特設エッセイ『羽生結弦は助走をしない』~羽生結弦を語り足りない~ 第17回

「息絶える白鳥」ではなく「生きていく白鳥」として……羽生結弦の24時間テレビ『ノッテ・ステラータ』から受け取ったもの

高山真
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『ノッテ・ステラータ』は、サン・サーンス作曲の『白鳥』に、イタリア語の歌詞をつけたクロスオーバー的な作品です。

『白鳥』をモチーフにした作品というと、私はまずバレエ『瀕死の白鳥』を思い出します。

 バレエ『瀕死の白鳥』は、ダンサーが片足のつま先で立っている場面がごくわずかと言っていいと思います。両足を小刻みに震わせるような動き(パ・ド・ブーレ)をメインに、ステージを滑るように進んでいきます。その動きに、観客は、ステージが湖面であるかのような錯覚を抱きます。

 そのバレエの「基本」をリスペクトしているのでしょうか、羽生のこのプログラムは、あえて両足滑走にしている部分が非常に多い。また、片足で滑っているときも、フリーレッグを高く上げている箇所はほとんどありません。

 競技プログラムにおいて、羽生は「右足/左足」「フォア/バック」「インサイド/アウトサイド」の8種類のエッジを複雑に組み合わせてプログラムを組んできます。対して、この『ノッテ・ステラータ』では、その能力を見せること以上に、「湖面を滑っていく白鳥の姿を、スケーティングで見せるには、どうすればいいか」ということに主眼を置いているように私には感じられます。

 結果、「非常になめらかで、ポジションの保持時間が長い、ムーヴス・イン・ザ・フィールド(ひとつの態勢を保持して滑ること)を多種多様に取り入れる」、そして「組み合わせの複雑さではなく、単体のエッジワークのクオリティ、なめらかさで魅せる」という選択をしているのでは、と。

 私は一応、物書きの端くれですので、観たあとで「言葉を尽くして書きたくなる・誰かと語りたくなる」プログラムはたくさんあります(もちろん、羽生結弦のプログラムにも)。その一方で、観たあとで「エッセイストのくせに言葉を失ってしまう」プログラムもありまして、『ノッテ・ステラータ』は私にとってそんなプログラムの筆頭格とも言える存在です。

 では、つたないのは承知で、要素の実施順に私がため息を漏らした箇所を書いていきます。

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特設エッセイ『羽生結弦は助走をしない』~羽生結弦を語り足りない~

長年フィギュアを見続けてきた生粋のスケートファンである高山真が、 超絶マニアックな視点で語る『羽生結弦は助走をしない』(2018年1月17日発売)。まだまだ羽生のスケーティングを、そして日本フィギュアを語り尽くします!

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プロフィール

高山真
エッセイスト。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業後、出版社で編集に携わる。著書に『恋愛がらみ。不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』『愛は毒か 毒が愛か』など。
 
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「息絶える白鳥」ではなく「生きていく白鳥」として……羽生結弦の24時間テレビ『ノッテ・ステラータ』から受け取ったもの

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