特設エッセイ『羽生結弦は助走をしない』~羽生結弦を語り足りない~ 第1回

全日本フィギュアスケート選手権から感じた、スケーターの「意志」

高山真
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 拙著『羽生結弦は助走をしない』の発売にあたり、この集英社新書のサイトで期間限定の連載をさせていただきます。しばらくの間、お目汚し失礼いたします。

 私は、1980年からずっとフィギュアスケートを愛してやまない観客であり、羽生結弦をはじめ、すべてのスケーターを心からリスペクトしている人間です。せめてその思いだけは、拙著とこの連載で皆様にご理解いただけたらと思っています。

 本の発売は1月17日です。12月下旬の全日本選手権フィギュアスケート選手権の結果を待っていては、平昌オリンピックに間に合うタイミングで拙著をご覧いただくことはできませんでした。

 この連載の初回は、全日本選手権の観戦記と、オリンピック代表選手の選考に対する私の思いを書いていこうと思います。

 

 平昌オリンピックに出場できる女子シングル選手は2人。世界でも指折りの激戦国の日本で、代表に選ばれたのは宮原知子と坂本花織でした。

 宮原のフリー『蝶々夫人』は本当に素晴らしかった。

 私にとって、フィギュアスケートにおける『蝶々夫人』は、浅田真央や荒川静香、プロに転向してからのクリスティ・ヤマグチなど、アジア系の選手たちによる素晴らしいパフォーマンスが強い印象を残しています。それらは、あの有名なアリア『ある晴れた日に』を中心に曲を編集したものです。

 それに対して宮原(および宮原のチーム)は、『蝶々夫人』のストーリーそのものを4分間で演じるように、曲の編集をして、その流れに沿ったプログラムを組んできたように思います。私の友人は、

 「こんなに『蝶々夫人』の物語の起承転結がくっきり感じられるプログラムを、フィギュアスケートで見せてもらえたのは初めてかもしれない」

  と言いましたが、私もまったく同感です。

  細やかな感情の変遷は、上半身、特にアームのしなやかな動きで表現される。そして、蝶々さんの一途な感情、ひたむきで激しい愛の強さは、スピードと鋭さが増したスケーティングで表現される。このメリハリ!

  ケガをする前から、宮原の「どんどんスピードが増していくスケーティング」は、彼女の見どころのひとつでしたが、それがさらなる進化を遂げていたのです。

 リハビリを通して、宮原が筋力トレーニングに力を注いでいたことが明確に伝わってくる。

 「向上した筋肉の力を、いかにコントロールして、エッジワークへ反映させていくか」

  というテーマに、本当に真摯に取り組んでいたことがわかるのです。

  平昌オリンピックの本番が今から待ちきれません。

 

  女子の代表、もうひとりは坂本花織です。

  ジャンプの高さは現役の日本女子の中ではいちばんと言っていいと思います。私は伊藤みどりをミューズのように崇めているのですが、伊藤みどりを彷彿させる切れ味とダイナミックさを久しぶりに堪能させてもらえる喜びがあります。

  それに加えて特筆したいのは、「一戦一戦、上半身の動きが洗練されてきている」こと。上半身の振り付けが、もともとの持ち味であるダイナミックなスケーティングと融合するようになってきたことです。

 「どんなジャンプをしたか、どんなスピンをしたか」という観点ではなく、「どんなパフォーマンスをしたか」という観点で見ると、これは非常に大きなことだと思います。17歳の坂本にとって、平昌オリンピックは「ゴール」ではなく「ゴールへのステップボード」のはず。さらに大きな選手へと変わっていってくれることが楽しみでなりません。

 

  今回、オリンピック代表に選ばれなかった樋口新葉、三原舞依、本郷理華……。私の大好きな選手たちです。平昌に出られなくても、樋口の『ジプシーダンス』や三原の『ガブリエルのオーボエ』、本郷の『フリーダ・カーロ』が色あせることは決してない。そのことだけは絶対に忘れず、私はこれからも彼女たちのパフォーマンスを心から楽しみにしていくつもりです。 そしてまだ若い本田真凛にも。彼女はここからです! メディアは、若い選手の「可能性」に、もっともっと焦点を当ててほしいと切に願っています。

 

  男子は、代表選手ではないスケーターにスポットを当てることをお許しください。山本草太です。私はこの選手が本当に、本当に好きなのです。

  2014年のジュニアのグランプリファイナルのショートプログラム(2014 Jr.GPF SP)、中学3年生の山本は、ラフマニノフのピアノ協奏曲の第1番と第2番をつないだ曲で滑りました。オールドファンとしては、伊藤みどりのアルベールビルオリンピックのフリー(1992 Olympics FS)を思わせる編曲です。

 山本草太の、ストレスのない、なめらかなスケーティング。力や足の振り上げではなく、スピードとタイミングで踏み切るジャンプは、着氷時の流れも本当に素晴らしい。特にルッツは、その踏み切りのスムーズさから着氷後のトランジションまで、見惚れてしまうほどでした。

 スピンは、その回転の速さ、軸の確かさ、エッジの切り替えの見事さがあいまって、「すでに『完成』の域に近づいているのは」と思わせるほどのクオリティ。

  小学生のころから「きれいな滑りをする選手だなあ」と思ってはいましたが、このプログラムを観たとき、私は文字通り狂喜乱舞したものです。

  その山本が、骨折からの長いリハビリを経て、今回の全日本選手権へ。この秋の地区大会では、まだジャンプは1回転のみでした。ニュースでその映像を観たとき、私はただただ涙にくれていました。

 「ここに戻ってきてくれた」

 と。

  そして、今回の全日本選手権のショートプログラム、山本草太はトリプル・トリプルのコンビネーションとトリプルループを決めて見せました。

 時計回りのツイズルから始まるステップシークエンスの大きさとスムーズさ、そこに加わったドラマティックさ。ラストのコンビネーションスピンで、私は、

 「ここまで戻してくれた」

  と、涙を流すことになったのです。

 

  私は、平昌オリンピックで羽生結弦が素晴らしいパフォーマンスを見せてくれることを露ほども疑っていません。しかし、それ以上に強く心に留めていることがあります。それは、

 「選手たちが、困難を乗り越えて、最高の舞台で最高のものを出そうとしてくる、その『意志』こそを、『もっとも素晴らしいもの』としてリスペクトしなければ」

  ということです。

  山本草太は、その「意志」を、あの大舞台で見せてくれました。だからこそ、あの素晴らしい演技を尊敬するしかないのです。

 そこそこ長くフィギュアスケートを見続けている観客として、私は、羽生結弦が「数々の困難を乗り越えて、素晴らしいパフォーマンスを披露し続けてきた選手」であることを知っています。

  羽生がいままでに残してきた輝かしい結果の裏には、輝かしいだけではない、壮絶なほどの「意志」がありました。

 そのことを、私以上にフィギュアスケートを愛し、羽生結弦という選手を理解している多くのファンの方々は、よくご存じでしょう。

  平昌オリンピックに向けて、羽生結弦が込めている「意志」の強さ、激しさは、正直言って、私レベルの人間では想像もつきません。ただひとつ言えるのは、そんな「意志」で迎える平昌オリンピックが、素晴らしいものにならないはずがない、ということです。

  私は一観客として、羽生結弦をはじめとするすべての選手の「意志」を本当に楽しみにしているのです。

 

 

   本連載の一部あるいは全部を無断転載することは、法律で認められた場合を除き、著作権の侵害となります。
 
第2回 
特設エッセイ『羽生結弦は助走をしない』~羽生結弦を語り足りない~

長年フィギュアを見続けてきた生粋のスケートファンである高山真が、 超絶マニアックな視点で語る『羽生結弦は助走をしない』(2018年1月17日発売)。まだまだ羽生のスケーティングを、そして日本フィギュアを語り尽くします!

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プロフィール

高山真
エッセイスト。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業後、出版社で編集に携わる。著書に『恋愛がらみ。不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』『愛は毒か 毒が愛か』など。
 
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全日本フィギュアスケート選手権から感じた、スケーターの「意志」