落語はプログラミングできるのか?

噺家は人生の問題解決をしながら、高座にあがる

古今亭文菊×野村亮太
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【噺家は、“一生噺家”である】

野村 プログラミング思考の観点から見ると、高座での噺家の所作は、現代社会で重視されている「マルチタスキング」だと言えると思うのです。つまり、お客さんと高座の垣根を取り払い、自分の立ち位置、陣形を整えるためにマクラがある。そしてお客さんの反応を見ながら噺の緩急を調整してゆくといった、一度に多くのことを同時並行的に進めてゆく必要があります。

文菊 うーん、噺家にはそれが自然にできることなんですよね。噺家は高座で「無」の状態になっているんです。無になると、自然と周りが見えてきて、落語ができるんです。

野村 無の状態にはどうやってなるのでしょう?

文菊 ひとつ言えることは、噺家は日常と高座を分けて考えていないということです。噺家というのは、決まった芸を型として見せているわけではありませんから、噺家が普段の生活、人生で考えていること、感じていることがそのまま高座に出るわけです。

たとえばね、高座で緊張していて良いことなんていうのは、まあそうないものなんですよ。筋肉は硬直し、思考も停滞し、深い呼吸もできなくなる。じゃあ緊張を解くにはどうしたらいいかってんで、緊張を解こうと思う。すると、余計緊張するんです、人間はね。

野村 ああ…心当たりがありますね。

文菊 それで、緊張がどうして起こるのかと突き詰めて考えていくと、緊張というのは、人間の欲望が生み出してるんですよ。小三治師匠はよく「笑わせようとするな」と言っていました。よく見られたい、よく評価されたいと誰もが思います。会社なんかでも同じですね。そんな自分の欲望と向き合って、コントロールできるようになれば、力は自然と抜けていくものなんです。これが無の状態をつくるのです。すると、お客さんと対峙したときに、噺家が主導権を握ることができるようになるわけです。

野村 今おっしゃった自分の欲望に向き合うというのは、この瞬間、この場面における高座の問題を解決することと、数年先、あるいは永遠の人生問題を解決することを地続きで考えるということですね。ひょっとすると人生の問題も解決されるかもしれないと思いながら高座にあがることが噺家の思考において重要なことだと感じます。

文菊 噺家は技術だけで上手くなるわけじゃないということですね。噺家はまず、自分の一生を委ねる師匠に入門を懇願するわけです。晴れて前座見習いとなったら、師匠の雑用として毎日、前座修行に励みます。その中でいろんな理不尽に遭遇します。たとえばお茶を出すときも、昨日師匠に「こう出せよ」と言われても、まるでプログラミングされたように昨日と同じように今日出しちゃいけない。「ふざけんじゃねえよこの野郎」と叱られ、「大体おまえの人間性が悪いんだ」と説教を受けます。そんなことが毎日続くと、こちらもだんだん八方塞がりになってくる。すると、そうした苦しみの中ですがった何かに、今日のお茶出しから高座までに通じる解決の糸口が、不思議と見つかるんです。

人生に関わる問題は、整った環境の中で見つけろと言われても見つからないんですよ。苦しみの中でこそ見つかるものがある。「艱難汝を玉にす」とはよくいったものですよ。

取材・構成 森旭彦

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プロフィール

古今亭文菊×野村亮太

 

古今亭文菊
1979年、東京都生まれ。2001年、学習院大学文学部史学科卒業後、古今亭圓菊に入門。03年1月に前座に、06年5月に二ツ目に昇進する。12年9月には28人抜きで真打ちに昇進して話題に。これまで、NHK新人演芸大賞落語部門大賞、浅草芸能大賞新人賞などを受賞している。

 

野村亮太
1981年生まれ。認知科学者。東京大学大学院教育学研究科・特任助教。東京理科大学大学院工学研究科博士後期課程。九州大学教育学部卒業、同大学院人間環境学府修士課程および博士後期課程修了。博士(心理学)。専門は、落語の間、噺家の熟達化。International Society for Humor Studies Graduate Student Awards 2007、日本認知科学会2014年論文賞、各受賞。2017年Eテレ「NHKまる得マガジン 落語でつかむ話し方の極意」に講師として出演。

 
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