特設エッセイ『羽生結弦は助走をしない』~羽生結弦を語り足りない~ 第3回

羽生結弦の「絶対に勝ってやる!」という言葉に、カタリナ・ヴィットからのエールを思い出す

高山真
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 1月17日に拙著『羽生結弦は助走をしない』が発売になりました。この本に携わってくださったすべての方に深く感謝をしつつ、私はその前日から、別のことにすっかり心を奪われておりました。

「羽生結弦が氷上練習を再開した」というニュースにふれたのです。

 自分の本のことをそっちのけにしている著者というのは、集英社の担当さんからすれば不実にもほどがある存在ですが、スケートファンの方ならば、羽生ファンの方ならば、私のこの気持ちはわかっていただけるのではないかと……。

 その数日前、私は、日曜深夜の日本テレビの『NNNドキュメント』を見ていました。羽生結弦のこれまでの数年間に密着したドキュメンタリー。その中に、羽生が少年時代から今に至るまでずっとつけているというノートが紹介されていました。

 何冊分にもわたってびっしり書き込まれた、「己との向き合い」。その中で、なんと言うか異彩を放っていたのは、1ページまるまる使って、大きな文字で書かれていた、こんな言葉でした。

「絶対に勝ってやる!」

 日付は2012年10月26日でした。

 ああ、羽生結弦というスケーターは、ずっとこうやって「一日一日、一瞬一瞬、自分自身と向き合う冷静さ」と、「型破りなほどのパッション」の両方を、統合しようと努力を続けてきたのだ……と感じ、鼻の奥がツンとしてしまいました。

 テクニカルエレメンツとプログラムコンポーネンツの両方で採点されるフィギュアスケート。「ジャンプ・スピン・ステップ」と、「スケーティングスキルやトランジション、演技全体の構成や音楽の解釈」、そういった二面性が要求されるこのスポーツが、私はずっと大好きです。

 言うまでもなく、羽生結弦は、そういった二面性をどちらも極限まで追い求めてきた選手です。しかしこの番組で私は、羽生結弦がまた別の二面性もずっと追い求めてきたことを再確認したのです。

「熱いだけではダメ。しかし、熱くなければスタートラインにも立てない」

 そんな二面性のバランスを、何年にもわたって極限のところで取り続けてきたんだな……。そう感じて、鼻の奥がむずがゆくなったのです。

 世界的なトップグループに何年もい続けること。そんな環境で戦い続けること。しかもその戦いは、何よりもまず「自分との戦い」になること。

 それらすべて、私にはイメージすらできない世界です。そんな世界で確固たる結果を残し続けてきた羽生結弦がいままで下してきたチョイス、そしてこれから下していくチョイスに、間違いがあろうはずがない。少なくとも、そういう状況に身を置いたことがない人間が、「あれが間違いだった。これがダメだった」などと指摘できるはずがない――。

 そんな思いを抱いていたときに、私は「氷上練習再開」のニュースを聞いたのです。

 

 あれは確か、1992年、伊藤みどりのアルベールビルオリンピックに関連するドキュメンタリー番組で放送された場面だったと思います。1984年のサラエボ、1988年のカルガリーと、女子シングル2連覇を果たしたカタリナ・ビットが、伊藤みどりの挑戦をたたえながら、スケーターとしての心理を代弁していました。

「『大丈夫。自分にはできる』、そう言い聞かせること。それだけなんです。それだけのことをやってきたのですから。そして、本番で願い通りできるかどうかは、神様のちょっとしたプレゼントなんです」

 25年以上前に見た番組ですし、私の手元には録画も残っていません。ですから、実際の放送と私の記憶している言葉には、多少ニュアンスの差があるかもしれません。ただ、「やるだけのことをやったら、あとは神様の領域」という意味の言葉を、確かにビットは口にしていたと思います。

 そして今回の平昌オリンピック。1992年当時よりさらに重度のスケオタになっている私は、折にふれビットの言葉を思い出しています。

 羽生結弦はもちろんのこと、すべての選手に「神様の、ちょっとしたプレゼント」が舞い込むことを願ってやみません。ビットの言葉を借りれば、羽生結弦をはじめ、すべての選手は「それだけのことをやってきた」のですから。

 道は開ける。花は咲く。

 平昌では、きっと、見たことがないような美しい花を見ることができる。私はそう信じて、これからも変わらぬ「絶対的な信頼」を羽生結弦に寄せ続けたいと思います。

 

 

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特設エッセイ『羽生結弦は助走をしない』~羽生結弦を語り足りない~

長年フィギュアを見続けてきた生粋のスケートファンである高山真が、 超絶マニアックな視点で語る『羽生結弦は助走をしない』(2018年1月17日発売)。まだまだ羽生のスケーティングを、そして日本フィギュアを語り尽くします!

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プロフィール

高山真
エッセイスト。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業後、出版社で編集に携わる。著書に『恋愛がらみ。不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』『愛は毒か 毒が愛か』など。
 
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