連載:座間9人殺害事件裁判 第8回

座間9人殺害事件裁判「恋人同士」

共同通信社会部取材班

日本犯罪史上まれに見る猟奇的な大量殺人「座間事件」。白石隆浩被告が死刑判決を受けるまで、計24回の公判をすべて記録した記者たちによる詳細なレポート。 

審理は5人目の被害者Eさん、6人目のFさんの事件に入った。この頃になると、白石隆浩被告の法廷での供述ははっきりしなくなる。事件から3年以上が経過したのに加え、同じ手順で流れ作業のように犯行を繰り返した結果、被害者一人一人がどんな人だったのか、どの事件でどんなエピソードがあったのかを思い出せないのだ。「はっきり覚えていませんが、取り調べ段階で私がそう言っているのならその通りです」。他人事のような態度が目立った。

※白石隆浩被告は2021年1月5日に死刑判決が確定し、呼称は「白石隆浩死刑囚」に変わりましたが、この連載では変わらず「被告」と表記します。

2017年11月、東京地検立川支部に入る白石隆浩被告。写真提供 共同通信社/ユニフォトプレス

 ▽薄れる記憶

 10月27日の第12回公判はEさんの事件に関する被告人質問から始まった。

 Eさんは埼玉県に住む26歳の女性。被害者9人のうち唯一、結婚歴があった。離婚した元夫とも一定の関係が続いており、幼い娘は元夫側が引き取り、Eさんはひとり暮らしだった。

「疲れた。もし一緒に自殺してもいいよーって人いたら #自殺 #自殺募集」

 2017年9月23日午前3時ごろ、ツイッターでこうつぶやいたのをきっかけに、白石被告とのやりとりが始まった。Eさんは「確実に死ねるなら何でもいい」と伝えていた。

 Eさん「自分の家はつる場所なくて。失敗して、壊してしまって」

 白石被告「私の部屋を使いますか。友達や家族も呼んだことないので、不慮の助けもありません」

 

 翌24日朝、Eさんは自宅に「しにたい しにたい 私は邪魔者 こんどこそせいこうさせたい」とのメモを残し、被告のアパートに向かった。

 Eさんは精神的な不安定さを抱えており、首に包丁をあてたり、ロープをドアノブに引っかけて首をつろうとしたりしたことがあったという。元夫は「私がいつも止めていました。本気じゃなく、私に目を向けてほしくてしていたのだと思います。本当に自殺するとは考えていませんでした」と供述している。

 白石被告も、Eさんが本当に死にたいと思っているようには見えなかったという。

 検察官「Eさんが本気で死にたがっている感じはありましたか」

 白石「新しい彼氏や旦那さんとうまくやっていきたいという気持ちが強いと感じました」

 検察官「どんなところからそう感じましたか」

 白石「Eさんがその方たちの話をするとき、何となく寂しそうに話をするなと思ったので」

 

 被告は、Eさんが金づるになりそうかどうかを見極めようと、会話を続けようとしたが、なかなかうまくいかない。元夫らとSNSや通話をするため、Eさんが頻繁に部屋の外へ出て行くためだ。「覚えているだけでも5回は外に出た」。長いときは1時間近くも戻ってこず、白石被告が外を見に行くと、アパート近くでずっと携帯電話をいじっていた。

Eさんが元夫と携帯電話でやりとりしていたT字路。右奥方向に白石被告のアパートがある

「このままほっといたら帰りそうだと思いました」

 Eさんと会ってから10時間近くが経過していた。これまでの会話の内容や身なりから、金を持っていなさそうだと判断した被告は、部屋に戻ってきたEさんに襲いかかったという。ただ、このあたりはどうもはっきりしない。別の場面では「Eさんに薬を飲ませて、効いてきたところで襲った」とも供述した。

 検察官「Eさんはどんな風でしたか」

 白石「床に手をつき、だるそうな眠そうな様子」

 検察官「そういう記憶があるんですか」

 白石「正直あんまり、記憶は残っていません」

 検察官「被告は捜査段階では『戻ってきたところをいきなり襲った』と話していますが」

 白石「推察すると、薬を飲んで出て行って戻ってきたところを殺した」

 検察官「記憶ではどうですか」

 白石「同じ手口で繰り返していたので、記憶がありません」

 

 4人目の被害者Dさんのあたりから、法廷では白石被告が「記憶がありません」「推察すると」と言う場面が格段に増えた。本当に覚えていないのだろう。だからといって思いつきで答えると、すぐに検察官や弁護人、裁判官から「捜査段階で刑事に話した内容と違う」「どちらの話が正しいのか」と突っ込まれる。

 そのたびに白石被告は「内容が食い違うなら、記憶がはっきりしていた捜査段階の供述の方が正しいです」と繰り返すことになった。

 

 ▽欲望

 検察官の質問は、白石被告の性癖に移った。被告が以前、法廷で明かした「失神している女性をレイプする願望」について、掘り下げていく。

 検察官「普通にしている女性を襲うのが快感とは、どういうことですか」

 白石「レイプされると分かっていない女性を襲う方が興奮します。いきなり襲いかかることが楽しく、普通の性行為よりスリルを感じました」

 

 ここで被告は、最後まで殺害しなかった女性2人のうち、一連の犯行前からつきあいがあったXさんの話をする。

「Dさんを殺害後、Xさんと同意の上で性交したのですが、射精できませんでした。興奮が足りなかったのだと思います。警察の取り調べでは話していませんが、抵抗を受けながら首を絞め、失神させること自体に快感を覚えていたと思います」

 この供述を聞き、私たちの推測は間違っていなかったと思った。この連載の第6回で触れたが、白石被告はAさんへの犯行をきっかけに、女性に対する単なる性欲ではなく、「レイプしたい」という異常な願望に目覚めてしまった。その衝動は犯行を繰り返すうちにエスカレートし、レイプだけでなく、その前段で、抵抗する女性を失神させることにも快楽を見いだすほどねじ曲がっていた。

 やはり女性8人を殺害した本当の動機は、「金と性欲」などという記号のような言葉ではない。この異常な欲望そのものだ。「金は5千円~1万円程度あれば良かった」とも述べており、犯行動機として語っていた「金欲しさ」は、実は付け足し程度にすぎないのではないか。検察官は、被告がEさんを部屋のロフトにつるした後、遺体を解体する前に携帯電話でエロ動画を見ていたことも明らかにした。既に常軌を逸している被告の行動は、この後の犯行の際、さらにエスカレートしていく。

 被告人質問の中で検察官は、「これは遺族から聞いてほしいと言われた質問です」と断った上で、こんな問いも投げ掛けた。

 検察官「Eさんには旦那さんとお子さんがいたのは、Eさんから直接、聞いて分かっていましたね」

 白石「はい」

 検察官「お子さんがいるお母さんだと分かったとき、どう思いましたか」

 白石「…何も…思いませんでした」

 検察官「子供のいるお母さんなのだから、何もせず帰してあげようという選択肢は当時、あなたの中でなかったんですか」

 白石「なかったです」

 

 被告は最後まで平然と受け答えを続けた。

 

 ▽急転

 翌28、29日の第13、14回公判では、福島県の高校3年の女子生徒で、17歳だったFさんについて審理された。

 白石被告との接点はやはりツイッター。17年9月18日、Fさんが「首つりか練炭希望です。#自殺募集 #自殺オフ #集団自殺」とツイートし、これに対して被告がメッセージを送って知り合った。

 Fさんは容姿や家族関係について悩みがあったという。他の被害者と異なり関東以外に住んでいたFさんは、白石被告に会うため高速バスで上京し、電車に乗り換えて被告宅の最寄りの相武台前駅まで来た。約24時間かかっている。途中で、友達に「一緒に死んでくれる人がいる、見届けて後追いで死んでくれる」と電話で打ち明けた。こう書くと、Fさんは相当思いつめていたようにも感じるが、実際はそうでもなかったようだ。

 白石「ご飯食べましたか」

 Fさん「まだ食べてません」

 

 相武台前駅で合流した2人は、お昼時だったこともありすぐに牛丼をテイクアウト。近くでコーラを買い、一緒にアパートへ行き、酒を飲みながら談笑した。

 白石被告は「悩み自体は容姿なので、そこに関して認めて『決して悪くないよ』と言ってくれるような男性のイメージを与えるふりをしました」と明かす。

 自殺や死について、Fさんの口からは一言も出ないどころか「ゲームセンターに行きたい」「何か食べたい」と明るく話していたという。白石被告も、Fさんは死ぬ気がないと感じていた。

 夕方には「甘い物が食べたい」というFさんの希望で、2人はタクシーで近くのコンビニへ行き、ケーキやティラミス、わらび餅を購入し、並行して宅配ピザまで頼んだ。

 2人を乗せたタクシー運転手の供述によると、その様子は恋人同士のようだった。

「2人は後部座席で明るい感じでしゃべっていて、くっつくように座っていた。女の子は男物の黒いスウェットを着ていた。帰りも2人は楽しそうにしていた」

 ここまでにかかった費用は総額1万円以上だったが、すべてFさんが負担した。牛丼店で白石被告が「お金がない」というとFさんが支払い、その後もFさんが率先してお金を出したという。金払いの良さを知った被告は、Fさんを殺さずに帰すことを考え始める。

「見境なく使ってくれ、これは定期的に金が引っ張れると思い、ヒモになるつもりで口説いていました」

 Fさんは飲食関係のアルバイトをしていた。被告が求める金額水準も低く「部屋の家賃が安く、食費を含めても5万から10万あれば十分生活できたので、定期的に5千円か1万円引っ張れれば十分足しになる」と法廷で振り返っており、金づるには十分なり得ると考えていた。

 被告はFさんについて「私といるとテンションが高く、楽しそうでした。楽しく遊んで気分転換したかったのだと思います。(自分に)好意があってもおかしくないとの感触でした」と振り返っている。Fさんが「くつろげる服が欲しい」と言うと、被告はスウェットを貸し、着替えの場面を見ないようにする配慮までしていた。

 Fさんもこの時点では楽しかったらしい。ツイッターに「(近いのに)タクシーで行く贅沢。コーラ、ピザ、お酒飲んで、タバコ吸った。打ち上げ花火みてないけど、ほとんどやることやったわ」と書き込んでいる。

 ただ、Fさんのもとには、心配した友人や家族から頻繁にメッセージが届いていた。白石被告は法廷で「推察するに、『連絡来てるから、どうしよう』とFさんに言われ、捜索願を出されてしまうから『連絡するように』と指示した」と述べた。この指示は偽装工作ではなく、本当にFさんを自宅へ帰すつもりだったという。

 Fさんはその後、友人や家族に「死ぬのやめたし」「帰ります」と返信している。

 金づるにするため努めて優しく振る舞う白石被告と、死ぬつもりはなく気分転換で非日常を楽しむFさん。傍から見て恋人同士のようだった2人は、コンビニから戻った後も、アパートで酒を飲んで過ごした。

 被告は今後もFさんから金を引き出せるよう、口説きやすくするために「気持ちが安定するよ」と睡眠薬を勧めた。しかし、Fさんに「あなたも飲まないの」と言われて飲まざるを得なくなり、いつの間にか2人して寝てしまった。

 先に目を覚ましたのは白石被告の方だった。ここで事態は急転する。

「寝ている姿を見て、寝ている女性をレイプしたくなった」

 被告は寝ているFさんの手足をしばり、ロープを首に掛けた。途中でFさんは異変に気付き、体を揺らすなどして抵抗したが、被告は首を絞めて失神させた。

「性欲がまさって襲ってしまったところがある。冷静に考えれば、殺す必要は全くない子だった」と、法廷で淡々と話した。

 白石被告本人に反省の様子は全く見られない。審理はGさんの事件へと移っていく。 

 

(つづく)

執筆/共同通信社会部取材班

 

 第7回
第9回  

プロフィール

共同通信社会部取材班

※この連載は、2020年9~12月の座間事件公判を取材した共同通信社会部の記者らによる記録です。新聞を始め、テレビ、ラジオなどに記事を配信している共同通信は、事件に関連する地域の各地方紙の要請に応えるべく、他のメディアと比較しても多くの記者の手で詳細に報道してきました。記者は多い時で7人、通常は3人が交代で記録し、その都度記事化してニュース配信をしました。配信記事には裁判で判明した重要なエッセンスを盛り込みましたが、紙面には限りがあります。記者がとり続けた膨大で詳細な記録をここに残すことで、この事件についてより考えていただければと思い、今回の連載を思い立ちました。担当するのは社会部記者の武知司、鈴木拓野、平林未彩、デスクの斉藤友彦です。

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