特設エッセイ『羽生結弦は助走をしない』~羽生結弦を語り足りない~ 第6回

羽生結弦の素晴らしさを、涙で語れなくなる織田信成さん…。そんな「2週間後」がもう見えてくるような… 

高山真
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 久しぶりにチャールズ・チャップリンの映画『街の灯』を見返しました。率直に言いまして、「私がもっとも好きな、もっとも古い映画」は、チャップリンの時代より20年ほど後、1950年代のハリウッド映画や、あるいは1950年代の終わりから始まった、フランスのヌーヴェルヴァーグの中にあるのですが、それでも、『街の灯』が素晴らしい映画であることは間違いありません。久々の素敵な映画体験でした。

 フィギュアスケートのファンとしては、この映画の中のチャップリンの服装にも注目せざるを得ません。丈の短いジャケットに蝶ネクタイ。そう、2009~10年シーズンの、織田信成のフリーです。

 チャップリンの映画音楽をメドレー形式にした織田のプログラムが、私は2018年の今でも大好きで、個人的な感想を言わせていただくなら、「織田信成の現役時代のベストフリープログラム」だと思っています。

 このプログラムをじっくり見たのは、2009年のエリックボンパール杯(現在ではフランス杯という名称になっています)が最初だったと思います(2009 TEB FS)。

 もともとジャンプ着氷の際のひざのクッションの見事さや、スピンの軸の確かさや回転の速さなど、技術的に非常に見どころの多いスケーターだった織田。またも個人的な感想で恐縮ですが、このプログラムで織田は、「ミュージカリティとパーソナリティの融合を果たした」と私は思っています。

 コミカルだけれど、それだけではない。いや、「コミカルさの中に漂うペーソス、哀切さこそが、テーマ」という、チャップリン映画の特徴そのものを捉えていたプログラムだったと思うのです。

 チャップリンの映画音楽を使ったプログラムというと、ほかに印象的なのは……。

 1992年アルベールビル五輪の男子シングルの銅メダリスト、ペトル・バルナのエキシビション(Petr Barna 1992 Olympics EX)。そして、ペアのベレズナヤ&シハルリドゼの2001年世界選手権のフリー(Berezhnaya & Sikharulidze 2001 Worlds FS)と翌年のソルトレイクシティ五輪のエキシビション(2002 Olympics EX)。今シーズンのハビエル・フェルナンデスのショートプログラムも素晴らしい! フランス杯(Javier Fernandez 2017 Internationaux de France SP)の出来栄えの見事さは、何度見てもうっとりしてしまうほどです。

 しかし、織田のチャップリンは、そういったオリンピックのメダリストや世界選手権のチャンピオンたちにまったく引けをとらない素晴らしいプログラムだったと私は今でも思っています。

 なんと言えばいいでしょうか……、

「自分自身の幸せよりも、ほかの誰かの幸せのほうをはるかに強く願う。そんなチャップリンの優しさと哀しさまで、プログラムの中に盛り込んだ」

 という感じがするのです。

 そして今、振り返ると、

「チャップリン映画の本質は、そのまま織田信成という人の本質でもあったかもしれない」

とも思うのです。

 

 選手時代の織田信成をリスペクトしているのと同じくらい、私は解説者としての織田氏、フィギュアスケートというスポーツのスポークスパーソンとしての織田氏をこよなくリスペクトしています。

 選手の思いを代弁しながら涙を流す。現役時代の自分の失敗(同じ種類のジャンプを跳ぶ回数に一定の制限がかかる「ザヤックルール」への抵触)を語りながら、つまり、自分自身を落としてでも、いまの選手たちの苦闘をさりげなく視聴者に伝える。ジャンプ以外の要素、主にステップやトランジションで、選手たちがどれだけの心血を注いでいるかを熱弁する……。

 そのどれもが、

「選手ファースト」

「フィギュアスケートというスポーツの本質ファースト」

 という立場を明確にとっているのです。本当に素晴らしい活動をなさっていると、スケートファンとして尊敬するばかりです。

「自分が現役時代に味わった悔しさを、時には笑いに変えてまでして、今の現役選手たちの素晴らしさをたたえる」

 という境地は、ちょっとやそっとの自己犠牲で到達できるとは思えません。

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特設エッセイ『羽生結弦は助走をしない』~羽生結弦を語り足りない~

長年フィギュアを見続けてきた生粋のスケートファンである高山真が、 超絶マニアックな視点で語る『羽生結弦は助走をしない』(2018年1月17日発売)。まだまだ羽生のスケーティングを、そして日本フィギュアを語り尽くします!

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プロフィール

高山真
エッセイスト。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業後、出版社で編集に携わる。著書に『恋愛がらみ。不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』『愛は毒か 毒が愛か』など。
 
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