対談

コロナ禍で激変した世界秩序はどこへ向かうのか

東アジアから未来を遠望する【前編】
内田樹×姜尚中

「和を乱す」ことへの恐怖心

 流行が始まってもう半年経っているんですから、これまでの経過や問題点、是正すべきところを検証し、これからどういう手を打つかを示すためにも、政府は中間報告を出すべきだと思います。でも、PCR検査の問題ひとつとっても曖昧(あいまい)模糊(もこ)としているのが現状です。

政治学者・姜尚中氏(撮影:三好妙心)

 

内田 そうだと思います。どこがうまくいって、どこが失敗したのか、どこがまだ成否について判断がつかないのか……そういうことを客観的な立場から開示することは絶対に必要だと思いますけれど、今の政府にはそういう基礎的な情報さえ開示する気がまったくない。

もちろん自分たちの失敗を隠蔽したいのが第一の原因なのでしょうけれども、それを「国難的事態に際して、足をひっぱるな」という言い方で正当化する。今は一致団結して国難に当たるべきときなのに、どこで間違いを犯して、誰に責任があって、どういう制度設計上の問題があったのかだなんて、そんな話をするなと本気で反発する人がいる。点検し、吟味することを求めると、「うるさく言(こと)挙(あ)げするな。和を乱すな」と叱られる。「和を乱す」ことに対する恐怖心に近いものが日本人全体に共有されているように見えます。

 それはありますね。

内田 「絆」「ワンチーム」「和」というのは、日本の場合、「滅びるときは一緒」「一蓮托生」ということです。

これは先の大戦もそうでした。「一億総懺(ざん)悔(げ)」というのは、全員にひとしく責任があるのだから、誰がどのような誤りを犯したのかというようなことは問うな、ということです。その時に、日本人自身の手による戦争責任の追及機会を逃したせいで、戦後75年経っても、「失敗の研究」が根づかなかった。

 内田さんの話を聞いていて、丸山眞男が東京裁判とニュルンベルク裁判の戦犯を比較した論文「軍国支配者の精神形態」を思い出しました。

ナチス・ドイツの場合は、一貫した意図の下にすべてをマニピュレート(操縦)しているけれども、日本の場合は総理大臣が何人も変わり、結局、統一された意思すらないまま、あんな結果になってしまった。マニピュレートされたものであれば、まだ救いがあるんですけれどね。

内田 救いがある。本当にそうです(苦笑)。

東條内閣の退陣を受けて1944~45年に総理大臣の座についていた小(こ)磯(いそ)国(くに)昭(こく(あき)は、「私は三国同盟にも中国の戦線拡大にも日米開戦にもすべて反対だった」と、東京裁判の法廷で述べています。

「それでは、なぜあなたは戦争指導部内で次々と累進を遂げて、あなたが反対する政策の実現に加担したのか」と検察官に問われた小磯は、「自分の意思は意思として、我々の国では一旦決まったことにしたがって粛々と実施していくのが美風なのであります」と申し開きをする。

戦時中の総理大臣が「私は個人的には戦争に反対だったので、戦争責任を問われる筋はない」と平然と答弁する。こういう無責任なマインドセットは戦後75年、まったく変わっていないと思います。

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プロフィール

内田樹×姜尚中

 

内田樹(うちだ たつる)

1950年東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。著書に『寝ながら学べる構造主義』(文春新書)『日本辺境論』(新潮新書)『街場の天皇論』(東洋経済新報社)など。共著に『世界「最終」戦争論  近代の終焉を超えて』『アジア辺境論  これが日本の生きる道』(いずれも集英社新書・姜尚中氏との共著)等多数。

 

姜尚中(カン サンジュン)

1950年熊本県生まれ。政治学者。東京大学名誉教授。熊本県立劇場館長・鎮西学院学院長。専門は政治学政治思想史。著書は累計100万部を突破したベストセラー『悩む力』をはじめ、『続・悩む力』『心の力』『悪の力』『母の教え  10年後の「悩む力」』(いずれも集英社新書)など多数。小説作品に『母ーオモニ』『心』がある。

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