宇都宮直子 スケートを語る 第9回

絶対王者

宇都宮直子

 その日、恋の話をする予定はなかった。

 アクセルの話を徹底的にしたいと思っていたし、プログラムや音楽についても訊きたいと思っていた。

 都築章一郎は、終始にこやかに話をしている。口調は優しく、穏やかだ。

 ただし、内容には独特の厳しさがある。ときに、鋭角だ。その洞察には、深く頷かされる。驚かされる。

 前回で触れた、

「恋が足らないと思います」

 にも、しっかりとした理由がある。演技論と言えばいいだろうか。むろん、フィギュアスケートの話だが、都築はこうも言った。

「三國連太郎さんだって、たくさん恋をなさったでしょう? それが必要でしたでしょう?」

 少し長くなるが、終盤に「恋」について綴ろうと思う。

 だけど、まずは「王様」の話からだ。アクセルの話であり、羽生結弦の話でもある。

「アクセルは前を向いて跳びますからね、怖いですよ。

 四回転半に必要な条件は、飛距離、スピード、高さ、回転の速さ。そして、それらをまとめる協調性が非常に大切になります。

 条件を瞬時にひとつにし、一瞬でぱっと発揮する。ばらばらなら無理です。絶対に跳べません。

 羽生は、身体の協調性がものすごくいいんです。ほかの子がまねをしようとしても、なかなか出来るものではない。

 あれは、天性の資質と言ってもいいと思います。幼少の頃から、持ち合わせておりました」

 私は訊ねる。羽生の、挑戦を止めない姿勢をどう評価するか。

「転んでも転んでも、必ず起き上がる。彼はそういうふうに生きてきています。これまで、ずっとそうです。

 トリプルアクセルを跳ぶときも、四回転ループ、ルッツを跳ぶときも、今と同じことを繰り返しながら、習得した。這い上がってきた。

 羽生はイメージする能力に長けています。だから、今では、四回転半のイメージも出来てきていると思います。

 失敗を繰り返しながらやるうちに、人間ですから、いろいろ感じるわけですよ。

 彼は、それを正確に感じ取る。決して無駄にしない。練習することによって、考える。自分のものにしていく。そして、完成させるんです」

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宇都宮直子 スケートを語る

ノンフィクション作家、エッセイストの宇都宮直子が、フィギュアスケートにまつわる様々な問題を取材する。

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プロフィール

宇都宮直子
ノンフィクション作家、エッセイスト。医療、人物、教育、スポーツ、ペットと人間の関わりなど、幅広いジャンルで活動。フィギュアスケートの取材・執筆は20年以上におよび、スポーツ誌、文芸誌などでルポルタージュ、エッセイを発表している。著書に『人間らしい死を迎えるために』『ペットと日本人』『別れの何が悲しいのですかと、三國連太郎は言った』『羽生結弦が生まれるまで 日本男子フィギュアスケート挑戦の歴史』『スケートは人生だ!』『三國連太郎、彷徨う魂へ』ほか多数。2020年1月に『羽生結弦を生んだ男 都築章一郎の道程』を、また2022年12月には『アイスダンスを踊る』(ともに集英社新書)を刊行。
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