対談

コロナ禍で激変した世界秩序はどこへ向かうのか

東アジアから未来を遠望する【後編】
内田樹×姜尚中

ポストコロナの世界情勢を読み解く

 ポストコロナの世界情勢を考えていく上でも、中国は重要なファクターで、現在の米中対立の行方も深く関わってきますよね。

内田 日本のメディアがまともに報じないことの一つに、アメリカが対中軍事的優位を失いつつあるということです。これには2つの理由が挙げられます。ひとつは、“Foreign Affairs”が一昨年頃から繰り返し書いていることですけれど、アメリカがAI軍拡競争で中国に対して劣勢に立っていること。

通常兵器では依然としてアメリカが中国を圧倒していますけれど、AIの研究開発やコンピュータ・ネットワークの構築力では、もう中国はアメリカよりも上を行っている。アメリカのシンクタンクのランド研究所は「次の戦争では中国に負ける」と明言していますし、軍幹部もこのままの軍備では中国に勝てないと言い出しています。

もちろん、「このままでは中国に負ける。もっと軍事に予算を回せ」というのは軍拡論者の常套句ですから、そのままには信じられませんけれど、それでもAI軍拡競争でアメリカが劣位にあることは多分本当でしょう。

思想家・内田樹氏(撮影:三好妙心)

それに加えて、新型コロナ・パンデミックで軍略に狂いが生じた。先日、アメリカの空母セオドア・ルーズベルト号が感染者を1,000人以上出して、作戦行動を中止して帰港しましたね。その話をこの間、感染症専門家の岩田健太郎先生(神戸大学教授)としていたら、「原子力潜水艦はもっとリスクが高い」と教えてもらいました。

考えてみたら当然ですよね。潜水艦では乗員全員が空気を共有しているんですから。一人感染者が出たら、短期間のうちに潜水艦そのものがクラスターになってしまう。

つまり、コロナが収束しない限り、空母と原潜はリスクが高くて使えなくなるわけですよね。でも、アメリカの海外での軍事作戦は空母と原潜なしには成立しない。

 そうでした!

内田 手持ちの空母と原潜が「いつ使い物にならなくなるか、わからない」という条件の下で軍略を考えないといけないということは、当面は通常兵器による軍事行動は控えるしかないということですよね。

今、中国があれだけ香港や台湾に対して強硬な姿勢で臨んでいるというのは、やはり今のアメリカの苦境を見越してのことだと思います。西太平洋で何か軍事的緊張があった場合でも、米軍の動きは鈍いことが予測できますから。

もちろん、アメリカのことですから、そのうちシステムの不備を修復して、盛り返してくるでしょうけれど、これから大統領選挙ですから今アメリカが軍事行動を起こすということは考えにくい。 

国際社会もコロナで手一杯ですから、対中国包囲網の世論形成をするだけの余裕がない。中国にしてみれば、香港に宥和的に接して、「大人」ぶりを示して国際社会における株を上げるという選択肢もあったと思いますが、あえて評価を下げてでも、今取れるものを取っておこうとした。

とりあえずは、現在ではアメリカよりも中国の方が使えるカードが多い。理由のひとつは、新型コロナウィルスの感染をほぼ抑圧できたこと。それから、「世界の工場」として医療器具や医薬品の十分な備蓄があること。こうした資源があるから、医療支援もできる。それからワクチン、治療薬の開発。これに成功したら、強力な外交カードになります。

ワクチンさえあれば、どの国もコロナ禍で打撃を受けた経済がV字回復できるわけですから、喉から手が出るほど欲しい。そこに中国が「ワクチンあげるから、その代わり……」と外交的譲歩を要求されたら、断れる国はないですよね。

 そうですよね。

内田 だから中国は今、国力を挙げてワクチン開発をしていると思います。

それ以外にも、中国はいろいろ仕掛けてくるでしょうが、アメリカは来年1月までトランプの任期が残っているわけですから、少なくとも、その間はアメリカが国際政治のキープレイヤーとして再登場してくるということは望めませんね。

 国際政治で「トゥキディデスの罠」(注:従来の覇権国家と新興の覇権国家との間で摩擦が不可避になる現象を指す)と言われますけれども、やっぱり中国というNo.2がかなり大きな力を持ちつつあるということは、もう歴然としているわけですよね。

今後、かなりシリアスな状況になっていくと思いますが、やはり大事なのは、今日の対談でも話したように、たとえ対立していても相手側とこちら側のオプションを増やし、最適な落とし所をなんとか探っていくということなのではないでしょうか。

ゼロサムゲームでは生きられないということを、コロナ危機は改めて突きつけたと思います。

内田 結論が出ましたね。もう少しコロナが落ち着いたら、今度はぜひ対面でいろいろ語り合いましょう。

 本当に、そのときが来るのを楽しみにしています。

政治学者・姜尚中氏(撮影:三好妙心)

 

(終わり)

文責:加藤裕子

 

内田樹 編『街場の日韓論』(晶文社)

 

姜尚中著『朝鮮半島と日本の未来』(集英社新書)

 

 

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プロフィール

内田樹×姜尚中

 

内田樹(うちだ たつる)

1950年東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。著書に『寝ながら学べる構造主義』(文春新書)『日本辺境論』(新潮新書)『街場の天皇論』(東洋経済新報社)など。共著に『世界「最終」戦争論  近代の終焉を超えて』『アジア辺境論  これが日本の生きる道』(いずれも集英社新書・姜尚中氏との共著)等多数。

 

姜尚中(カン サンジュン)

1950年熊本県生まれ。政治学者。東京大学名誉教授。熊本県立劇場館長・鎮西学院学院長。専門は政治学政治思想史。著書は累計100万部を突破したベストセラー『悩む力』をはじめ、『続・悩む力』『心の力』『悪の力』『母の教え  10年後の「悩む力」』(いずれも集英社新書)など多数。小説作品に『母ーオモニ』『心』がある。

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