対談

「教育虐待」から生き延びるために

古谷経衡×五野井郁夫

高校1年の冬に発症以来、現在まで続いている「パニック障害」の恐怖。それを引き起こした原因ともいえる、「教育」の美名のもとでの両親による「教育虐待」。そして結婚を機に両親との過去に正面から向き合おうとした結果、「絶縁」という選択に至った結末……。

古谷経衡さんが自らの半生をつまびらかにした『毒親と絶縁する』には、読者からさまざまな共感の声が寄せられました。じつは、この本に背中を押されるようにして、自らも両親との絶縁という選択肢を選んだ、政治学者・五野井郁夫さんもその一人。「教育虐待」を受けたという背景も、古谷さんと共通しています。

二人はどのようにして「毒親と絶縁」という道に進んだのでしょうか。そして、いま「教育虐待」の真っ只中で苦しんでいる方に送りたい言葉とは――。

■両親からの「教育虐待」

古谷 昨年10月に『毒親と絶縁する』という著書を出版しました。

 私は1998年にパニック障害と鬱病を発症し、数年前に精神障害者3級の認定を受けています。その治療の過程で主治医と話す中で、発症の主たる原因は、ほぼ間違いなく思春期に受けた両親からの「教育虐待」というべき虐待であろうということになりました。

 それもあって近年、両親との関係性、確執を清算しなくてはならないと決意し、いろいろと折衝を重ねてきました。しかし、両親の側には私に対する加害を認め、謝罪する意図はまったくないし、私の20数年にわたる苦悩について反省しようという意思もないことが分かった。それで、日本においては法的な「絶縁」という制度はないのですが、心理的な意味で親と絶縁するということを決め、公に発表しました。それを見た編集者の方に声をかけていただき、絶縁に至るまでの経緯や思いを書いたのがこの本です。

五野井 私は、政治的な立ち位置では古谷さんとかなり違いがあると思われているのですが(笑)、この本は読ませていただいて大変に共感しました。

 というのは、私は戦後民主主義の系譜に属する「リベラル系知識人」といわれることが多いのですが、一方でじつは自分で名乗ったことはなく、また「リベラル」の人たちに対して強い違和感を抱くことがしばしばあって、その権化のひとつともいえるのが自分の親なんですね。古谷さんの本を読みながら自分のこれまでを振り返ってみたときに、「自分もまた、親から教育虐待を受けていたのではないか」と感じたのです。

 さらに、ちょうどその少し後、昨年の12月8日に、あることで親の家に呼ばれたんですね。そのときに、子どもの頃のことについてもいろいろ話をしたのですが、話すうちに積年の思いが溢れ出して、「これはもう、どうしようもない」と思いました。それで、古谷さんと同じように「あなたたちとは縁を切りたい」と宣言して出てきたんです。帰宅して、ツイッターにそのことを書き込みました。それが12月9日午前3時58分の……

古谷 〈古谷経衡さんに倣って、わたしも先ほど深夜に毒親と絶縁してきた〉というツイートですね。

五野井 そう、それです。あれで、心が本当に軽くなりました。

 古谷さんの理論では「教育虐待」というのは、単に学歴を強要するということにとどまらず、自分の生き方全体を親に決められてしまうということですよね。私が受けてきたのも、まさにそういうものだったと思いました。

 そもそも、私の「郁夫」という名は、大正デモクラシー期の政治学者で、国会議員も務めた大山郁夫から由来しているんですね。親からもずっと「ああいう立派な人間になれ」と言われて育ちました。初めのうちは「そうか、頑張ろう」と思ったりもしたけれど、なぜ歴史上の人物を目指して頑張らなくてはならないのかというのは、ふつうに考えてすごく理不尽ですよね。これ自体が十分に「名付けの呪い」や「名付けの暴力」で、生まれたときから教育虐待が始まっていたともいえる。今、私はなんとか政治学者としてやってこれていますが、そうでなかったらもっと「呪い」に苦しめられていたのではないかと思います。

 古谷さんも、親から付けられた名前に違和があって変えられておられるのですね。

古谷 はい。親の決めた名前ではなく自分の決めた「経衡」という名前に変えたいと、10年ほど前に自分の意思で家庭裁判所に申請をしました。「名の変更手続き」といって、使用実績などの事由を踏まえて判断されるのですが、幸いに認められ、今は「経衡」が本名になっています。元々親が私につけた名前──つまり変更前の本名は非公開を貫いています。

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プロフィール

古谷経衡×五野井郁夫

 

 

古谷経衡(ふるや つねひら)
1982年札幌市生まれ。文筆家。立命館大学文学部史学科(日本史)卒業。一般社団法人日本ペンクラブ正会員。NPO法人江東映像文化振興事業団理事長。時事問題、政治、ネット右翼、アニメなど多岐にわたり評論活動を行う。著書に『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『左翼も右翼もウソばかり』『日本を蝕む「極論」の正体』(ともに新潮新書)、『「意識高い系」の研究』(文春新書)、『女政治家の通信簿』(小学館新書)、長編小説『愛国商売』(小学館文庫)などがある。

 

五野井郁夫 (ごのい いくお)
1979年、東京都生まれ。政治学者/国際政治学者。高千穂大学経営学部教授。上智大学法学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了(学術博士)。日本学術振興会特別研究員、立教大学法学部助教を経て現職。専門は政治学・国際関係論。著書に『「デモ」とは何か――変貌する直接民主主義』(NHKブックス)、共編著に『リベラル再起動のために』(毎日新聞出版)など。

 

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