特設エッセイ『羽生結弦は助走をしない』~羽生結弦を語り足りない~ 第4回

「困難を乗り越えるために自分と向き合い続ける、その強さ」を、年若い羽生結弦や三原舞依から学べる幸せ

高山真
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 拙著『羽生結弦は助走をしない』でも少し書いていますが、私は現在、肝臓がんの治療中です。初めて告知されたときはやはりいろいろ悪いことも想像もしましたし、「肝臓が弱い家系とはいえ、お酒なんて年に数回しか飲まない人生だったのに。理不尽だわ」と思ったこともあります。去年は、「ちょっとこれは……」と思うような状態になった時期もありました。

 手術がまあまあうまくいき、体調が上向いてきた今になって思うのは、

「ほかの人たちは、理不尽にも思える出来事が自分に降りかかってきたとき、精神的にどんなふうに対処しているんだろう」

 ということでした。

 私の場合は主治医を全面的に信頼していますし、実際お医者さんのおかげで体調が上向いてきたわけですが、それでも、自分にふりかかった理不尽な出来事を処理するハートまでは、お医者さんは用意してくれません。

「ほかの人たちは、どんな手段で、そのハートを手に入れているんだろうか」

 と思ったことも一度や二度ではありません。

 

『羽生結弦は助走をしない』にも書きましたが、私は三原舞依というスケーターに、一観客として思い入れを抱いています。

 まったく力みのないスムーズなスケーティング。明快なエッジワークが、どんどんスピードアップしていく、そのワクワク感。2016年中国杯のショートプログラム(2016 Cup Of China SP)で、海外の解説者が「彼女のスケーティングはパトリック・チャンを思わせる」とコメントした、と、友人から聞いたことがあります。私はそれに深々とうなずいたものでした。

 そんな素晴らしいスピードでトランジションを入れつつ、きれいな流れの中で跳ぶジャンプも目を見張るばかりです。

 浅田真央に憧れているという三原舞依には、どことなく浅田に通じる爽やかな持ち味があって、熱烈な浅田ファンの私としてはそれもうれしくなるポイントです。

 

「観客」としての立場とは別に、私は「病を得た身」として、三原舞依のことを考えることもあります。

 三原舞依は、原因不明の難病である、若年性突発性関節炎にかかり、2015年12月の全日本選手権は病院のベッドで見ていたそうです。そんな状態から復帰を果たし、翌シーズンの世界選手権では5位に入賞。あの爽やかな持ち味の奥に、すさまじいばかりの精神力があるのです。

 病気による痛みを抱えながら、病気によるブランクを受け入れながら、世界のトップグループで互角以上に戦う意志を持つ……。そこに至るには、どんな「ハート」があったんだろう、と。

 私と三原舞依では得ている病が違いますから、あまりにも単純に比較してしまうことは、彼女に対して失礼にあたります。それは心得ているつもりですが、自分を甘やかしまくっている私には、彼女のハートの強さはやはりリスペクトに価するのです。

 

 今回の四大陸選手権は、病院のスケジュールと重なっていましたので、録画で見ました。優勝した坂本花織はもちろん素晴らしかったし、宮原知子も「オリンピックに向けてますますギアを上げていくだろう」とエールを送りたい気持ちになりました。ただ、先述した個人的な感情もあり、私は三原舞依に大きな注目をしていました。「オリンピックへの出場は、大きな、本当に大きな目標だったはず。その目標が『4年後』に遠ざかった今、どんな演技を見せてくれるのだろうか」と。

 三原舞依は、見ているこちらが思わず涙ぐんでしまうほど素晴らしかった。ショートプログラム(2018 4CC SP)の『リベルタンゴ』は、ひとつひとつ切れのいいエレメンツをこなしながら、同時に、演技全体から「セクシーさ」というか、「ファム・ファタル感」が出ているように私には感じられたのです。

「ファム・ファタル」はフランス語の「femme fatale」。日本語にすると「運命の女」という感じでしょうか。相手の男を破滅させてしまうほど妖しい引力を備えた、魔性の女。私は三原舞依を「根っからの努力家で、ものすごく真面目な性格」だと思っていて、そこにも大きな好感とリスペクトを持っています。しかし、「運命の女」というのは、そういう性格のアジア人には表現するのがもっとも難しいキャラクターでもあると思っています。四大陸選手権のリベルタンゴは、その難しいキャラクターに入り込んでいたように私には感じられた。彼女の中で、ひとつ壁を超えたような気さえしました。

「ああ、この選手は、全日本が終わったあとも、気持ちを切らさずに、くさらずに、自分の演技と向き合ってきたんだな」

 ということがはっきり伝わってきたのです。私の中で、三原舞依に対するリスペクトがさらに高まったのは言うまでもありません。

 

 アスリートにとって、「病気やケガをどう乗り越えるか」は、常について回る大きな課題、ほとんど宿命とも言えるものかもしれません。ただ、私自身が病を得た現在、「そんな状況の中でも気持ちを切らさずに、自分を甘やかさずに、世界レベルの大きな目標に向かっていく」というハードルが、健康だったとき以上に高く見えるのです。

 そんな「途方もなく高い」ハードルに挑み続けているのは、三原舞依だけではありません。羽生結弦も、いまそのハードルと向き合っている真っ最中でしょう。三原舞依に対する思いと同様、私は羽生結弦に対しても「自分には想像が難しいくらいに高いハードルに挑んでいる人」へのリスペクトを持っています。私に子どもがいたら、三原や羽生はまさに自分の子どもくらいの年齢です。そんな年若い人たちを心からリスペクトできること、「リスペクトに値する年若い人がたくさんいる」という世界に住んでいることは、とても幸せなことだと思います。リスペクトに価する人たちがしのぎを削っているスポーツを愛していることは、一観客として、とても幸せなことなんだ、と。

 平昌オリンピック、私は何度も書いていますが、羽生結弦が素晴らしいパフォーマンスを披露することを露ほども疑っていません。そしてそれ以上に、

「羽生結弦をはじめすべての選手が向き合っているハードル、越えてきたハードルを思うこと。そんな困難な道を、彼ら、彼女たちはずっと歩き続けてきたんだ」

 ということを忘れずに、すべての選手たちが見せてくれるものを、ただただ楽しみに待っているのです。

 

 

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特設エッセイ『羽生結弦は助走をしない』~羽生結弦を語り足りない~

長年フィギュアを見続けてきた生粋のスケートファンである高山真が、 超絶マニアックな視点で語る『羽生結弦は助走をしない』(2018年1月17日発売)。まだまだ羽生のスケーティングを、そして日本フィギュアを語り尽くします!

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プロフィール

高山真
エッセイスト。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業後、出版社で編集に携わる。著書に『恋愛がらみ。不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』『愛は毒か 毒が愛か』など。
 
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