対談

「意味をつくる」仕事とは何か【第3回】

対談 佐藤可士和×山口周
佐藤可士和×山口周

人間の原始的な感覚やモラルに向き合い、研ぎ澄ます

山口 僕は「アート」と「サイエンス」、それから「クラフト」の三つのバランスが今後のビジネスでは重要になる、ということを本に書いています。絵画、音楽、哲学などのアート=人文科学と、サイエンスという自然科学の一番の違いは何かというと、アートには「ちゃぶ台返し」があるところなんです。サイエンスは基本的に先人の知見を伽藍のように積み上げていくもので、これから十年後に「ニュートンの力学は間違っていました」みたいなことは起こりえない。でも、アートはどこかで、その価値がガッシャーンと変わる節目がある。

佐藤 オセロゲームみたいに、パチンと一個の石を打ったら、真っ黒だった盤面がパーッと真っ白に変わっていく。僕なんかは、生きている間にそのレベルの価値の転換ができたら本望だと思っていますね。

山口 既存の思考に転換パターンを仕掛けていく力は、現在のビジネスシーンでは、大きな強みになると思います。

佐藤 しかも今は、コンピューター、インターネット、AIの登場で、そういう価値転換がドラスティックに起こっている最中ですよね。

山口 その点でいいますと、本当は平成の時代に、昭和的な価値観を終わりにしておくべきだったと思います。昭和的な価値観とは、物をたくさんつくる、安くする、機能を足して便利にする、といったことです。そこから脱して、物に存在価値を与える、世の中に意味のあるものを増やしていく、といった方向に向かえばよかったのですが、結果的に平成は昭和の第四楽章みたいな時代になってしまいました。

佐藤 そこは僕も残念に思っているところです。

山口 だからこそ、可士和さんが広告を起点にして、世の中にインパクトを与えたことの意義が深いんです。平成時代は広告業界の人たちも、データ重視のマーケティングに寄ってしまって、意味付けよりも効率化にどんどん進んでいきました。ところが時代背景としては、モノが過剰になる一方で、意味が枯渇し、希少になっていっていたわけですから、むしろ世の中の要請とは真逆の方向に突き進んでいたことになります。

佐藤 本当にそうですね。ちなみに、慶應SFCの「未踏領域のデザイン戦略」の授業では、今年度のテーマを「地球リセット」にしました。国内もそうですし、世界中でいろいろな課題が渦巻く中で、「地球」という大きな視点で人間を考え直そう、といった意図を込めました。

山口 「平和」「幸福」と来た次は「地球」になったのですね。

佐藤 ホーキング博士の『ビッグ・クエスチョン ―人類の<難問>に答えよう』という本に、印象深い記述がありました。人類というものは、遠くから見たら一個の個体なんだよ、と述べているところです。人間は一人ひとりが別々に存在していると、みんな勘違いしているけれど、宇宙の中では人類全体が一つの生命体であり、個々人は細胞の一つ。だから、いがみ合っている場合じゃない、という話なんですけど。

山口 宇宙的な視点で、人間の可能性や存在理由をとらえ直しているんですね。

佐藤 サニブラウン選手が100メートルを9秒台で走ったというニュースに、僕たちは感動しますよね。ああ、人間の可能性って、無限にあるんだ、と。それは歌もそうですし、アートでも同じです。それまで、見たことも聞いたこともない新しい世界に接すると、人間ってすげぇんだ、と目の前が明るく開けていく。それは、人類という共通項の中に自分が存在しているからこそ、持てる感情だと思うんですよ。

山口 一方で、デジタルテクノロジーが、この先もさらに発展した場合、その感覚は共有できるものだろうか、という不安もありますよね。

佐藤 今は「VR(バーチャルリアリティ)」「AR(拡張現実)」の進歩もすごいでしょう。山口さんはUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)」の「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」のアトラクションはご経験がありますか。

山口 いや、ないです。

佐藤 簡単にいうと、パワーショベルにくっ付いているようなシートに乗って、ハリー・ポッターの世界を体験するアトラクションなのですが、そのシートが50センチほど落ちるだけで、ワーッと何百メートルも落下している感覚が出現する。映像と一緒に椅子を下げているから、そうなるのですが、仕組みが分かっていて、「僕はそう簡単にだまされないぞ」と身構えていても、いざ、アトラクションに乗ると、うわぁとなってしまう。人間の脳って、結構簡単にだまされちゃうもんだな、と。

山口 バーチャルとそうでないものの境目はこの先、どんどん曖昧になっていくでしょうね。

佐藤 スピルバーグ監督の「レディ・プレイヤー1」も、人類がVRの世界に現実逃避している設定で、恋に落ちるのもアバター同士。そうなると、人間って何なんだろう? という根源的な問いが、いよいよ深まっていきます。今はDNAをいじる技術も急速に進歩しているでしょう。最初は、病気の画期的な治療法だと喜んでいたのが、次は病気にならないように、その次は優秀な頭脳と身体を持つように……って、どんどんエスカレートしていくんじゃないかな。

山口 それこそお墓の概念も変わる可能性がありますよね。大好きなおばあちゃんの生前のデータを全部記録して、クラウドに置いておけば、亡くなった後も会話を自動生成させることができる。お墓がコンピューター集積所みたいになって、「おばあちゃん、オレ、今日すっげぇ意地悪なことをされたんだよ」「それは大変だったね」なんて、おばあちゃんと墓前で会話ができる。バーチャルイタコというか……。

佐藤 音声だけでなく、ホログラフでその人が目の前に現れる、ということも出てきますよね。

山口 まさに「スターウォーズ」の世界ですね。スイッチを入れると、オビ=ワンがホワーンと登場するように、おばあちゃんが浮かび上がってくる。

佐藤 その解像度も、ものすごく高くなるでしょうし、そうなると、何をもって人間の存在というのか、ますます分からなくなる。だからこそ、人間の原始的な感覚やモラルというものに向き合って、そこを研ぎ澄ませていかないと、ぶれていってしまうな、と思うんですけどね。

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プロフィール

佐藤可士和×山口周

佐藤可士和(さとう・かしわ)

クリエイティブディレクター。「SAMURAI」代表。1965年東京都生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業後、博報堂を経て2000年に独立。慶應義塾大学環境情報学部特別招聘教授。多摩美術大学客員教授。ベストセラー『佐藤可士和の超整理術』(日経ビジネス人文庫)など著書多数。2019年4月に集英社新書より、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(慶應SFC)における人気授業をまとめた『世界が変わる「視点」の見つけ方 未踏領域のデザイン戦略』を上梓。

 

山口周(やまぐち・しゅう)

戦略コンサルタント。専門はイノベーション、組織開発、人材/リーダーシップ育成。1970年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科卒業。同大学院文学研究科修士課程修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ、コーンフェリーなどを経て、現在はフリーランス。著書に『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『世界の「エリート」はなぜ「美意識」を鍛えるのか?』『劣化するオッサン社会の処方箋』『仕事選びのアートとサイエンス 不確実な時代の天職探し』(以上、光文社新書)など。

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