対談

第1回 「空気」は変えられるのか?

「社会を動かすための、私たちのツールを考える」
亀石倫子×ダースレイダー

クラブ規制やタトゥー事件、同性婚など、「当たり前」とされてきた社会のルールに異議を唱え、その先にある日本社会特有の「空気」と向き合ってきた人たちがいる。新刊『はじめての公共訴訟 社会を動かす、私たちのツール』の刊行を記念して行われたトークイベントで、本書の著者のひとりで弁護士・亀石倫子さんと、ラッパー・ダースレイダーさんが対談。裁判は社会を変えるための「私たちのツール」になり得るのか。法廷と言葉、それぞれの現場から、日本社会を動かすための実践を語り合った。全3回の第1回。

構成:稲垣收 写真:CALL4

*本記事は2026年6月7日、MoMoBooks(大阪)で行われたトークを編集、採録したものです。

「公共訴訟」という、新しい選択肢

ダースレイダーさんと亀石倫子さん

ダースレイダー(以下) 亀石さんとのイベントは、3年前に心斎橋の映画館で『劇場版センキョナンデス』(*1)の舞台挨拶に僕が出たとき、上映後、亀石さんにも入ってもらって、一緒にトークをしたのが最後ですかね?

*1 ダースレイダー氏が監督・出演のドキュメンタリー映画。2023年公開。キャッチコピーは「選挙とは、民主主義とは、ジャーナリズムとは何かを問う、破天荒なドキュメンタリー」

亀石 そうですね。でも、2人だけでというのは今回が初めてです。ダースさんと初めてお会いしたのは、クラブが風営法で摘発された訴訟のときですね。

D ええ、そうですね。今回、亀石さんたちが書かれた『はじめての公共訴訟』は、「公共訴訟を使うと、こういうことができるようになりますよ」ということをみなさんに知ってもらうという本で。「みんなが公共訴訟を知ることによって、実は主体的に社会を変えていくことができるんだ」ということも、知ってもらえる本だと思います。

 社会を変えるためには、たとえば「選挙に行こう」とか「署名活動をしよう」とか「ロビー活動しよう」とか、いろんなルートがありますが、そのひとつとして、実は訴訟が使える、ということですね。

 この本に挙げられている公共訴訟のタイプは2種類あって、結果的に公共的になっている訴訟と、最初から公共的な狙いがあって起こされる訴訟があります。

 どちらの場合も、実は社会に、その裁判の判決文の内容とか、訴訟の過程が知られることによって注目が集まり、それによって「社会の色が変わる」ということが起こり得るんだ、という「希望の書」だと思います。

亀石 ありがとうございます。

D ただ、タイトルに「はじめての」とついているのがポイントで。日本ではまだ公共訴訟というものが、1歩目を歩き出したぐらいの感覚なんですよね。先行する欧米での訴訟事例は、この本にも歴史が載っていますが、日本では、まだまだこれからのところがあって。

 特に亀石さんが書いているタトゥー訴訟の話を読むと、それがわかります。

 タトゥーの彫師さんたちが「医師法違反」で逮捕され、それに不服を申し立てた訴訟なんですが、これはまさに日本的な弊害というか、「空気」というものを象徴する事件だったと思います。

「タトゥーって、どうせ反社の人たちのものでしょう?」というような空気を変えなくてはいけない裁判だったので、切り口として、非常に興味深い。

亀石 そうですね。

警察は「何らかの違法行為を摘発する」ことが「実績」になる

D では、本の紹介も含めて、まずタトゥー裁判の話をしていただけますか?

亀石 はい。タトゥー裁判というのは、2015年頃に、大阪の彫師さんたちが次々に摘発された事件で。私は最初、夕刊の小さな記事で知ったんですけど「医師法違反」と書いてあって、すごく謎だったんですよ。

D 逮捕理由が「医師法に違反している」と。彫師だから医師ではないですよね。

亀石 そうです。「なんで医師法違反なんだろう?」って、まず罪名にすごく違和感があって。その少し後に相談に来られた彫師さんがいたんです。

「警察から『あんた、医師免許持ってないやろ?』って言われてるんです」って。

 そんなの当然、持っているわけないですよね?

 でも彫師の方が「医師免許を持っていないのにタトゥーの施術をしたらダメだ」と言われて、どんどん摘発されている、という話だったんです。

 タトゥーによってケガ人が出ているわけでもないし、健康被害とか、衛生管理に何か問題があったということでもないのに……。

D そこがまず、僕が「えっ?」と思ったところです。彫師さんが入れ墨を彫ったことによって、彫ってもらった人がケガをしたとか、病気になりました、ということが発端じゃないわけですよね? そういう事例があったわけじゃなく、先行して摘発された?

亀石 そうなんです。だから、たぶん警察の生活安全課の中で、タトゥーを彫る行為は医師でなければできない『医業』にあたる、という法解釈をしよう」って決めて「彫師は当然、医師免許なんか持ってないから、これでいけるね」と、どんどん摘発したんじゃないかと思うんです。「無免許医業罪」だと。

D 「もぐりの医療行為」をやっている、と。

亀石 そうそう、「医師免許がないのに」ということで、どんどん摘発していった。そんな警察の「無謀なキャンペーン」みたいなことが、いきなり行われたんですよ。

D 警察は「何かしらの違法行為を摘発する」ことが、ある種の点数、「実績」になるわけですね。何にも犯罪が起きないと警察としては「仕事をしていない」ことになってしまう。だから、そういうふうに「捕まえられる犯罪類型」みたいなものを作って摘発して、「今月はこれだけ頑張りました!」という「実績」につなげるという。これって本末転倒ですよね。

亀石 そうなんですよ。警察は暇だからやっているんじゃないかな、と私は思ってるんですけどね。実は今、治安がよくなっていて、刑事事件、刑法犯罪がどんどん減っているんです。そうすると警察は仕事がなくて困る。だから「犯罪」を作っているんじゃないかな、と。

D でも本当は「警察の仕事がない社会」って、いい社会なんですよね。

亀石 そうそう。

D それを目指すために警察は日々頑張っているわけじゃないですか。ということは、本当なら「警察の仕事がない状態」こそ、「警察が仕事してきたから犯罪が減った」と言えるはずなのに、そういうふうにならない。警察という組織の自己矛盾がそこにあって。

 だって「犯罪を減らしましょう」「犯罪ゼロを目指しましょう」って言っているけど、実際ゼロになってみたら「何だ、仕事がないじゃねえか」と言って、「どこかに犯罪ないか?」「ないんだったら犯罪を作って捕まえてしまえ」みたいな話でしょう、これは?

亀石 本末転倒ですよね。

「今まで犯罪じゃなかったもの」が、いきなり警察の判断で犯罪にされる

亀石 だから「今まで犯罪じゃなかったもの」がいきなり、警察の法律の条文の解釈ひとつで犯罪にされて摘発される、という状況が、クラブの「風営法違反」での摘発のときと全く同じだったんですよ。

D 今の話を聞いていて思ったんですけど、もしかして僕らはもっと警察を褒めたほうがいいのかな、と。「今日も犯罪ゼロ! お疲れさまでした! 家に帰って寝ててくださいねー!」みたいな感じで(笑)。

亀石 「警察のおかげでー!」と(笑)。

D 「警察のおかげで今日も安心です! 警官のみなさん、ゲームセンターとかに行って遊んでてくださ~い!」みたいな(笑)。

「お巡りさんがサボっている。いいねえ、おかげでこっちも平和にやっていますよ」と。そういうコミュニケーションをいっぱい取っていって、なるべく仕事をさせないようにする(笑)。だって、本当に余計なことしかしてないですからね。

亀石 ホント、余計なことしかしてないです。

D この間ある人に、車で送ってもらったとき、パトカーが、右折禁止の角を曲がった先で待っていたんです。右折禁止と気づかずに曲がった車を「はい、今曲がったね!」と言って違反切符を切る。でも、この警察の行為って、道交法を守ると言うよりも、トラップを仕掛けているみたいな感じですよね。

亀石 そうですよね。「角の手前にいろよ」と思いますよね。

D 角の手前にいて「そこ曲がっちゃダメだよ、右折禁止だから」って言えばいいのに、角を曲がったところで待っているわけです。「はい、曲がった! ピーッ!」「1点引きます」って。で、それが自分らの点数になりますってことですよね。やっぱりこれは、順番が逆じゃないですか、と思うんですよ。

亀石 本当に。最近の自転車の厳罰化だって、そうじゃないですか。今まで何でもなかったことを、わざわざ犯罪にして。

 大麻の取締りも、そうなんですよ。これまでは「所持」だけが犯罪だとされていたんですけど、法改正されて「使用」も犯罪とされて(*2)。

 でも大麻についてはいろいろ議論があるんです。海外では合法のところもあるし、「医療的に問題がない」とか、いろんな見解や議論があります(*3)。でも日本は逆行して厳罰化していっている。それも「取り締まる側が暇だからじゃないか」と思うんです。それで「薬物犯罪を増やしていく」という方向にしているんじゃないかと。

 でも、それに関しては摘発されたときに争うしかないんですよね。「その解釈はおかしい、恣意的である」ということで。

*2 「大麻使用罪」は2024年12月12日から施行。医療目的以外で大麻を使用(摂取)することは違法となり、7年以下の懲役刑が科される。

*3 たとえば米国では2014年にコロラド州が州として初めて娯楽用大麻を合法化し、現在は全50州のうち24州と首都ワシントンで合法。

D そうですね。タトゥー裁判を、亀石さんが知ったきっかけは「夕刊で変なニュースがあるぞ」ということだったんですね。それで実際に相談に来られた方がいた、と。でも、「彫師で、医師免許を持っている人」なんていうのは、もともと医者を目指していて彫師になった、みたいな人しかいないわけですよね?

亀石 私、調べましたけど、たぶん日本にひとりもいないです。

D ということは、急に彫師全員が「犯罪者」になったわけですね。それまでずっとその仕事をしていた人が。

亀石 そうですね。彫師は全員。

サッカーW杯で外国選手がタトゥーをしているのは普通に映されている

D さらに言うと、タトゥーというのも、あえてこれ「タトゥー」という言葉にしているのは、「入れ墨」という言葉に入っている日本での印象が非常によくないからですね。それこそサウナも温泉も入れないし、プールも入れないし。地上波のテレビにも出られないんです。入れ墨が入っているアーティストは、テレビに出るとき、たとえば長袖のロンTにしていたりとか、首まで入っている人はロングネックで隠したりして。

亀石 今でも、ですか。

D 今でも、です。

 ところが、サッカーのワールドカップを見ると、各国の選手、色とりどりの入れ墨だらけなんですよ。テレビ局は「これは困ったぞ」と(笑)。それは出さざるを得ないから。

 それで、日本人でタトゥーをしている人はみんなすごく厚着をしてるのに、海外のサッカー選手は堂々と出している――そんな矛盾が生まれているんですよね。

亀石 そうですね。

D これって、そもそも「ダメですよと言うのがおかしい」という話にならなきゃいけないのに、その矛盾が同居したまま、テレビでもそのままで映されている状態で、すごく不自然ですよね。

亀石 そうですね。でも日本って、やっぱりタトゥーを嫌いな人が多くて。「タトゥーといえば反社会的勢力の人が入れるものだ」というふうに刷り込まれているので、印象がすごく悪くて。任侠映画の影響もあると思いますが……。

 だからタトゥーの彫師が摘発されたことも、問題視する人はあまりいないんです。「自分に関係ない」「いなくなってもらっても、別に自分たちは困らないし」という感じで。

 裁判官もたぶんそうで。それをどう説得するのか、というのが非常に難しくて。

D おかしいなあ。遠山の金さん、入れ墨、入ってたし。いつから裁判官は入れ墨入れなくなったんだ? みたいな(笑)。

亀石 そうですよね(笑)。だから、日本の入れ墨の歴史から遡って、入れ墨をずっと研究されている社会学者の方に意見書を書いてもらったり、法廷で証言してもらったりして。縄文時代の土偶とかにも、入れ墨と思われる文様が入っていた、ということを伝えたり。

D 縄文時代から入れ墨を入れる風習があった、ということですね。

亀石 そうなんですよ。すごく古い歴史があるんです。江戸時代には飛脚とか、ふんどし姿で仕事するような人たちが入れ墨を入れていたとか、沖縄とか南西諸島では女性がハジチと呼ばれる入れ墨を手の甲などに入れていたり、アイヌ民族の女性が入れ墨を入れたり、そういう風習もずっとあって、すごく長い歴史がある。

 でも、どの時代でも医者が彫っていたことは1度もないわけです。もちろん、「医者じゃなければ入れ墨を彫ってはいけない」などという法律もなかった。だから、いきなり「医者がやるものだ」と解釈するのはおかしいということを、いろんな側面から訴えました。社会学的にも、刑法的にも、憲法的にも。

 いきなり「医者じゃないと入れられない」となると、「職業選択の自由」とか「表現の自由」にも関わってくるわけで。「入れたい」と思う人の「表現の自由」とか、彫師さんの「職業選択の自由」という憲法上の権利が侵害されてしまう、という側面からも、いろいろ主張をしたんです。

D 逆に、どこかの医者を引っ張ってきて、「入れ墨を入れてみろ」って言っても、入れ墨を入れられる医者なんかいないと思うんです、逆に。

亀石 絶対無理です。

D 入れ墨を入れられる医者もいなければ、彫師で医師免許を持っている人もいない。どっちもいない。いったい、何の話しているんだ? ということですね。

亀石 本当にそのとおりです。そして、いかに彫師という仕事がプロフェッショナルな仕事なのか、という面もあります。衛生管理もそうだし、絵も、メチャクチャうまい人たちなんですよ。

D アーティストですからね、彫師って。だから自分の肌にタトゥーを掘ってもらう人も「この人に、こういうデザインで頼みたい」って、腕のいい人を選んで。

亀石 本当にそうなんですよ。まず超絶的に絵が上手で、それぞれに個性があって。紙に絵を描くのとは、また違うんですよね、皮膚だから。皮膚の中でも、どこに彫るのかによって違うし。

D 見れば分かるように、人の肌というのはカーブがかかっていて、それをどういうふうに見るかという、見える角度とかもあるわけですしね。

亀石 ええ。骨の近くだったり、硬いところだったり、軟らかいところだったり、あと、人それぞれに皮膚の色が違うわけだから、どんなふうに発色するかとか、全然違うわけですよ。だから、紙に絵を描く人とはまた違う、特別な技術が必要なんです。それを医者ができるわけがないんです。

 すごく面白かったのは、私たち、医師の国家試験の問題集を証拠で出したりして、「この中で入れ墨の入れ方なんて、問われていないでしょう?」と(笑)。

D 国家試験問題のどこを探しても「正しい入れ墨の入れ方」というのは、ないと(笑)。

亀石 ないない(笑)。というのを証拠として出したりして、本当に面白い裁判ではあったんですけど。

 ただ法律的には、理屈がものすごく難しくて。たとえば、アートメイクって御存じですか? アイラインとか眉毛とかリップとかを、入れ墨みたいに、色素を入れる施術があるんですけど、それは医療行為として認められているんです。

D なるほど。アートメイクは医療行為なんですね。

亀石 医療行為なんです。じゃあ、アートメイクとタトゥー、何が違うんだという話に、次になったんですよね。「アートメイクは医療だけど、タトゥーは医療じゃない」ということをどういうふうに理屈で説明するのか。ここがすごく難しかったところで。

「アートメイクは医療だ」と。あれは美容形成とか美容整形のひとつで「医療」なんです。

 もともと戦争や事故などで顔に傷を負ったりした人の修復というところから出てきた医療行為なので、歴史をたどっていけば、アートメイクは最初から医師がやっていたんです。

D そういうことなんだ。なるほど。

亀石 だけど、タトゥーに関しては、どこまで遡っても医師がやっていたことはないんです。というふうに、すごくいろんな側面から説得しないと勝てなかった、本当に難しい裁判でした。

「医者がタトゥーを彫るなんて、そんなのおかしいだろう」と常識的に考えれば思うんですけど、それを法律的に説明するのはとても難しかった。だから最高裁まで行ったんです。

D 同時に、裁判官も含めた「入れ墨なんて、どうせ反社しかやってないし、あってもなくてもどうでもいいだろう?」という空気を、まず打破しなきゃいけなかったわけですよね。

亀石 そうなんですよね。

日本社会を覆う「空気」を変えるための表現

D やっぱり日本って「空気を変える」というのが、本当に難しい国だと思うんです。この本でタトゥー裁判以外に、同性婚裁判や選択的夫婦別姓裁判のことも書かれていて、どちらも、今まさに行われている裁判なんですが、日本には「これって、こうだよね」という空気が何となくあって「いや、そうじゃないよ」と言っても、なかなか空気自体が変わらないんですよね。特に少数の「空気に抗っている人たち」の意見を通すのは本当に難しいと、いろんなところで感じます。

 ヨーロッパとかでは「合理的説明」が先行するというか、単なる雰囲気じゃなく、「この話は歴史をたどっていくと、こうです」とか、合理的な説明によって社会の決まり事が作られている、という感覚がすごく強いと思います。

 ところが日本では合理的説明より上に「空気」が漂っていて……。

 どれだけ議論を積んでいっても「あれっ? この上には行けないんだ?」ということがあって。何かを阻む、その正体不明のものは、たいていの場合、空気、なんですよね。

 その空気を裁判官も吸っていて、世間の大衆的な世論も、その空気を吸っていて、その空気と違うものが入り込めない。

 弁護士の仕事って、ロジックの積み重ねで行くわけじゃないですか。だから、「この話ならば、理論的にはこの結論しかないはずなのに、なぜそこに行かないんだろう?」ということが日本ではありますが、それは、論理の前に空気というのがあるからです。

亀石 しかもその空気を裁判官が「大多数の国民感情」とか、そういうマジックワードにして、判決で使ったりするんです。

D 合理的な判決に入れちゃうわけですね、空気という、全然合理的じゃないものを。

亀石 そうそう。「社会通念」とか「国民感情」とかという言葉で空気を取り込んで、私たちが理論で積み重ねてきたものを排除したりするわけです。

 だから、この空気というのは無視できないわけで、私たちも空気を変えなければいけなかったりするんですけど。やっぱり難しいんですよね、理屈だけでは。

 それで、私たちが公共訴訟について取り組むに当たっては、弁護士だけではなく、デザイナーやクリエイティブの力というのが、すごく大きくて。

 たとえば言葉ひとつでも、人に伝わる、人の心を動かす言葉とか、デザインとか、マンガとか、いろんな方法で、その公共訴訟に取り組んでいることの意義を伝えていって、空気を変えるというか、少しずつ連帯を広めていくというか、そういう活動もしているんです。

D 使う言葉とか、ビジュアルのインパクトなどで、意識をちょっと変えていこう、と。たとえばタトゥー訴訟の場合にも、マンガとかは使ったんですか。

亀石 タトゥー裁判のときは、私も当時、「公共訴訟」という認識はまだなかったんですが、やっぱり彫師さんたちはアーティストじゃないですか。だから、マンガではないですけど、いろんなアイデアを出してくれて、ホームページだったり、いろんなデザインだったり、そういうことで支援者のみなさんが後押ししてくれましたね。

 ただ、クラブ訴訟のときと比べたら、世論の反応が全然違いました。

 クラブ訴訟のときは、まずメディアがすごく取り上げてくれて、メディアが世論を動かしてくれたようなところもあるし、ダースさんみたいな影響力のあるアーティストの方々が動いてくださり、すごく大きなムーブメントになったと思うんです。

 タトゥーのときも、そんなふうにできたらいいな、と思ったんですけど、まずメディアが及び腰でした。「この裁判、理屈で考えれば確かにおかしいんだけど、夕方のニュースで取り上げていいんだろうか、これ?」というような感じで。

 そしてクラブ訴訟のときのように、いろんな仕掛けをしてみたけれど、賛同してくれる人はケタ違いに少なかったですね。

D タトゥーを入れてない人だって、別に自分は損害を受けないわけですよね。彫師さんがいることによって損害を受けるとか、タトゥーを入れている人によって損害を受けるということは、ないわけじゃないですか。なのに味方できない、というのはすごく不思議というか。

亀石 たぶん「タトゥーを入れている人は怖い」というイメージがあったり……。

D あるのかな?

亀石 あると思います。銭湯やサウナに入っていて、タトゥーを入れている人が入ってきたら怖いとか、あと、テレビのニュースで悪いことして捕まった人にタトゥーが入っていることもあるじゃないですか。それで「やっぱりタトゥーを入れているような人は……」みたいに思ったり。そういう報道の仕方もあるし、「タトゥーを入れている人=悪い人」という刷り込みが、いろんなところでされているんだと思います。

 だからタトゥー裁判のとき、ヤフーニュースのコメント欄は地獄のようでした(苦笑)。「ルールはルールなんだから、守ってから文句言え」といった意見が多くて。

D そのルールって何ですか。「医師免許を取ってから」ってことですか?

亀石 そう。まずは医師免許取ってから言え、と(笑)。

D 「医師免許取ってないのが悪いだろう」と……。すごいな。

亀石 メチャクチャですけどね。でも「ルールはルールなんだ」という人は、けっこう多いですよね。

(第2回に続く)

関連書籍

プロフィール

亀石倫子

(かめいし みちこ)
弁護士。2009年大阪弁護士会に登録。刑事事件を中心に研鑽を積み、ダンス規制法の無罪判決(2016年)、令状なし GPS捜査の違法判決(2017年)、タトゥー事件無罪判決(2020年)をいずれも最高裁で勝ち取る。公共訴訟を支える専門家集団『LEDGE』代表理事。共著に『刑事弁護人』(講談社現代新書)。2026年5月、共著『はじめての公共訴訟 社会を動かす、私たちのツール』(集英社新書)を刊行。

ダースレイダー

(DARTHREIDER)
ラッパー、音楽家、映画監督。1977年、パリ生まれ。幼少期をロンドンで過ごす。東京大学中退後、2000年にMICADELICのメンバーとしてメジャーデビュー。クラブ営業を規制する風営法の見直しを求める「Let's DANCE」運動に参加し、クラブNOON事件をめぐっては音楽・クラブカルチャーの立場から発信を続け、世論喚起に取り組んだ。プチ鹿島との共同監督作『劇場版 センキョナンデス』等も手がける。著書に『イル・コミュニケーション―余命5年のラッパーが病気を哲学する―』(ライフサイエンス出版)。他。2026年8月20日に新刊『セルフ透析はじめました』(KADAKAWA)刊行予定。

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第1回 「空気」は変えられるのか?

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