高額療養費制度〈見直し〉問題をめぐる違和感について語り合う【前編】

『高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉』刊行記念 勅使川原真衣×西村…
勅使川原真衣×西村章

ジャーナリストの西村章氏は、2024年末の政府〈見直し〉案に始まる一連の問題を追い、その成果を『高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉』(集英社新書)にまとめた。なぜ高額療養費制度〈見直し〉は行われたのか。議論の進め方に問題はなかったのか。
自分が抱くちょっとした「違和感」を大切にすることの重要性を説いたのが、組織開発専門家・勅使川原真衣氏の近著、『組織の違和感 結局、リーダーは何を変えればいいのか?』(ダイヤモンド社)だ。今進んでいること・起こっていることに対する「違和感」を口に出すことが、今とは違う「よりよい未来」の構想の第一歩になるのではないか。
そんな切り口からなされたお二人の対話の様子を、前後編に分けお届けする。

※2026年5月8日、隣町珈琲にて行われたイベントの一部を採録したものです。

勅使川原 今日はよろしくお願いします。本を拝読しました……というか、推薦文をオビに書かせていただきました。

西村 素晴らしい文章を寄せていただいてありがとうございます。

勅使川原 私はまずゲラの時に読ませていただいたんですけれども。

西村 じつはそのゲラ段階では、最初に入校した原稿からだいぶ内容が変わっているんですよ。というのも、スケジュールの関係上、最初に原稿を入校したのは2025年12月中旬頃で、政府が「自己負担上限額はこの金額でいきます」と今回の〈見直し〉案を発表する前だったんですよ。

勅使川原 うんうん。

西村 なので、「だいたいこんな内容になるのかな……」と想像しながら暫定原稿のような形で入稿して……、このあたりの事情は話してもいいんですよね?

勅使川原 いいんじゃないですか。

西村 もう話し始めてしまったからしょうがないですね(笑)。明らかになった政府案は自分が想像していたものよりもかなりひどい内容だったので、入稿後に大幅に原稿を書き換えて、それを編集部へ戻したのが年明けの1月中下旬頃でした。その後も、今回の政府案について問題点などを大幅に加筆した箇所がいくつもあるので、編集者や校閲担当の方にはかなりご迷惑をおかけする入稿作業になってしまいました。

勅使川原 そもそも政府案の内容が悪いんだから、しょうがないですよ。

西村 そうですね。

勅使川原 もちろん修正された後の書籍原稿も読みましたが、この分野の類書がまったくないなかで非常にわかりやすく問題をまとめられていて、しかも、様々な識者の取材を通して高額療養費制度の構造的な歪みをシステマチックに紐解いていらっしゃるので、その展開が本当にスリリングだと思いながら拝読しました。ここにお集まりの皆様もすでにお読みだと思いますが、今日は「違和感」がテーマなので、まずそこから始めましょうか?

西村 そうですね。はい。

勅使川原 たとえば、患者団体の要望活動が実を結んで昨年の一時凍結に至った議論のうねりは非常にわかりやすくまとめられているんですが、ただ、読んでも読んでも政府の考えていることがわからないんですよ。

西村 釈然としない、というか。

勅使川原 そう。この違和感をひと言でお伝えするならば、政府は病気や病人を何か「罰」のようなものだと考えているんじゃないか、と。

西村 「罰」というのはどういうことですか?

勅使川原 自ら選んで病気になっている人なんていないし、実際に高市さんだってご病気があるはずなのに、政府は「出来が悪いならしょうがないよね」「自由をそんなに保障しなくてもいいでしょ」と自己責任のように考えているのではないか、という印象がある。

西村 僕もそうだし勅使川原さんもそうですけれども、好きこのんで病気になったわけではないですよね。あるいは、仮にそれまでの生活に何らかの原因があって病気になる場合があったとしても、それを「自己責任だからしょうがない」と切り捨てていいのか。社会はどうして病気になった人間に対してこんなにも想像力がないのか。そういったことが、釈然としないとか腹が立つとかいう以前に、ほんとに不思議でしょうがないんですよね。

勅使川原 不思議、というのはすごくよくわかります。私もメモに「徹頭徹尾、意味不明」と書いているんです。政府のやっていることはまったく意味がわからないことだらけなんですが、ここで「意味不明ですよね」と言いあっていても時間がもったいないので、今日はどうやって真っ当な議論を私たちの側にたぐり寄せることができるのか、というところまで話したいと思っています。

西村 そこまでたどり着くように頑張りましょう。今日のイベントに備えて、今回の政府案に関する「違和感」をそれぞれ箇条書き風にしてリストアップしたじゃないですか。

勅使川原 はい、X(旧Twitter)でお互いに公開しましたよね。その項目の中から選ぶとして、まず何からいきましょう?

西村 勅使川原さんのリストにある「当事者不在の政策形成はなぜ起こるのか」、これなんてどうでしょう。

勅使川原 2025年3月に一時凍結になる前は当事者の声を聞かないまま、ずんずん進んでいたし、その後に当事者の声を聞くという形で専門委員会が立ち上がった以降も、当事者の方たちの意見を充分に反映せず、「もう決まったことだから」という感じで今年の国会でも政府は一方的に進めてきたわけじゃないですか。こういうやりかたってすごく多いですよね。

西村 何によらず。

勅使川原 そう。現場不在の意思決定というか、声の大小やパワーバランスでものごとを決めてしまって、「これは拾うに値しない声だから」みたいに決めつけちゃう。これは私の仕事である組織開発でも少なからず感じることがあって、まさに政策形成と相似形の課題だと思いました。私なりの見立てだと、「あなたたちは病気なんだから、こっちが考えてあげますよ」くらいの、悪意じゃなくてむしろ親切心みたいなもので彼らは動いていたりするんじゃないか、と勘繰りたくもなります。

西村 官僚や政府にとっての「患者」や「疾患当事者」という存在は、表情のない代名詞のような集団みたいになっていて、その人たちにも家族がいて日々の生活があって、ちょっと美味いものを食べると幸せだと感じたり悲しいことがあると涙を流したり、そうやって自分たちと同じように生活しているんだという想像力がないのではないか、という気もしますね。

勅使川原 政策を考える人たちって、「頭がいい」はずですよね。なのに、こんなに想像力のない偏差値王者みたいなのばっかりなんですか?

西村 ですか、と言われても、その中にいたことがないからわからないですけど(笑)。

勅使川原 ホントに不思議ですよね。

西村 じつは僕も、勅使川原さんの『「頭がいい」とは何か』(祥伝社新書)を読んで、今日チャンスがあればまさにこの話題について訊ねてみたいと思っていたんですよ。官僚の方々は「頭がいい」と言われることが多いのですが、その人たちを指して言う「頭がいい」というのはどういうことなんでしょうね。勉強ができること自体は何ら貶められることではないし、いろんな指標がある中のひとつとして非常に優れた能力を持っている、ということだと思うんですが。

「病人」という存在に対する認識を、思い知った出来事

勅使川原 いま、「能力」って言いましたよね。今回の自己負担上限額の引き上げは「応能負担」、つまり「能力」に応じた負担を引き上げる、という考えかたですよね。「持続可能性」という言葉もそうなんですが、そういう用語を使うことで「先進的なことを包括的に考えている雰囲気を醸し出せる」と政府は考えているのではないか。突っ込みにくいというか、「それならしょうがないですよね」と皆に思わせやすい言葉のひとつなのかなと思います。

西村 そう言われるとなんとなく逆らい難い、と皆が感じるもっともらしい表現なので、非常にずるい気がしますよね。

勅使川原 そうそう。そういうもっともらしいことを言えば、私たち当事者は気づかないと思っていらっしゃるんですかね?

西村 この応能負担は「負担能力に応じた負担」という重言めいた、いかにも回りくどい官僚的な表現で霞が関では使用されてきたんですが、これを噛み砕くと、要するにお金を支払う「能力」のある者はたくさん払え、ということですよね。そして、その「支払い能力」は前年の収入に応じて決定される。しかし、病気やケガをして収入が減ることをまったく想定していない制度設計になっていることが、非常に不可解なんですよね。

勅使川原 ちょっと考えれば、それくらいのことはすぐわかるじゃないですか。だから、やっぱこれは悪意がある気がする(笑)。

私は2020年7月にステージⅢCの乳がんが判明したんですが、その当時はものすごくがんばって働いて収入もそれなりにあった時期なので、それを基準にしてドーンと支払いが来た時は本当に辛かったです。

西村 それは厳しいですね。

勅使川原 「みんなどうやって対応してるの?」ってパニック状態になったほどでした。  当時は文京区に住んでいたんですが、「これは本当にやばいことになったかもしれない」と思って、区役所にお金の相談をしに行ったんですよ。すると生活支援の部署に案内されて、「いざとなれば生活保護もあります」という説明を受けてきたんですが、その時のことで今でも忘れられないのが、担当の方が用紙の漢字の部分をひらがなで説明してくるんです。

西村 どういうことですか。

勅使川原 「この文章は難しくて、この人にはわからないんじゃないか」という感じで、すごく簡単な言葉に言い換えて説明してくるんですよ。

西村 この人にも理解できる言葉にかみ砕いて説明してやろう、と。

勅使川原 熟語はひらがなの言葉で説明されて、「困っている人は、『応能』の負担能力がない人ですよね」と見定められたような気持ちがしたんです。これはまだどこでも言ったことがない話なんですが、あれはちょっと傷ついたんですよね。

西村 生活保護の相談に来る人は、漢字を読めないしわかりやすく話をしなければ理解できない人だろう、という思い込みがあるわけですね。

勅使川原 世の中の病人に対する認識もこういう感じなのかなと、ありありと感じてしまった。だから、「できる/できない」という能力に対する認識って、それくらい雑なんですよ。

西村 しかも、現在の高額療養費の「応能負担」のシステムでは、世間から高収入だと思われている人でも、病気をすると一気に生活が大変になってしまう制度設計になっているわけですよね。

勅使川原 そうですね。今の制度だと、多数回該当の場合も保険者が変わるとリセットされてしまうじゃないですか。

西村 そうなんですよね。多数回該当は、直近12ヶ月で3ヶ月、自己負担上限額に達した人は、4ヶ月目、つまり4回目の支払い以降は自己負担上限額がさらに低くなる制度で、僕の場合は16年以上ずっと適用されてきました。ところが、転職などで自分の加入している健康保険が変わるとこのカウントがリセットされて、もう一度最初から数え直しになる。つまり、新しい健康保険になると高い自己負担をまず3ヶ月払って、4ヶ月目からようやく多数回該当がふたたび適用されることになる、という制度のバグです。当事者には非常に困った問題なんですが、複雑すぎるので制度の利用者以外にはわけがわからない仕組みです。

勅使川原 つまり、今の制度だと多数回該当を利用している人は転職や独立ができなくて、働きかたを非常に制限されてしまうんですね。

西村 国民健康保険の場合だと、保険者が都道府県や市町村ですから、引っ越しもできない。

勅使川原 なるほど。病気になっても働きかたを変えられないどころか、居住都道府県外の実家に戻ることすらもできないわけですね。

西村 この問題の改善は、政府〈見直し〉案が明らかになった2024年末から国会議員や厚労省に対して要望活動を行ってきた全国がん患者団体連合会(全がん連)と日本難病・疾病団体協議会(JPA)がずっと訴えてきたことのひとつですが、政府側はずっとゼロ回答のような状態が続いていました。とはいえ、患者団体の度重なる訴えで国側もようやくこの問題を認識しつつあるようで、2026年4月24日の衆議院厚生労働委員会では高市首相が「関係者との調整を急ぎ、早期の実現に取り組む」と答弁しました。これは、この問題に関する初めての前向きな答弁です。

勅使川原 その意味では大進歩ですね。

西村 でも、実際にいつ解消されるのかというと、具体的なスケジュールやスキームはまったくの白紙状態のようなんですけれども。

勅使川原 でも、最初は即座に却下されていたところからの進歩を考えると、たとえダメ元のように見えても要求し続けることはけっして無駄ではないし、むしろ重要なんだ、ということの好例ですね。

「能力主義」が福祉や医療の世界にも持ち込まれている

勅使川原真衣氏(左)と西村章氏

西村 先ほど勅使川原さんが言及された生活保護の話とも少し関連するんですが、高額療養費でも不正利用、とくに外国人が制度を不正に利用している、と一部の人々の間で言われることがあります。実態はまったくそんなことはないんですけれども。あるいは、現役世代vs高齢者という煽りかたをして、あえて不要な対立をさせようとする。そのような「彼らか、我らか」という構図、わかりやすく言えば排除の論理に流れがちな風潮には気をつけたほうがいい、と特に最近はよく思います。

勅使川原 本当にそうですね。この排外的な風潮は、私の専門である組織開発の課題としてよく取り上げられる「能力主義」という視点から捉えることもできるように思います。能力主義とは、元をたどれば配分原理です。社会のリソースには限りがあるので、それを文句が言われないように分けたいと考えた時に、誰も見たことがないけれども人によって差がありそうな「能力」という概念を持ち出してきたことが「能力主義」の始まりです。要するに、「奪い合いのための原理」なんですよね。

福祉や医療の世界にも、この「能力主義」が持ち込まれていて、外国人の不正利用や現役世代vs高齢者という今の話も「奪い合い」の発想がベースになっているから、稚拙で無意味な二項対立の図式がすぐに作られちゃいますよね。

西村 現役世代の社会保険料負担は限界だと言われていて、「手取りを増やす」「社会保険料を下げる」と主張する政党が人気を集めたりもしていますけれども、社会保険料負担は限界だと言いながら高額療養費の負担引き上げはまだ限界ではない、という理屈が僕にはまったく理解できないんですよ。

勅使川原 だから、病気になることは罰が当たったくらいに思っているんですよ、きっと。

西村 でもその一方で、たとえばゾルゲンスマやエレビジスという1億円や3億円の画期的超高額薬剤が登場して、幼児や小児がそれまで治療法のなかった重篤な病気に罹患しても普通の子供と同じ人生を送ることができるように保険収載された、その時期のSNSの反応などを見ていると、「こういうことのために自分たちは保険料を払っているんだ」という声はよく見聞きしました。逆に、「保険料が上がってしまうからそんな高い薬剤は収載するな」という反応は見たことがないんですよ。

だから、今回の高額療養費〈見直し〉でも、1ヶ月あたりの保険料削減額は約116円でペットボトル1本分とよく言われますが、それくらいの金額を安くしてもらうことで満足している人は、いったいどれくらいいるんでしょうね。

勅使川原 だから、理屈じゃないんですよ。理屈で考えたら、ペットボトル1本分の削減のために、破滅的な医療支出がいつ自分にいつ降りかかってくるかわからないなんて、どう考えてもおかしいじゃないですか。公費を削減する、という結論ありきの屁理屈なんですよね。

西村 そこを、今日は組織開発の専門家である勅使川原さんにぜひ伺いたいと思っていたんですよ。勅使川原さんの著書では、組織をよく車に喩えるじゃないですか。組織の中ではアクセル役になる人もいればブレーキ役になる人もいる。ウインカーやサスペンションの役割を果たす人もいる。そういう人たちがそれぞれの機能や持ち味を発揮するから、組織は全体として力を発揮できるようになる、ということですよね。

勅使川原 そうですね。特に、今までにないものを生み出すなどの創造性を発揮したい場合には、いろんな機能を組み合わせた方が絶対にいいですよね。

西村 そういった考え方は、霞が関の官庁でも機能しているんでしょうか?

勅使川原 おそらく、ゴールが違うんでしょうね。今まで世になかったものを生み出そうとか、今までおかしかったものを是正しようという考えで官公庁は組織されてないし、そこが組織のゴールにもなっていないですよね。別に可謬性を認めたっていいと思うんですよ。「今まで自分たちがやってきたことはこういう点で間違っていたから、今後は変えましょう」と言っても全然構わないのに、そこは絶対に認めないじゃないですか。

西村 むしろ、自分たちは無謬である、ということが彼らの大前提になっていますよね。

勅使川原 自分たちが変わる気のない人たちに、組織開発はできないんですよ、見ている世界が違うから。このままでは、この乱世で国家と国民をまとめてゆくことはできないんじゃないかと思います。だって、変化してゆく世の中に対して、自分たちも変化して対応しようとしているように見えますか?

西村 見えないですよね。

勅使川原 私は変わろうとしている組織としか一緒にお仕事をできていない未熟者ですが、「変わらないとあなた自身も困りますよ」ということをどうすれば伝えることができるのか、本当に知りたいんです。

西村 困ると思っていないんでしょうね。

勅使川原 そう、それ自体がすごく不思議じゃないですか。だから本当に『不思議の国のアリス』状態なんですが、そうも言っていられないので、これから少し休憩を挟んで、後半は「見ている世界が違う人に対してどうすれば意見交換をできるのか」ということなどについて皆さんとディスカッションしたいと思います。

(後編に続く)

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プロフィール

勅使川原真衣×西村章

勅使川原真衣(てしがわら まい)

1982年、横浜市生まれ。組織開発専門家。おのみず株式会社代表。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。ボストンコンサルティンググループ、ヘイグループなど外資コンサルティングファームでの勤務を経て、2017年に独立。企業をはじめ病院、学校などの組織開発を支援する。また、論壇誌やウェブメディアなどにおいて多数の連載や寄稿を行っている。著書に、紀伊國屋じんぶん大賞2024で第8位となった『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社)、新書大賞2025の第5位に入賞した『働くということ 「能力主義」を超えて』(集英社新書)のほか、『人生の「成功」について誰も語ってこなかったこと』(KADOKAWA)、『組織の違和感』(ダイヤモンド社)、『「頭がいい」とは何か』(祥伝社新書)などがある。2020年に乳がんと診断され、闘病中。今夏、自身初の小説となる『「対話」がやってきた』(ホーム社)が発売予定。

西村章(にしむら あきら)

1964年、兵庫県生まれ。著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞・第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)、『MotoGP 最速ライダーの肖像』、『スポーツウォッシング なぜ〈勇気と感動〉は利用されるのか』(集英社新書)など。自己免疫疾患の治療で2009年から高額療養費制度を継続利用中。

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