『国家と秘密 隠される公文書』 久保 亨  瀬畑 源 著

知識が与える力で自らを武装すること 瀬畑 源

 知識は無知を永遠に支配する。だから、自ら統治者となろうとする人々は、知識が与える力で自らを武装しなければならない  ――ジェームズ・マディソン(米国第四代大統領)
一八二二年八月四日

 久保亨先生(信州大学教授・中国近現代史)との共著である本書の帯でも使われているこの言葉は、特定秘密保護法に反対する集会において、ある先生が紹介していたフレーズです。このフレーズは、米国で情報公開を推進する人たちに愛されており、毎年マディソンの誕生日である三月一六日前後には、National Freedom of Information Dayとして大規模なシンポジウムが開かれているそうです。

 ちなみに、その「ある先生」とは、ローレンス・レペタさん(明治大学特任教授)のことです。レペタさんは、かつて海兵隊員として岩国に滞在した際に日本に興味を持ち、ロースクールで日本法を学び、弁護士資格を取ったのちに日本で活動を始めました。そして、法廷で傍聴人がメモを取れないことに疑問を感じて訴訟を起こし、最終的には事実上メモを取ることを最高裁に認めさせました(通称「レペタ訴訟」)。

 民主主義社会において、国民の基本的人権と政府の権限がぶつかる際に、その線をどこに引くのかは裁判所がチェックします。そのため、裁判の公開はものすごく重要な意味を持ちます。裁判においてメモが取れないというのは、日本国憲法の裁判公開原則を制限しているというのがレペタさんの主張でした。裁判所が「知識」を制限していると見たのです。

 こういったキャリアを持つレペタさんが紹介していたこともあり、私は冒頭のフレーズを非常に説得力のある言葉として受けとめました。民主主義を機能させるためには、いかにして知識(=情報)を公開させるのかが重要です。その上で、その知識を基にして、主権者は、自らが主権者たるために自らを鍛える努力をしなければならないのです。

 なお、この冒頭のマディソンの言葉で重要な点は二つあります。一つは「知識を入手すること」、もう一つはその力で「武装する」ことです。
 権力者が自分たちの思い通りに政策を進めるには、反対者が少ない方が楽です。そのためには、自分たちが情報を独占し、市民に反対するための根拠を与えなければよいのです。場合によっては嘘の情報を流したり、都合のよい情報だけを流したりして世論を誘導したりもします。
 選挙で選ばれた権力者であったとしても、必ずしも「正しい」ことをするとは限りません。だからこそ、権力者は常に監視される必要があります。監視をするためには、権力者が独占している情報を公開させ、「情報の非対称」をなくすことが肝要です。つまり、市民に対して、政策の評価が可能な情報が提供されなければならないのです。

 ただし、こういった情報が公開されたとしても、その情報を分析できる力がなければ、監視は機能しません。つまり、知識が与える力で「武装」していなければ分析はできないのです。

 日本でも、情報公開法が二〇〇一年に施行されてから、行政機関の持つさまざまな情報が公開されるようになりました。インターネットが普及したこともあり、日々情報はウェブ上にアップロードされ続けています。しかし、これらを分析できる人は必ずしも多くはありません。また、肝心な情報は隠されているというケースもあり、それに気づける人はさらに少なくなります。

 もちろん、日々の生活に追われている多くの市民に、一から情報の分析を求めるのは無理があるでしょう。ですが、世にあふれている情報の中から、信じるに足る情報を入手し、選別し、分析する力は、自らが主権者であろうとするのであれば、必要な「武装」ではないでしょうか。自分にとって都合のよい情報だけを振りかざして相手を論難する人を多く見るにつけ、この「武装」が軽視されているように見えてなりません。

 日本国民は二〇歳になると選挙権が与えられます。しかし、この選挙権がなぜ与えられるのか、理由を理解できている人はどれだけいるのでしょうか。主権者というのは、「自覚して“なる”」ものです。自動的に権利が天から降ってきたことでなれるものでは、本来はないのです。

 改めて、自らも含めて問いかけてみたい。私たちは「知識が与える力で自らを武装」できていますか?

 それが、特定秘密保護法の施行されるこれからの社会の中で、私たち主権者がまず身につけなければならないものではないでしょうか。

瀬畑源(せばた・はじめ) 

一九七六年東京都生まれ。
一橋大学大学院社会学研究科特任講師を経て長野県短期大学助教。
一橋大学博士(社会学)。日本近現代政治史専攻。

 

青春と読書「本を読む」
2014年「青春と読書」11月号より

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