「それから」の大阪 第1回

天満あたりから歩き始める

スズキナオ

ビニールシートの向こうには

しかし、その天満から足が遠のく日々が続いた。新型コロナウイルスが猛威をふるい、2020年3月初旬に大阪市内のライブハウスで多数の感染者が発生したという報道があった。その後も感染者数は増加の一方となり、3月19日には大阪府から「兵庫県との不要不急の往来を自粛せよ」との要請が出された。4月7日には政府から緊急事態宣言が発令され、4月14日には、大阪府が府内の映画館やパチンコ店等の施設に向けた休業要請を出した。飲食店の休業までは要請されなかったが、営業時間は午後20時までと制限されることになった。ステイホームが叫ばれていた頃でもあり、私自身、ほとんどの時間を自宅で過ごした。

家の近くを「大川」という川が流れている。氾濫を繰り返していた淀川が明治時代に行われた大規模な改良工事によって現在の位置を流れるようになるまで、この大川が淀川の本流だった。そのため「旧淀川」と呼ばれることもある。近所のスーパーまで食糧の買い出しに行った帰り道、いつも私は大川の川べりまで足を延ばし、そこから対岸の天満方向を眺めては、あの入り組んだ路地の店々はどうなっていることだろうかと思いを馳せた。川を越えて少し歩けばすぐたどり着ける町が、すごく遠くなってしまったように感じる。

ようやく天満の様子をしっかりと見に行くことができたのは、緊急事態宣言の解除後、感染者数の増加に一旦歯止めがかかったように見え、世間に自粛解禁ムードが漂い始めた6月上旬のことだった。いつもなら大川沿いを散策して家に帰るところを、そのまま足を延ばして天満まで歩いてみた。そこに廃墟のような町並みが広がっていはしまいかと、おそるおそる覗き見るような気持ちだった。しかし、そんな不穏なイメージを一瞬で吹き飛ばすかのように、そこにはこれまでと同じく、活気ある天満の町があった。

JR天満駅周辺の往来(2020年8月撮影)

 

 

 

 

 

 

「こんなにも普通でいいんだろうか」と、むしろ心配になったほどである。いつも行く「但馬屋」の前を通りかかると、ビニールシートを天井から吊るし、テーブル席の間に仕切りを設けて営業している。コロナ以前と異なっているのはその点だけで、ビニールシートの向こうには酔客たちの背中が見える。それを見て、どんな状況であれ、人の営みはこのようにして続くのではないかと、そんなことを思った。

「コロナ後」の但馬屋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は今また再び天満から歩きだし、ウイルス禍によって変貌を遂げた大阪と、それをどこ吹く風と平然と押しのけていく人々の力強さと、その両方を確かめてみたいと思った。

(続く)

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第2回 
「それから」の大阪

2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。

プロフィール

スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。

 
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