連載:座間9人殺害事件裁判 第6回

座間9人殺害事件裁判「真の動機は」

共同通信社会部取材班

日本犯罪史上まれに見る猟奇的な大量殺人「座間事件」。白石隆浩被告が死刑判決を受けるまで、計24回の公判をすべて記録した記者たちによる詳細なレポート。 

10月15日の第8回公判。最初に被害に遭った3人、Aさん、Bさん、Cさんの審理は終盤に入った。弁護人と検察官は、自分たちの主張に有利な供述を少しでも引き出そうと、聞き方を変えながら白石隆浩被告に質問を重ねている。質問には裁判官も加わり、殺人の動機へと話を向けた。これまで弁護人や検察官も含めて何度となく繰り返された質問だが、「金と性欲」からなぜ殺人へと飛躍するのか、やはり納得できないようだ。

※白石隆浩被告は2021年1月5日に死刑判決が確定し、呼称は「白石隆浩死刑囚」に変わりましたが、この連載では変わらず「被告」と表記します。

2017年11月、東京地検立川支部に入る白石隆浩被告。写真提供 共同通信社/ユニフォトプレス

 ▽符合

 裁判官「どうしてAさんを殺そうと思ったんですか」

 白石被告「本当に一番の目的は、預かっていたお金の返済義務をなくすことでした。関係は良好なのにあのタイミングで殺したのは、Aさんが『彼氏はいない』と明言せず、男性の影がなんとなく感じ取れたことです。これまで(女性から)短期的にお金を引っ張れても、長期的には難しかったです」

 

 相手が裁判官だからか、白石被告はできるだけ丁寧に答えようとしている。何度も同じ質問を受けており、できるだけ詳しく答えないと審理が進まないと思ったのかもしれない。質疑を拒否し、まともに答えてこなかった弁護人からの質問にも、今回は答えた。

 弁護人「裁判官から、なぜ殺害したのか腑に落ちないと質問がありましたが」

 白石被告「いきなり殺人に飛んだ理由は、執行猶予が付いていたので、恐喝や暴行をすると実刑になると分かっていたので、金を奪ったりレイプするなら殺害して証拠隠滅する必要がありました」

 

 相変わらず「飛躍」の原因は解消されない。しかし、以前の公判での回答とは、少しずれている気もする。これまで被告が繰り返してきた答えは、要約すれば「お金があれば引っ張ってヒモになる。なければレイプして殺す」という内容だったが、Aさん殺害については「ほかに彼氏がいそうだから」という点も入っている。以前の公判では「Aさんに性交を断られたことがあった」と述べた場面もあった。このあたりに、もう少し何かがあるのではないかと感じ始めた。

 裁判官が動機に関する質問を繰り返すのも、尋ね続けているうちにもっと納得できる回答に行き当たる、という感触を得ているからではないか。

 そう考えて公判の詳細を記録したノートを見返した時、おぼろげながら見えてきた気がした。

 被告は動機に関する質問について、これまでさまざまな答え方をしている。

「補足しますと、スカウト時代に女性を性的な目で『金になるかならないか』としか見ないようになった。Aさんもそういう目で見ていました」

「Aさんを殺すことについて迷いは正直ありました。どうしようかどうしようか迷って、最終的には殺すことにしました。ばれなければいいやと思って」

「(Aさんは)一緒にいた時間が長かったので、ひどいことをしたと後悔している」。

 9人の被害者の中で、犯行に対する後悔の言葉を述べ、特別な感情を口にしたのはAさんに対してだけだ。

 これらの言葉は、女性と仲良くなってヒモになり、楽して生きたいという被告の当初の説明によく符合している。ただ、この説明通りなら、次にBさんに会い、ヒモになれそうにないと分かった時点で、興味を失って何もせずに自宅へ帰していても不思議はない。

 しかし、実際にはBさんを引き留め、言葉巧みに自宅へ誘い込んで殺害した。その理由を被告は「Aさんをレイプした時の快感が忘れられなかった」と話している。

 検察官から「Aさんを殺害してから、何か変化はありましたか」と問われた際は「自分の部屋に呼び込んで、レイプしたい願望が生まれました」と答えている。失神中の女性を襲うことについては「多分、悪いことをしている自責の念からくるもので、心臓がばくばくになり、スリルを感じた。普通とは違った」とも語っている。

 つまり、Aさんに対する最初の犯行後、白石被告は変わったとみることができる。Bさん以降の被害者に対する真の動機は、ごく簡単に言えば、異常な性交にのめり込んで歯止めがきかなくなっただけなのではないか。それを「金や性欲」という記号のような言葉でまとめて表現しているから、飛躍しているように感じ、分かりにくくなる。被告が異常性欲者、変態であることを公の場で指弾されるのが恥ずかしいために、ことさらに丸めた表現を使っているだけではないかと思えてきた。

 

 ▽失踪工作

 白石被告は、被害者らを殺害した理由について、「ばれなければいいやと思った」とも話している。なぜばれないと考えたのか。根拠は二つある。一つは遺体の解体による証拠隠滅。もう一つは被害者らが望んで失踪したかのように見せかけたことであり、自分が疑われることはないと思っていた。

「私のところに警察は来ない自信がありました」。第8回公判で、被告はAさん殺害が発覚すると思わなかったのかと問われた際、こう言ってのけた。

 白石被告「Aさんについては、失踪の手続きをしっかり踏んだ上で、最後のLINEのトークでわざと既読を付けないことも、Aさんとの間で話ができていた。これだけやれば私のところに、警察は来ないと自信があった」

 

 失踪の手続きとは具体的に何か。被告の説明をまとめると、次のようになる。

 まず、Aさんに「失踪宣告書」を書かせた。本人が自発的に失踪したと見せかけることで、家族に騒がれるのを防ぎ、警察に捜索願を出させない目的だ。実際、宣告書をAさんの部屋で見つけた家族は「友だちと行きたくなった」「自殺しません」「戻ってくる」などという文面を読み、法廷で「ひとりでいたいのかなと思いました」と語っている。

 失踪工作にAさんが協力したのは「家出願望があったから」という。被告は借りたアパートの部屋で一緒に住もうとAさんに持ち掛け、「こうすれば警察に捜索されないよ」と伝え、ネットで検索した文面を見せてアドバイスした。

 Aさんの服装を変え、所持品も捨てさせた。そのための詳細な手順もAさんに伝えていた。神奈川県座間市のアパートの部屋をAさんがひとりで出て、最寄り駅から電車に乗った後、適当な駅で降りてこれまでとは別人のような印象になるよう全身の服を買い、海が近い片瀬江ノ島駅に行き、買ったばかりの服に着替え、ICカードや携帯電話、着ていた服を捨てた上で戻ってくるよう指示。特に、携帯電話は江ノ島の海に捨てるよう指示していた。

Aさん、Bさんの携帯電話が見つかった片瀬江ノ島駅

 Aさんは、白石被告と「新しい生活をするために必要」と受け止めていたが、被告の本当の狙いは「私のところに足がつかないようにすること」だった。携帯電話にはAさんの位置情報があり、鉄道のICカードをたどれば電車などでの行動履歴が分かる。服装を変えさせたのは、警察が防犯カメラをたどっても、Aさんがアパートに戻ったことを気付かれにくくするためだった。

 戻ってきたAさんに対し、被告は携帯電話や身分証をちゃんと捨てたか確認している。

 失踪工作はこれだけではない。被告はSNS上の会話の履歴も操作した。Aさんと最後にやりとりをしたのが被告だと分かれば、家族や警察は当然、自分のところにやってくる。だからAさんには、自分以外の他人と一緒に死ぬかのようなやりとりをSNSに残すよう指示していた。この連載の第3回に登場し、Aさんが殺害される当日までメッセージを送っていた「白石もどき」とのやりとりも、被告の指示に従ったAさんが、痕跡をのこすためにわざと続けていたとみられる。

 最後に、白石被告はAさんとのSNSでのやりとりも作り込んだ。殺害当日の8月23日、白石被告は次のようなメッセージを一方的にAさんに送っている。「今日どうするの?何があった?」「???」「気づいたら連絡して」「心配だから連絡して。実家帰ったの?」。送信当時、Aさんはまだ被告の元にいた。被告はこれらのメッセージを「既読」しないように指示した。こうして、Aさんが被告を捨てて失踪したように装った。

 

 ▽ほころび

 白石被告は、次に殺害した高校生のBさんにも失踪を装うよう指示していた。方法は、基本的にAさんの時と同じだ。ただ、Bさんは被告と初めて会ったその日に殺害されているため、事前の入念な打ち合わせはできていない。

 Bさんと待ち合わせたのは被告のアパートの最寄り駅。被告はあえて近寄らず、LINEを使って一定の距離を取るよう伝えた。家出願望があったBさんは素直に従い、2人は距離を保ったまま近くの公園まで歩いた。公園で散歩をしながら会話し、その後、別の2カ所の公園をはしごしている。この間もLINEのメッセージでやりとりしたり、通話機能を使って会話したりしている。Bさんは、一緒にアパートに到着した頃には「失踪を装い、しばらく養ってあげる」という被告の申し出を了承していた。

 この段階で白石被告は、Aさんの時と同じ指示を出した。独りで電車に乗り、途中で服を買って片瀬江ノ島駅に行き、着替えて携帯電話や所持品を捨てた上で戻ってくるという手順だ。戻ってくるまでのLINEのやりとりも2人で作り込み、Bさんが片瀬江ノ島駅で消息が途絶え、被告と別れたように見せかける文面にした。

 Cさんへの失踪工作も似通っている。「自殺を手伝って欲しい」という理由で会いに来るCさんに対しては、携帯電話を最初から持って来させず、財布なども途中で捨てるよう指示した。途中で服を買って着替える一連の手順は同じ。途中、Cさんから「電話番号を教えてください」と言われたが、断った。法廷で理由を問われた被告は「番号を知られると足がつくからです」と述べた。スカウト時代、職業安定法違反容疑で逮捕された際に刑事から得た知識で、所有者検索で位置情報が分かると言われたという。

 これらの失踪工作は「ネットで検索して見つけた」という。法廷でも詳細を自慢げに披露した被告だが、ほころびがいくつもあり、はっきり言って不完全なものだ。例えば、CさんについてはSNSのやりとりに細工をすることを「忘れていた」。さらに、AさんとBさんは携帯電話を江ノ島の海に捨てていない。2人の携帯電話は、いずれも片瀬江ノ島駅のトイレ内に置かれていた。これらは家族の元に戻り、江ノ島にあったことを不審に思った家族から捜索願が出される結果になっている。

 Cさんの携帯電話も、白石被告に会いに行く途中に寄った海老名駅のコインロッカーで発見されている。3人とも、被告の指示に完全には従っていなかった。3人は被告のアパートでしばらく過ごし、気が済んだら携帯電話を回収して元の生活に戻るつもりだったのかもしれない。そう考えると、3人とも殺されるつもりはなく、今後も生きていく意思があったと言える。

 10月19日の第9回公判では、A~Cさん殺害についての中間論告・中間弁論が行われた。これまでの審理で出された供述や証拠を元に、検察側、弁護側が改めてそれぞれの主張をまとめた。論点は最初の被害者3人が、被告による殺害を承諾していたかどうか。検察側は、被害者が「やっぱり生きていきます」などと言い、殺害直前には殺されることを望む雰囲気がなかったこと、被告が襲いかかった際に暴れたこと、被告の指示に逆らって携帯電話を捨てていなかったことも根拠として「殺害される承諾はなかった」と主張した。

 一方、弁護側の主張はやはり苦しいように感じる。「殺されることを承諾していても、微動だにしないことは不可能。動いたからといって承諾がないとは言えない」「Aさんから振り込まれた金は殺害の報酬と考えて無理はない」「Bさんは自宅に帰ろうと思えば帰れた。殺害を依頼したと考えた方がしっくりくる」「Cさんが好きだったニルバーナの動画を被告が見せたのは『最後にニルバーナを見せてくれ』と言われたからではないのか」と述べた後、言葉にはしなくとも3人とも『黙示の承諾』はあった、と結んだ。

 3人の審理が終わった。次回からは4番目以降の被害者D~Gさんについて審理が始まる。

(つづく)

 執筆/共同通信社会部取材班

 

 第5回
第7回  

プロフィール

共同通信社会部取材班

※この連載は、2020年9~12月の座間事件公判を取材した共同通信社会部の記者らによる記録です。新聞を始め、テレビ、ラジオなどに記事を配信している共同通信は、事件に関連する地域の各地方紙の要請に応えるべく、他のメディアと比較しても多くの記者の手で詳細に報道してきました。記者は多い時で7人、通常は3人が交代で記録し、その都度記事化してニュース配信をしました。配信記事には裁判で判明した重要なエッセンスを盛り込みましたが、紙面には限りがあります。記者がとり続けた膨大で詳細な記録をここに残すことで、この事件についてより考えていただければと思い、今回の連載を思い立ちました。担当するのは社会部記者の武知司、鈴木拓野、平林未彩、デスクの斉藤友彦です。

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