宇都宮直子 スケートを語る 第6回

トルソワ後編

宇都宮直子

 2020 年5 月に、アレクサンドラ・トルソワは練習拠点を移すと発表した。
 15 歳の少女の移籍は、ロシアのみならず、世界中を騒がせた。複数の4 回転を跳ぶ天才だったのも理由だと思う。
 でも、いちばんは新旧コーチの名前だ。トルソワは、エテリ・トゥトベリーゼのもとからエフゲニー・プルシェンコのもとに移ったのである。
 その選択が奏功するかどうかは、まだわからない。だけど、普通に考えれば「サンボ70」に分があったと思う。
 優れた練習環境やトゥトベリーゼの手腕もそうだが、何より手強いライバルがそこにはいた。
 競い合う選手がいる、いない。それは成長を左右するファクターだ。たとえば、プルシェンコに、アレクセイ・ヤグディンという存在があったように、である。

 これについては、エリザベータ・トゥクタミシェワも言っていた。
「ライバルがたくさんいるということが、進歩を生んでいると思います。
 サンボ70 の『エテリ組』がその典型でしょう。強烈な競争が、すごい結果に繋がっています。
 ひとりが上手にジャンプを跳べば、2 人目、3 人目、4 人目も跳ぶようになり、小さい子たちも『自分もこういうふうに跳びたい、美しく滑りたい』というふうになる。
 互いにインスピレーションを与え合い、相乗効果を生んでいくんです。
 女子シングル全体に言えることですが、皆、互いの様子を見ながら、『自分が抜け出た存在になりたい』と願っている。
 それが、今のロシアの(女子選手の)状況だと思います」

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ノンフィクション作家、エッセイストの宇都宮直子が、フィギュアスケートにまつわる様々な問題を取材する。

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プロフィール

宇都宮直子
ノンフィクション作家、エッセイスト。医療、人物、教育、スポーツ、ペットと人間の関わりなど、幅広いジャンルで活動。フィギュアスケートの取材・執筆は20年以上におよび、スポーツ誌、文芸誌などでルポルタージュ、エッセイを発表している。著書に『人間らしい死を迎えるために』『ペットと日本人』『別れの何が悲しいのですかと、三國連太郎は言った』『羽生結弦が生まれるまで 日本男子フィギュアスケート挑戦の歴史』『スケートは人生だ!』『三國連太郎、彷徨う魂へ』ほか多数。2020年1月に『羽生結弦を生んだ男 都築章一郎の道程』を、また2022年12月には『アイスダンスを踊る』(ともに集英社新書)を刊行。
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