対談

QRコードと予約が日本社会を不便にした?けんすう(古川健介)と読む『機械ぎらい』

速水健朗×けんすう(古川健介)

飲食店のQRコード注文、映画館のチケット予約、ハンコなしのPDF書類。急速なテクノロジーの進化に伴い、いまやあらゆる領域にデジタルが導入されている。

それらは当たり前に「便利なツール」として日常に溶け込んでいるが、QRコード注文ではログインや個人情報の登録が発生し、電子書類ではパスワード管理やPDFのダウンロードが求められる。

表向きには効率化が進んだはずなのに、なぜ煩雑な手続きに消耗してしまうのかー。

こうした疑問を入り口に、速水健朗氏が3月17日に上梓したのが『機械ぎらい 機械音痴のテクノロジー史』だ。本記事では、IT業界の黎明期からサービスを作り続け、現在は多数のポッドキャスト番組を手掛けるけんすう(古川健介)氏をゲストに迎え、デジタル社会に蔓延る違和感に迫った。

『機械ぎらい 機械音痴のテクノロジー史』(集英社新書)

飲食店のセルフオーダーはなぜ改善されないのか?

速水 いまや居酒屋のQRコードや、ファストフード店のタッチパネル式注文が主流になっているじゃないですか。セルフオーダーは効率的とされているものの、「クーポンの確認」や「追加注文の提案」など、対面よりも注文完了までの工程が増えている。

「それって本末転倒だし、機械音痴に優しくないのでは?」という疑問を、本作で論じているんです。

けんすう たしかにスマホ画面の表示は、紙のメニューより全体を把握しやすいですが、実際に注文するまでの手順が増えている。UI(User Interface:画面のレイアウトやデザイン)は見やすくなっているのに、UX(User Experience:サービスを通しての顧客体験)は悪化しているジレンマがあるのだと思います。

速水 セルフオーダーの仕組みって、本来であれば店側が負担していた手間を、そのまま機械に投影して、ユーザーへ転嫁しているケースが多いじゃないですか。

「お得」を謳うポイントやクーポンの確認も顧客を囲う施策でなわけだし、店舗側の過剰なサービスが、かえって煩わしさにつながっているのかなと。

この感覚は、単に私が機械に疎いのか、それとも実際に使いづらくなっているのか……。けんすうさんはどう感じていますか?

けんすう 僕は断然セルフオーダー派なんですよね。個人的に店員と話すのが苦手なので。スマホを通した注文であれば、履歴から頼み忘れがないか確認できて、店員を呼ぶ必要もないので、アナログには戻れないですね。紙のメニューも一緒にあることが多いので、分かりづらかったら見比べて注文すればいいのかなと。

速水 僕も同じで、店員との会話は苦手でなるべく避けたい(笑)

ただ、来店客が文句を言ったところで仕方がない。だって、店員がそのシステムをつくっているわけではないので。でも、そのことで事実上の黙認になってしまっている気がします。

けんすう たしかに飲食店では、デジタルを使わないと注文できないという暗黙の強制感があるから、改善につながらないのかもしれないですね。

速水 そうなんですよ。過渡期のテクノロジーゆえ、いつか改善されるだろうと思って待っていると、どうも改悪されるほど、良くなってないという。

けんすう これがAmazonやGoogleであれば、ユーザーに0.2秒使いづらいと感じられたら、離脱率が上がって死活問題になる。だからUI改善に莫大なお金をかけて、ボタンの大きさを1ピクセル上げるなど、A/Bテストを重ねて改善を繰り返していく。

Webサービスでは当たり前ですが、飲食業界では市場原理が機能していない側面も感じますよね。つまり、「メニューUIが使いづらくても、その店に入ってしまった以上、それを我慢して使うしかない」となるからです。同じ構造として、交通機関でも「券売機が使いづらいから電車に乗らない」とはならないですもんね。

速水 不便なサービスは、ユーザーの反応によって淘汰されるはずなのに、飲食店ではその情報伝達がうまく機能していない。映画館や乗り物のチケット発券も、現場スタッフたちはテクノロジーの専門家ではない。これもUIが更新されていかない一因なのかなと。

速水健朗氏

「生成AIが普及した結果、エンジニアが働きすぎる現象に」

速水 もう一つ、テクノロジーが浸透したことによる弊害が、「事前予約」にあると感じているんです。

例えば、旅行時は乗り物やホテル、観光先でのレストランや美術館など、あらゆる場面で事前予約が求められるじゃないですか。それは一見、合理的なスケジュール管理に思えますが、先々の時間が埋まっていくことで、自由な時間が擦り減っていく窮屈さを感じてしまう。

けんすう その指摘は興味深いですね。先ほどのセルフオーダーの話にも通じますが、人間がテクノロジーに合わせるのを強要される逆転現象が起こっていますよね。

店の都合などによって動く日程が決まってしまい、予約をしたらその日、その時間に行かないといけない。これから何をするかどうかが決まってしまっていると、どこか強制されている感じが積み重なると、いつの間にか消耗させられていく感覚になる……。

速水 テクノロジーが浸透した結果、官僚制(規制や煩雑なルールが増えて手続きだらけになった社会のこと)が行き過ぎているんですよね。

『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』(岩波書店)でデヴィッド・グレーバーは、書類作成におけるIDやパスワードの登録の設定を、無意味な作業である“ブルシット・ジョブ”と批判しています。

けんすう テクノロジーの発展は、加速主義と強く結びつく傾向にありますよね。いったん進み出したら止まらない構造にある。

これはIT業界でも感じていることです。生成AIで業務効率化が格段に進んだ結果、なぜか周りのエンジニアが働きすぎている矛盾が起こっているんですね。

例えば、それまで2時間かかっていたコード構築が、AIで10分でできるとするじゃないですか。効率的になったと思いきや、出力の間隔が短くなったことで、空いた時間を埋めようと「朝食を食べる前にAIに1つ指示しよう」とタスクを積み上げていく。その結果、AIを前提に1日のスケジュールを組み立てる癖がついて、常に脳がフル回転して疲弊する現象が起こっているんです。

速水 優秀でない人にとってはたいへんです。ちょっとぼんやりしている間にプロジェクトが進展していて、ログを追いかけるだけでひと苦労という。

けんすう 自分も1日のスケジュールを振り返ると痛感しますね。朝にポッドキャストの収録をして、アーカイブをAIに打ち込むと、すぐ構成案が生成されるのでnoteを更新して、そのうえ打ち合わせもある……。1日があっという間に埋まっていくので、最近は予定があるのが怖いんですよ(笑)

速水 僕は1日1個以上予定を入れないようにしています。3つ入れると、1個はぜったい忘れてすっぽかしてしまうし(笑)

けんすう 予定を埋めていくと、プライベートが奪われる感じがして、他の予定とバッティングした時のストレスもある。すべての予定を「今からいけます?」ぐらいのフランクさで固めたいんですけど、実際は来週まで予定びっしりですね(苦笑)

速水 友人で編集者の箕輪厚介さんは、3ヶ月先の仕事の予定が入るのを全力で回避して生きてます。「だって、どうでもいい仕事を入れてしまうと、そのあと楽しいことの誘いが来たら断るのが面倒」って相手に正直に言ってます。でも、直前に話をすると、案外、予定を空けてくれたりする。人は相手が忙しいと思うと事前にその予定を抑えようとするんですけど、逆なんですよ。これは、うまく予約社会に抗っているなと(笑)

けんすう 僕らも予約社会に抗いたいですね……

速水 実際、人気の飲食店の一部は、電話やオンラインでの新規予約を受けつけなくなっていますよね。来店時に次回の予約を受けつけることで、実質的に一見さんをシャットアウトしている。テクノロジーの発展、ひいては資本主義の加速に抵抗するには、アナログに回帰するしかないんでしょうね。

けんすう(古川健介)氏

けんすう氏が予測する「AI時代のその先」

速水 今回の『機械ぎらい』では、UI、とくにボタンという装置の変遷を論じているんですよ。押しボタンがiPhoneくらいから、ソフトウェアスイッチになる。物理的なボタンを見ると押してしまいたくなる世代から、画面を見ると押してみたくなる世代は根本的に違いがある。

いまの小学生くらいだと、物心ついたときからタブレットなので、テレビのディスプレーが押しても変化しないのが不思議で仕方がない。

けんすう たしかにボタンを触るのは、我々40~50代の世代までかなという感覚はあります。

今の子供達は、AIに向かって喋って、ゲームを作らせて遊んでたりするみたいです。自分が気に入らないと、AIにお願いして改変とかができてしまう。

今後、AI世代が増えてくると、ゲームだろうと映像だろうと、自分が好きなものを生成して楽しむようになるのかもしれないですね。

速水 そうか「タッチパネル世代」の次の世代がもう生まれつつあるのか。100年以上続いてきたボタンの時代が終わった先に、けんすうさんはどうなっていくと見ていますか。

けんすう 自論ですが、機械を操作する行為自体が形骸化していく。つまり、“操作の概念”そのものが不要になっていくと思うんです。UIという言葉が盛り上がったのは、iPhone以降に、アプリなどが爆増した結果、「スクリーンを操作する」ことが大事になったからだと思うんですが、その操作自体がなくなるイメージです。

先ほどお話しした、スマホ注文が使いづらいといった話も、過去の産物になっていくのかなと。

速水 そもそも操作が無くなるとは、どういうことでしょう?

けんすう 最初に来るのが、操作の大半が、音声入力に切り替わっていくと思うんです。

例えば、僕が今回の対談を、ポッドキャストにアップしようとするじゃないですか。その際に写真や文字起こしなどの素材を入れれば、あとは音声指示で編集やサムネが自動生成されていく。それまでPhotoshopでボタンを選択していたのが、AIでは「この件はカットして」「サムネはイラスト調のデザインにして」などと、マイクに向かって喋るだけで完結していく。

おそらく飲食店のセルフオーダーも、同様の流れになると思うんです。QRコードを読むと、メニュー画面に切り替わって、音声機能を駆使して注文する。「あ、やっぱポテトやめて唐揚げにして」みたいに、店員と対面で話すような仕組みが実装されていくのではないでしょうか。これはすでに実現は十分可能なので、どんどんと広がってくると思います。

操作する、という感覚から「人に頼んでいるのと同じ」になるので、これはコミュニケーションの部類に入るのかなと。

速水 映画『2001年宇宙の旅』(1968年)で登場する、HAL9000(宇宙船ディスカバリー号の航行と管理を担うコンピューター)も音声入力ですよね。実はキーボード入力が普及するのは、この直後くらい。一旦、タイプライター時代にもどるというのは、エンジニア的には技術の逆行に見えたはずなんですよ。そのちょっとした逆行が意外なことに50年も続いてしまった。

けんすう それで言うと、音声を通した会話って、人類が何百万年もやってきたじゃないですか。ある意味、最強のUIなんですよね。むしろ上の50~60代ほど、音声操作が直感的すぎて、「部下に指示するような感覚でこなせる」と飲み込みが早い。

こうした反応は、今までにはなかった気がしていますね。最終的には「操作しないのが一番のUX」なので、今後はそれが加速していくと見ています。

速水 マクルーハンの話と重なりますね。彼は60年くらい前に、活字文化の時代が終わって、五感、つまり全感覚の時代が来ると予言した。でも実際に来たのはキーボード入力の時代で、結局は文字入力中心の時代のままだった。それが、指でUIを操作しなくてもいい時代がようやく来るのかもしれない。ただ僕にはまだまだ先の話にも見えるけれど、実はそう先のことでもないのかもしれないですね。

『機械ぎらい 機械音痴のテクノロジー史』(集英社新書)

(構成:佐藤隼秀)

プロフィール

速水健朗×けんすう(古川健介)

速水健朗  はやみずけんろう ライター、ポッドキャスター。1973年石川県生まれ。コンピューター誌編集者を経て、2001年よりフリーランスの編集者、ライターとして活動を始める。主な著書に『1995年』(ちくま新書)、『ラーメンと愛国』(講談社現代新書)、『ケータイ小説的。』(原書房)、『東京どこに住む?』(朝日新書)、『1973年に生まれて』(東京書籍)などがある。2022年よりポッドキャスト「これはニュースではない」を配信している。

けんすう(古川健介) アル株式会社代表取締役。学生時代からインターネットサービスに携わり、2006年株式会社リクルートに入社。新規事業担当を経て、2009年に株式会社ロケットスタート(のちの株式会社nanapi)を創業。2014年にKDDIグループにジョインし、Supership株式会社取締役に就任。2018年から現職。会員制ビジネスメディア「アル開発室」において、ほぼ毎日記事を投稿中。

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