医療費が高額になった場合、自己負担額を一定に抑える「高額療養費制度」。石破政権時の2024年度末に、自己負担上限額の大幅な引き上げなどを含む〈見直し〉案が出されると、疾患当事者や研究者の発信が多くの人の批判を喚起し、〈見直し〉案は、土壇場で一時凍結された。
ジャーナリストで、自らも高額療養費制度利用の当事者でもある西村章氏は、この一連の出来事、さらに日本の医療保険制度の問題点を多角的に検証する『高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉』(集英社新書)を上梓した。
本書の刊行を記念して、西村氏と全国がん患者団体連合会理事長・天野慎介氏による対談をお届けする(全二回)。
前編では、2025年度〈見直し〉案をめぐる議論の場にいた天野氏の所感などが語られた。後編でも、現状を知悉する天野氏・西村氏とともに現在進行形の話を追いつつ、究極的にどういう制度を目指すべきなのか、日本の医療保険制度の未来を探る。
撮影:五十嵐和博

要望活動の難易度は今の方が高い
西村 高市政権下の今国会での要望活動と、 2024年に石破政権下で問題が最初に顕在化した頃の要望活動を比較して、議員や政党、官僚の感触の違いはどうですか?
天野 別世界です。というのは、2024年は高額療養費制度自体をそもそもご存じない議員さんが多くいて、そのような状態で要望をしなければなりませんでした。今は我々が議員さんたちに連絡を取れば「高額療養費の件ですね」と、こちらが話さなくても論点をある程度理解していただけるので、去年と比べるとハードルの高さは全然違います。
西村 2025年12月に示された政府案に対する要望活動では、議員数でも支持率でも圧倒的に強い高市政権を動かす難しさを感じることはありませんでしたか。
天野 2024年末に示された当初案の場合は、たくさんの様々なパズルのピースが合わさることでなんとか一時凍結をご決断いただいたのだと思います。あの当時は衆参両議院とも少数与党で、しかも夏の参議院選挙も迫っており、私たちにとって幸運なピースがいくつもありました。ところが今は、少数与党というピースが衆議院では崩れていて与党が絶対多数で、国政選挙もおそらく近々には行われないでしょう。我々にとって有利なピースがないぶん、今の要望は難易度が格段に高いですね。
だから、いかに引き上げを抑制してもらうか、あるいは制度運用上の改善で負担を少しでも下げるようにしてもらう、という要望の方向にならざるを得ない部分はあります。
西村 高市首相は関節リウマチの罹患を公言しています。そういう人がこれだけ患者側の話を聞こうとしないのはなぜだと思いますか?
天野 こればかりは、ご本人に聞かないとわからないですよね。昨年11月の衆議院予算委員会では、中島克仁前衆議院議員からの質問に対して、ご自身も高額な治療を一生続けなければならない立場であるとおっしゃったうえで、「そういう患者の方々の苦しみや悩みやその時の絶望感、そういったものはよくよく自分で分かってるつもりでございます」とお気持ちを吐露されていました。
石破首相はどうだったかと振り返ると、ご自身もがんサバイバーである酒井なつみ前衆議院議員が昨年1月の衆議院予算委員会で涙ながらに質問した際に、「一番苦しんでおられる方々の声を聞かずに、このような制度を決めていいとは思いません」と述べたことがありました。あのとき私は傍聴席にいたのですが、あれは官僚が用意した答弁になかった言葉だったと思います。TBSの報道によると、予算委員会から官邸に戻って側近たちに「泣かれちゃったよ。制度の見直しはどうにかならないか?」と言ったそうです。その記事では、官邸の側近たちが「総理は優し過ぎる」「見直しは必要だ」などと言って、結局その方針がしばらく維持されたと報じられていました。
西村 たとえば、厚労省が保険料軽減効果の試算に受診抑制を見込んでいることは、衆議院や参議院でも野党議員からさんざん指摘されましたが、その際に高市首相は、「受診が抑制されるとは考えておりません」と答弁しているんですよね。あなたが考えるとか考えないではなくて、長瀬効果(患者の受診抑制によってマクロの医療費抑制を推計する数値)を見込んでいると厚労省が資料に記載しているじゃないですか、ということなんですけれども。
天野 高額療養費を利用する患者さんはもともと大きな病気や怪我を抱えているわけですから、その人たちの受診抑制効果を見込むということは、つまり患者さんに死ねということですか、という話になるので、これはもともとふざけた試算なんですよ。ただ、厚労省としては対財務省という立場で「機械的に計算するとこれくらい公費を削減できます」と示すためには便利なので、試算に入れているのかもしれません。
もしも厚労省に正直な印象を訊ねると、彼らも立場上は受診抑制効果があるとも言えず、かといって対財務省的にはないとも言えず、という苦しい立ち位置なのかもしれません。とはいえ、長瀬式や長瀬効果自体はふざけた話ですよ。

西村 そのふざけた話にもふたつの意味があって、ひとつは高額療養費という国民の命に関わる話をしている時に、なんで厚労省は国民の方ではなくて財務省の方を向いているのか、ということがひとつ。もうひとつは、財務省に対して「国民が死ぬことを想定してでも、あなたたちは歳出を減らしたいのですね」という強烈な違和感があるわけです。
天野 その違和感は当然で、だからこそ国会では繰り返し議論になり、SNSでも何度も炎上しているんですよね。
西村 まったく、財務省は鬼畜の巣窟なのかと言いたくなりますよね。
引き上げの大義名分は「公平性」?
天野 財務省といえば、高額療養費に関連したことでは、4月末の発表資料(持続可能な社会保障制度の構築(財政各論Ⅱ))で特定疾病の特例措置(人工透析や血友病、HIVなどの患者は1ヶ月の自己負担上限額を1万円に抑える制度)を「見直しの必要性を含め検討していくべき」と提言していました。
西村 実にさりげなく忍び込ませていましたが、あの提言はなぜ入ったんでしょうか? 特定疾病の自己負担引き上げは、昨年冬の専門委員会でも提案した委員がいて、その際に天野さんたちが猛反対してSNSでも大炎上しました。それを財務省の財政審があそこでさりげなく蒸し返してきた理由は、いったい何なんですかね。
天野 その提言が記された資料では「(他疾患の患者との)公平性」という言葉が使われていますが、今の社会保障の議論で「公平性」という言葉が出てくると負担減ではなく、ほぼ確実に負担増の議論になってしまいます。
たとえば西村さんのように高額療養費で多数回該当の対象となる患者さんは、1ヶ月に最低でも4万4400円を支払っていますよね。一方で特定疾病の対象となる患者さん、例えば毎月人工透析を受けているような方の月額の自己負担上限額は1万円、あるいは収入の多い方でも2万円です。この状態を不公平だという指摘が出ると、今の社会保障の議論では、多数回該当の対象となっている人の負担を下げましょうという方向にはなりません。「透析患者さんの負担を、多数回該当の金額を支払っている人の負担に合わせないと不公平ですよね」という議論になってしまいます。
西村 〈見直し〉という言葉を使うときは必ず負担を引き上げる方向でしか検討しない、ということと同じですよね。
天野 だから、「公平性」という名のもとにすべて引き上げになっていきます。
西村 「日本の医療保険制度は外国と比べて恵まれている素晴らしい制度だから、もう少し負担金額を引き上げても大丈夫なんだ」というロジックですね。
天野 その理屈は間違っていて、先ほども言いましたけれども、患者の自己負担だけを見ればヨーロッパはむしろ日本よりもはるかに低いんですよね。そういう事実を踏まえたうえで、これからの日本の制度をどうするか検討していただきたいと思います。事実と異なる論拠や感情論で議論を進められてしまうことは絶対に避けなければならない、というのが私の基本的な考えです。
西村 社会保険制度を採っている国はどこもそれぞれ苦労があるでしょうが、日本は「負担能力に応じた負担」といいながら保険料負担は保険者によって差が大きいし、保険の給付サイドでもさらに応能負担原則だといって、収入区分で負担額が大きく異なります。高額の保険料を納めている人だと、二重取りされているような気持ちになるでしょうね。
天野 本や記事で西村さんもよくおっしゃっているとおり、社会保障全体のグランドデザインをどうするのかという議論が十分に行われないまま、つまみ食いのように高額療養費の議論をしているので、先行きが見えないんですよね。今後、どれだけの負担を強いられるのかもわからないし、これから進んでいく方向の予見性もないので、国民が不安を抱えるような構造になっていると思います。
医療費の歳出を抑えるためには、おおざっぱにいうと患者の自己負担を増やすか、保険給付を減らすか、あるいは公費を投入する、という3つの方法しかないなかで、そこからどの道を選ぶのかという国民的な議論が必要なのですが、そこがまったく曖昧なまま進んでいるように思います。にもかかわらず、公的医療保険の中核部分である高額療養費の患者負担をつまみ食いのように引き上げているので、非常に問題が大きいと思います。
西村 議論をすればいいと思うんですよ。いろんな意見があっていいわけだから。なのに政府も、そしておそらくメディアも、その議論をしようとしないですね。
天野 高市さんは社会保障国民会議を立ち上げましたけれども、国民会議というのであれば、ああいう場でグランドデザインの話をすべきだと思います。でも、そういう話は一切ないようですね。
医療の世界で「はやい・うまい・やすい」の達成は難しい?

西村 日本の医療保険制度は、誰でもすぐに診察してもらえる「フリーアクセス」という面では世界でも非常に優れていると思います。ただし、その支払いという面になると、今まで話してきたとおり、世界でもけっして優れているわけではないですね。
天野 おっしゃるとおりで、吉野家で言うところの「はやい、やすい、うまい」つまりアクセス、コスト、質を三つとも満たすことは医療の世界では難しいとされているんですよね。だから、患者さんの自己負担についてはけっして安くないということを、もっと広く知っていただきたいですね。
西村 「はやい」と「うまい」は達成できているわけですからね。
天野 この8月から導入されることになった年間上限の金額も、専門委員会では金額の決め方には検討の余地があるという指摘が有識者委員からも出ているので、将来的にはあの金額もさらに細分化する議論はありえると思います。
西村 年間上限の金額は、できれば下げる方向で検討をしてほしいんですが、政府や厚労省の姿勢を考えると、上げる方向の検討はあっても下げる方では検討されないのではないか、と考えてしまいますね。
天野 年間上限金額は多数回該当の12ヶ月分を基準にしていて、ボリュームゾーンの年収層なら多数回該当の4万4400円に対して、年間上限は53万円になっています。厚労省の方々も苦労しているのだなと思ったのは、多数回該当12ヶ月分よりも若干安くなっていることをすごく強調されていてですね……。
西村 せいぜい数千円程度ですよね(註:正確には2800円)。
天野 そう。それを「下げたんです」と強調されても、とは思いました。つまり、厚労省はそれほどシビアな感覚で予算を算定している、ということでもあるんですけれども。
与党議員の方々と話をしていた時には、この年間上限をさらにもう一段階下げる措置があってもいいのではないか、とおっしゃっている方々がいました。要するに、西村さんのように何年も治療を続けている人はずっとその金額を払い続けるわけだから、さらに下げる仕組みがないと厳しいだろう、ということです。
西村 年間上限にも多数回該当的な考え方を導入する、ということですね。
天野 ……という議論はありました。ただ、さきほども言ったように、負担を下げるという話になると、ハードルはかなり高いです。
西村 議員の話で思い出したのですが、高額療養費を考える超党派議員連盟って今はどうなっているんですか? 2月の衆議院選挙では、議連に参加していた野党系の人たちはかなり落選してしまいましたが。
天野 現在、参議院で議論されている健康保険法の改正案が決着すれば、与野党が集まって議連を久しぶりに開催できるのではないかと思います。今、与野党でおそらく論点が一致しているのは、運用上の課題ですね。
西村 先ほども触れた、保険者の移動で多数回該当がリセットされる件や診療科ごとの合算問題などですね。
天野 その部分については与野党で意見の相違がないので、一刻も早い改善を目指して協議していただきたいと思います。議連に参加されていた野党の衆議院議員は、残念ながら多くの方々が落選されてしまったので、これから与野党の超党派議連メンバーでリブート(再起動)していただく、という感じでしょうか。
「自分たちは日本を愛したのに日本は自分たちを……」とならないために
西村 天野さんは、高額療養費を含む日本の医療保険制度は、究極的にどういう制度であるべきだと思いますか?
天野 唯一の正解、というものはないですよね。ただ、今回の高額療養費制度〈見直し〉で私たちが年間上限を導入していただくように主張したのは、医療経済学者の方々がヨーロッパの仕組みを参考に、日本の医療保険にも年間上限の仕組みを検討すべきだとおっしゃっていたからなんです。私たちもそこにヒントを得て、高額療養費の年間上限を主張しました。超党派議連に参加いただいた与野党の衆参議員の方々も賛同してくださって、厚労相に対して導入を主張していただきました。
今後、マイナンバーカードがさらに普及して、患者さんとその支払い状況がより把握しやすくなれば、ヨーロッパ諸国の公的医療保険制度にあるように、窓口支払いそのものも上限を決めて、それ以上は払わなくてすむ制度になっていく方が、全体としてシンプルでわかりやすいと思います。
西村 さきほど話があった、年間上限で多年の使用者にはさらに引き下げるというアイディアも、もしもそれが実施されれば当事者としてはありがたいし利便性も高くなるんですが、一方では制度そのものがさらに複雑でややこしくなっていくおそれもありますね。
天野 いろんな配慮をしているからこそなんですが、今でもすでに制度はかなり複雑になっているので、やはりヨーロッパ諸国のように全体の年間上限を設けてそれ以上は払わなくていい、という方式にしたほうがいいかもしれない、と思います。
西村 シンプルな方が分かりやすいですもんね。

天野 あと、社会保障全体で見ると、西村さんも繰り返し主張しているように、国民医療費はどの程度危機的な状況にあるのか、という議論は冷静にした方がいいと思います。立教大の安藤道人教授のように、国家財政や対GDP比という視点から同様の指摘をされている経済学者の方々もいますよね。
もちろん、社会保障費は今後も伸びていくでしょう。伸びていくけれども、 高齢化がピークを迎えると言われる2040年を見据えた場合、それほど悲観的でもないのではないか、という意見もあるわけです。当たり前のように「高齢化でこのまま行けば社会保障はやがて破綻する」と言われていて、たしかにまったく何もしなくていいとは私も思いませんが、ではどの程度負担増を行わなければならないのか、負担減となる方向の検討は本当にできないのか、と冷静に考えなければならない時期に来ているとも思います。それは高額療養費も含めて。
西村 「持続可能性」というもっともらしい言葉で「このままだとヤバい」という雰囲気を演出するのではなくて、定量化されたデータや推計をもとに議論してほしいですよね。
天野 そうですね。そこがないまま、とにかく社会保障費を削るという目標だけでここまで来てしまった印象があります。その結果、全体のグランドデザインがないまま、一番重要な高額療養費から手をつけて削ってしまう、という本末転倒の状況になっていると思います。
西村 誰でも金銭の不安なく制度を利用できて、健康を改善維持できることこそが持続可能性なのであって、たとえ堅牢な制度でも、それを利用するお金がないために受診を控えて自らの命を諦める人が出てくる制度は、とても持続可能とは言えないですよね。
天野 高額療養費制度は社会の紐帯、つまり、この制度があることで社会の安定性が保たれているという側面もあるんですよね。もしも大きな怪我や病気に襲われた時でも、国が手を差し伸べて自分たちを支えてくれるんだ、という安心感が日本社会を支える活力になり、人々を結びつける紐帯として機能してきたのだと思います。なのに、その大事な基盤にこうもやすやすと手をつけてしまうと、国としての結びつきや社会としての安心感が失われてしまうことになるのではないか、ということを危惧します。
西村 社会に対する信頼や一体感が、足元から崩れてしまうわけですからね。
天野 映画の『ランボー2 怒りの脱出』(1985年)では、元ベトナム戦争帰還兵で、アメリカ人捕虜を救出する特殊部隊隊員を演じた主演のシルベスター・スタローンが、「俺たちが国を愛したように、国も俺たちを愛してほしい」という場面があるんですが……。
西村 最後のシーンですね。
天野 このまま悪い方向へ進んでいくと、自分たちは日本を愛したのに、日本は自分たちを愛してくれなかった、という状態になりかねない。日本を愛しているからこんなにたくさん社会保険料を払っているのに……。
西村 社会保険は自分たちを愛してくれなかった(笑)。
天野 そうならないようにしないといけないですよね。
西村 『怒りの脱出』にならなくてすむように。
天野 ほんとにそうですよね(笑)。今日はありがとうございました。
プロフィール

(あまの しんすけ)
1973年東京都生まれ。27歳のときに血液がんの悪性リンパ腫を発症。一般社団法人全国がん患者団体連合会理事長。2021年に患者の立場として初めて朝日がん大賞を受賞。2025年5月より、社会保障審議会医療保険部会「高額療養費制度の在り方に関する専門委員会」委員。

(にしむら あきら)
1964年、兵庫県生まれ。著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞・第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)、『MotoGP 最速ライダーの肖像』、『スポーツウォッシング なぜ〈勇気と感動〉は利用されるのか』(集英社新書)など。自己免疫疾患の治療で2009年から高額療養費制度を継続利用中。
天野慎介×西村章







速水健朗×福尾匠

樋口恭介×中路隼輔
アレックス・カー