特設エッセイ『羽生結弦は助走をしない』~羽生結弦を語り足りない~ 第18回

新プログラムで「原点」に立ち返る羽生結弦の「これまで」にあらためて思いを馳せる…

高山真
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Clip to Evernote

 そしてエフゲニー・プルシェンコ。2004年のロシア国内選手権のフリー(Evgeni Plushenko 2004 Nationals FS)で披露した『ニジンスキーに捧ぐ』は、「プルシェンコの」という枠を飛び越え、フィギュアスケートの男子シングルの歴史に残る名演技のひとつだと思っています。そして、その完璧だった国内選手権よりもさらにジャンプの難度を上げて(4回転トウを1本から2本へ、トリプルアクセルからのコンビネーョンジャンプを、トリプルフリップまでつなげるシークエンスにして)臨んだ2004年の世界選手権フリー(2004 Worlds FS)も素晴らしかった。

「トリプルループを跳ぶ直前にエッジが氷に引っかからなければ、国内選手権の出来さえも上回ったかも」

 と思わせる迫力、重厚感。それらと見事なコントラストを描くストレートラインステップのスピード感と切れ味、ビールマンポジションのスパイラルのなめらかさ……。このプログラムには、文字通り「すべて」がありました。

 前回のコラムで、

「私にとって素晴らしいプログラムは二種類ある。ひとつは、言葉を尽くしてその素晴らしさを語りたくなるようなプログラム。もうひとつは、ただただ言葉を失ってしまうようなプログラム」

 と書きましたが、『ニジンスキーに捧ぐ』はまさに「言葉を失わせるプログラム」そのもの、という感じなのです。

 

 そんな『Otonal』と、『ニジンスキーに捧ぐ』(をアレンジした『Origin』)を羽生結弦が演じる。フィギュアスケートファンとして、本当にうれしいニュースなのですが、同時に、私がより大きな喜びを感じているのは、

「羽生結弦のこのチョイスを、たぶん誰よりも喜んでいるのは、ジョニー・ウィアーとエフゲニー・プルシェンコではないだろうか」

 という想像がすぐにできたことです。実際、そんな想像をしながら読んだ新聞各紙には、羽生本人から「この曲で演じたい」と言われたプルシェンコ氏がとても喜んでいたことが報じられていました。

 自分の想像が当たったことが嬉しいのではありません。先を行く人に憧れその道を志す若い人がいる。先を行く人は、あとから入ってきた若い人の成長を心から喜ぶ……、そんな「世界」があることが、どれほど多くの人を励ますか。そのことが何よりも素敵だなあと思うのです。

 若い選手が誰かに憧れて、その若い選手が成長したとき、今度はもっと若い選手から憧れを向けられる。フィギュアスケートに限らず、スポーツの素晴らしさのひとつが、それだと思います。羽生結弦に憧れる若いスケーターが、今シーズンの『Otonal』『Origin』から、今度は何を受け取るのか……。それがわかるのは10年ほど経ってからのことでしょうが、そんな瞬間を目にするために、自分も頑張って養生を続けていかなくては……と、あらたな決意を抱いていたりします。

次ページ  ようやく羽生が口にした言葉
1 2 3
 第17回
第19回 
特設エッセイ『羽生結弦は助走をしない』~羽生結弦を語り足りない~

長年フィギュアを見続けてきた生粋のスケートファンである高山真が、 超絶マニアックな視点で語る『羽生結弦は助走をしない』(2018年1月17日発売)。まだまだ羽生のスケーティングを、そして日本フィギュアを語り尽くします!

関連書籍

羽生結弦は助走をしない 誰も書かなかったフィギュアの世界

プロフィール

高山真
エッセイスト。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業後、出版社で編集に携わる。著書に『恋愛がらみ。不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』『愛は毒か 毒が愛か』など。
 
集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル

プラスをSNSでも

Twitter, Youtube

新プログラムで「原点」に立ち返る羽生結弦の「これまで」にあらためて思いを馳せる…

;