽生(結弦)くんが2連覇しているから3連覇。羽生くんが3連覇したら、4連覇したいです」

 と話す。

 つまり、羽生を超えたいのだ。

 その姿勢を頼もしいと思う。羽生結弦は言わずと知れた世界最高峰の選手である。彼を超えたいと思ったとしても、なかなか口に出せるものではない。確固たる自信が要る。

 だが、臆せず前に出る気持ち、それがこの競技には必要なのだ。事実、彼がそうだったではないか。

 幼い日、羽生結弦は言った。

「僕がオリンピックで金メダルを獲る。チャンピオンになる」

 そして言葉通り、金メダルを獲り、王者になった。

 もちろん、成功は「言葉」だけでは勝ち取れない。だけど、意志がなければ、夢は夢のままだ。成長はない。

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宇都宮直子 スケートを語る

ノンフィクション作家、エッセイストの宇都宮直子が、フィギュアスケートにまつわる様々な問題を取材する。

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プロフィール

宇都宮直子
ノンフィクション作家、エッセイスト。医療、人物、教育、スポーツ、ペットと人間の関わりなど、幅広いジャンルで活動。フィギュアスケートの取材・執筆は20年以上におよび、スポーツ誌、文芸誌などでルポルタージュ、エッセイを発表している。著書に『人間らしい死を迎えるために』『ペットと日本人』『別れの何が悲しいのですかと、三國連太郎は言った』『羽生結弦が生まれるまで 日本男子フィギュアスケート挑戦の歴史』『スケートは人生だ!』『三國連太郎、彷徨う魂へ』ほか多数。2020年1月に『羽生結弦を生んだ男 都築章一郎の道程』を、また2022年12月には『アイスダンスを踊る』(ともに集英社新書)を刊行。
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