特設エッセイ『羽生結弦は助走をしない』~羽生結弦を語り足りない~ 第16回

『羽生結弦は助走をしない』著者・高山真が振り返る、羽生結弦の平昌五輪フリーの「奇跡」

高山真
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 ひとつは、

「右足/左足、前向き/後ろ向き、インサイド/アウトサイド、計8つのエッジさばきが一瞬にして変化するような動き」

 です。信号が赤から青に変わるように、まばたきしている間に、1が0に、0が1に変わってしまうような動きを隙間なくつなげていくようなエッジさばきです。

 羽生結弦の平昌のプログラムから例に挙げると……。ショートプログラムのステップシークエンスの中盤を過ぎたころ、流れるようなブラケットターンの直後に訪れる、

「左足のクリアなバックエッジから、すぐにクリアな左足フォアエッジへの切り替え。そして間髪入れずに今度は右足のクリアなフォアエッジから同じくクリアな右足バックエッジへの切り替え」

 の部分。ショパンのピアノの透明度はそのままに盛り上がりをどんどん高めていく旋律にピタリと合わせた、クリアかつ情熱的な足さばき。これを初めて見たときは、鼓動が早鐘のようになったのと同時に、目の前で何が起こっているのか、ちょっと理解が追いつかなかったほどです。

「もし、クリスタルが沸騰するとすれば、こんな感じになるのかもしれない」

 という、あいまいな感想を持つのが精いっぱいでした。

 そしてもうひとつは、なんと言いますか……、

「西の空が夕焼けに染まり始めて、それが薄闇に沈んでいくような、じっくりとした、かつ一定の変化を、早送りのタイムラプスで見るような動き」

 といったもの。私がそれを最初に強く感じたのは、レジェンドスケーターのひとり、ミシェル・クワンの、インサイドからアウトサイドへとエッジチェンジしていくスパイラルです。非常に厳密でなめらかな体重移動を、非常に薄いスケートの刃の上でスピードを出しながら、しかも一定の時間まったくゆるむことなく実施しなくてはいけない。そんなエッジワークも大好きなのです。

 羽生の「ターンからいつの間にかイナバウアー、そしていつの間にかイーグルへ」という流れを見たときに、私はミシェル・クワンのスパイラルを初めて見たときのように鳥肌が立ちました。

 正確さをベースにした、荘厳さ。その荘厳さが、曲のイメージとぴったり合っている。そしてこれを、「ジャンプとジャンプの間の、演技の中のつなぎ」として取り入れている……。こういった部分が、私にとっては「細工の見事なプラチナやホワイトゴールド」なのです。

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特設エッセイ『羽生結弦は助走をしない』~羽生結弦を語り足りない~

長年フィギュアを見続けてきた生粋のスケートファンである高山真が、 超絶マニアックな視点で語る『羽生結弦は助走をしない』(2018年1月17日発売)。まだまだ羽生のスケーティングを、そして日本フィギュアを語り尽くします!

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プロフィール

高山真
エッセイスト。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業後、出版社で編集に携わる。著書に『恋愛がらみ。不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』『愛は毒か 毒が愛か』など。
 
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『羽生結弦は助走をしない』著者・高山真が振り返る、羽生結弦の平昌五輪フリーの「奇跡」

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