著者インタビュー

世の中を安全に歩くための歴史学

『歴史とは靴である』著者・磯田道史氏インタビュー
磯田道史

それにしても、21世紀的な歴史学入門のタイトルが『歴史とは靴である』とはどういうことか? ちなみに本書には履物(はきもの)の歴史の話は特に出てこない。

「歴史は実用品であって、好き・嫌いで論じるような単なる嗜(し)好(こう)品(ひん)ではない。靴は安全に外を歩くための実用品です。歴史を知ることで世の中を安全に歩いてくださいということなんです」

過去に起きたことを知ることが、今の世の中を安全に歩くための手掛かりになるのだという。

「天体の運動のような自然現象と違って、まったく同じ歴史事象というのは起きない。しかし、似たことは起きます。今日ですと、新型コロナウイルス感染症が大きな問題ですが、100年前のスペイン・インフルエンザの歴史が参考になります。

例えば、密集と移動が危険であるとか、船の中では感染が広がることを抑えるのは非常に難しいということは、歴史を知っていれば予測できたことでした。

ウイルスに感染しやすかった職業も同じで、流通・交通関係の人たち、そしてもちろん医師も感染しやすい。そこで、初期の段階ではそういう人たちを感染症から守るべきだ、などという教訓が出てくるわけです。

このように、歴史はある程度は参考になる。歴史上の出来事のレファレンス(参照)できる度合いは、ものによって1割から3割ぐらい、5割を超える場合まであるでしょう。その『ある程度』がとても大事なんです。なぜか。『ある程度』がなければ、我々は何も知らずに現実に臨むことになるからです」

歴史から教訓を得られる割合が、「ある程度」に過ぎないからといって、すべてを無視してしまうと、私たちは考える手掛かりをまったく失ってしまう。

「だから歴史は、何の手掛かりもない状態を避けるための、未来への小さな覗き穴なんです。歴史が靴であるとはそういうことなんです。」

それでは、世の中を歩くための安全「靴」として歴史を学ぶために重要なことは何だろうか。

「薩(さつ)摩(ま)藩に伝わる『日新公(じつしんこう)いろは歌』の中に、 “いにしへの道を聞きても唱へても わが行ひにせずばかひなし”というのがあります。『昔のことを聞いても唱えても、自分の行いにしなかったら何の意味もない』という意味です。

どこかに行こうと思うからこそ靴を履くのであって、そもそもの問題意識がないと歴史という靴は履けない。何かをしようと思って、『なぜそうなったのか?』という因果関係に関する興味が生じたときに、歴史の知識が必要になるんだと思うんです。

例えば、新型コロナウイルスに感染せずに健康に暮らしたいというような、何かこうしたいという意欲があって、そのために『どうしたらそうできるのか?』という因果関係についての興味があれば、歴史は非常に役に立つ『靴』になります」

歴史学の専門家が、歴史の、本当の意味での実践的な使い方を指南してくれる画期的な入門書である。

磯田氏はインタビューの終わりに「自分に合う靴のサイズや形は人それぞれでしょう。この本も鵜呑みにしないで、人それぞれの読み方をしてほしいなと思います」と言い添えた。ここにも、レディメイドからオーダーメイドへという、21世紀の歴史学が目指す方向がうかがえよう。

歴史学者・磯田道史氏 (撮影:野﨑慧嗣)

 

文責:広坂朋信

 

※季刊誌「kotoba」40号に掲載の著者インタビューを一部修正の上、転載しています。

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歴史とは靴である――17歳の特別教室

プロフィール

磯田道史

歴史学者。1970年岡山県生まれ。国際日本文化研究センター准教授。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。茨城大学准教授、静岡文化芸術大学教授を経て、2016年より現職。著書は、『近世大名家臣団の社会構造』(文春学藝ライブラリー)、新潮ドキュメント賞受賞の『武士の家計簿』(新潮新書)、日本エッセイスト・クラブ賞受賞の『天災から日本史を読みなおす』(中公新書)、映画『殿、利息でござる』の原作となった『無私の日本人』(文春文庫)、新書大賞2018で第9位入賞となった『日本史の内幕』(中公新書)、『歴史とは靴である――17歳の特別教室』(講談社)、『感染症の日本史』(文春新書)など。

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