特設エッセイ『羽生結弦は助走をしない』~羽生結弦を語り足りない~ 第16回

『羽生結弦は助走をしない』著者・高山真が振り返る、羽生結弦の平昌五輪フリーの「奇跡」

高山真
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Clip to Evernote

 フィギュアスケートをダイヤモンドのネックレスにたとえた理由はもうひとつあります。ダイヤモンドを買ったことがある人、買うことを検討したことがある人はお分かりかと思いますが、ダイヤモンドの値打ちは「カラット」(重さ)だけで決まるわけではありません。キズや内包物がどれだけ少ないか、美しいカットを施されているか、無色透明な色味かどうか……。そういったことも含めて、ダイヤモンドの価値は決まります。ですから、「内包物やくもりがやや目立つ6カラットのダイヤモンドよりも、内包物がほとんど見えなくて透明度が高い5カラットのダイヤモンドのほうが高い価値がある」という例は、わりと当たり前にあるのです。

 フィギュアスケートとからめて言えば、ジャンプやスピン、ステップのそれぞれの基礎点を「カラット」だとすると、内包物やキズのあるなし、透明度の違いなどがGOEとして反映され、ひとつひとつの得点が決まる。そしてジャンプやスピン、ステップを、今度はどんなクオリティのトランジションでつないでいくか……。そんな複合的な視点で演技全体の得点が決まる。私はそう思っています。

 選手たちは、自分たちのプログラムを多方面にわたって磨き上げています。「どの種類のジャンプを何回跳ぶか」という視点だけでは、そんな努力をきちんと見ることはできない。私はそう思っています。選手とコーチがプログラムに込めた思い、もっと強い言葉を使えば「哲学」も、「ジャンプの種類と回数」という単純な視点ではとらえきれないのではないか、と。

 ダイヤモンドも見事、それをつなぐプラチナの重量感も細工も見事……。スケーターたちは、そんな見事なネックレスを、ショートプログラム・フリーの両方で見せるために最大限の努力をしています。そして、平昌の男子シングルで、2本のネックレスとも素晴らしいクオリティに仕上げてきて、私たちに見せてくれたのが羽生結弦だった……。私はそうとらえているのです。

 今回は、羽生結弦の平昌オリンピックのフリー『SEIMEI』を、私なりに振り返りたいと思います。リアルタイムでは落ち着いた気持ちで見ることはとても無理でしたが、折にふれ見返すたびに、その凄みを実感しています。ショートプログラム、ショパンの『バラード 第1番』と同様、何度も繰り返し鑑賞するに値する素晴らしさだと思います。

 要素の実施順に、私が感嘆したツボを記していきます。拙著『羽生結弦は助走をしない』で書いていることと一部重複する部分があることをご了承ください。

次ページ  力ではなくタイミングで跳ぶジャンプ
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
 第15回
特設エッセイ『羽生結弦は助走をしない』~羽生結弦を語り足りない~

長年フィギュアを見続けてきた生粋のスケートファンである高山真が、 超絶マニアックな視点で語る『羽生結弦は助走をしない』(2018年1月17日発売)。まだまだ羽生のスケーティングを、そして日本フィギュアを語り尽くします!

関連書籍

羽生結弦は助走をしない 誰も書かなかったフィギュアの世界

プロフィール

高山真
エッセイスト。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業後、出版社で編集に携わる。著書に『恋愛がらみ。不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』『愛は毒か 毒が愛か』など。
 
集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル

プラスをSNSでも

Twitter, Youtube

『羽生結弦は助走をしない』著者・高山真が振り返る、羽生結弦の平昌五輪フリーの「奇跡」

;