130年目の映画革命 第6回

「最後の映画スター」による「最後のスター映画」、『トップガン マーヴェリック』

宇野維正

 

 トム・クルーズにとってその後のキャリアの大きな足がかりとなった『トップガン』が、公開から36年を経てクラシックとして新しい世代をも引きつけていることには、公開当時この作品が「流行りもの」として消費され、その後も長らく「80年代ハリウッド映画」の象徴として多くの場合批判的に語られてきたことをよく知る世代として少々戸惑ってしまう。兄のリドリーと同様にCMディレクターから映画監督に転身したトニー・スコット監督の作品が、映画マニアからも支持されるようになるのは、TVコマーシャル的な作り込んだ照明や構図や、当時散々MTV的と揶揄されたポップソングを使用した劇中イメージシーンの演出法から脱した、90年代後半以降の作品からだ。

 

 『トップガン マーヴェリック』の監督を任されたジョセフ・コシンスキーは、そんな当時のトニー・スコット作品のタッチを部分的に援用しながらも(最も顕著なのはワンリパブリック「I Ain’t Worried」が流れるビーチ・フットボールのシーンだろう)、6KのデジタルカメラによるIMAX映像を駆使して本作を前作『トップガン』よりも画面のスケール感を強調した映画的なルックに仕上げてみせた。果たすべきミッションに向かってほとんど脇道に逸れることなく一直線に物語が進行し、終盤に大きな見せ場が連続する脚本も、前作よりも遥かに洗練されていると言っていい。

 

 しかし、だからといって『トップガン マーヴェリック』が現在のような絶賛一色に値するような普遍的な傑作かと言われると、少々口籠もってしまうのも事実だ。いや、今さらリアリズム的な観点を持ち出して本作の設定やストーリーにツッコミを入れるような無粋なことをするつもりはないが、一つの自律的な作品として評価するには、映画としてあまりにも歪で、あまりにも自己言及的なのだ。

 

 冒頭のシーンでも中盤のシーンでも、パイロットスーツに身を包んで任務に向かう途中、マーヴェリックは同僚から「なんて顔をしてるんだ」と声をかけられる。腐れ縁の元恋人ペニーからは「そんな目で見ないで」と言われる。どんなあり得ない設定もミッションもトム・クルーズの「顔」で乗り切り、初老手前の男女のロマンスもトム・クルーズの「目力」で乗り切る『トップガン マーヴェリック』は、正しくは、最後の映画スターによる最後のスター映画として評価するべき作品だろう。『トップガン』と同じ1986年に公開された『ハスラー2』は、当時61歳のポール・ニューマンがトム・クルーズに映画スターのバトンを渡す作品だった。しかし、今年7月に60歳になるトム・クルーズにはバトンを渡す相手がいない。それは本作に出演しているマイルズ・テラーやグレン・パウエルが頼りないからではない。我々が生きているのが、そういう時代だからだ。

 

 

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 我々が生きている時代。それは、マニュアルシフトのガソリン車の新型スポーツカーの販売が最後になるかもしれない時代、映画スターによるスター映画が世界中の映画館のスクリーンを席巻するのが最後になるかもしれない時代だ。

 

 エド・ハリス演じる海軍少将は言う。「終わりが来るのは必然なのだ、マーヴェリック。お前のような存在は絶滅に瀕している」(The end is inevitable, Maverick. Your kind is headed for extinction.)。マーヴェリックは答える。「そうかもしれません。でも、それは今日じゃない」(Maybe so, sir. But not today.)。そして、我々の気持ちを代弁してくれるのは、ヴァル・キルマー演じる海軍大将、マーヴェリックのかつてライバルだったアイスマンだ。「海軍はマーヴェリックを必要としている。子供たちにもマーヴェリックが必要だ。だから、お前はまだここにいる」(The Navy needs Maverick. The kid needs Maverick. That’s why you’re still here.)。

 

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 第5回
130年目の映画革命

トーマス・エジソンが「個人のための映像視聴装置」であるキネトスコープを発明してから2021年で130年。NetflixやAmazonがもたらした構造変化、テレビシリーズを質と量ともにリードし続けるHBO、ハリウッドの覇権を握るディズニーのディズニープラスへの軸足の移行。長引く新型コロナウイルスの影響によって「劇場での鑑賞」から「自宅での個人視聴」の動きがさらに加速する中、誕生以来最大の転換期に入った「映画」というアートフォーム。その最前線を、映画ジャーナリスト宇野維正が「新作映画の批評」を通してリアルタイムで詳らかにしていく。

プロフィール

宇野維正

1970年、東京都生まれ。映画・音楽ジャーナリスト。音楽誌、映画誌、サッカー誌の編集部を経て、2008年に独立。著書に『1998年の宇多田ヒカル』(新潮社)、『くるりのこと』(共著:くるり、新潮社)、『小沢健二の帰還』(岩波書店)、『日本代表とMr.Children』(共著:レジ―、ソルメディア)、『2010’s』(共著:田中宗一郎、新潮社)。

 
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「最後の映画スター」による「最後のスター映画」、『トップガン マーヴェリック』