「ルールはルールだから守れ」という言葉の裏側には、何があるのか。社会の「空気」に従うだけでいいのだろうか。新刊『はじめての公共訴訟 社会を動かす、私たちのツール』刊行記念トークの第2回では、校則や法律、再審法改正をめぐる議論を通して、「誰がルールを作るのか」「どうすればルールを変えられるのか」を、弁護士・亀石倫子さんとラッパー・ダースレイダーさんが掘り下げる。
構成:稲垣收 写真:CALL4
*本記事は2026年6月7日、MoMoBooks(大阪)で行われたトークを編集、採録したものです。
小学生と考えた「ルール」の話

ダースレイダー(以下D) 「ルールはルールなんだから守れ」というような意見って、本当によく聞くんですけど、ルールというものについては僕、ちょっと前に小学校6年生のクラスに呼ばれて話をしたことがあるんです。
小学生たちが「近所の大人に話を聞いてみよう」という授業を企画していて、中華料理屋の店主さんを呼んだり……その一環で、僕も「近所に住んでるラッパー」ってことで呼ばれて。そのとき僕は、ラップの話じゃなくて、ルールの話をしたんです。「校則というのがあるよね。みんな、校則は守らなきゃいけませんか?」という話を。
「校則って誰が決めたか知ってる人いる?」って尋ねたら、誰もいないんですよ。
でも「その校則を駅前のコンビニで働いているアルバイトのお兄ちゃんが決めていたとしたら、その校則には従いますか?」と聞いたら、みんな「従わなーい」って(笑)。
「でも今の校則には、誰が決めたか分からないのに従ってるよね?」と。
亀石 確かに。
D 「なんでルールに従うのか?というのは、『まず誰がそのルールを作ったのか』ということと、『そのルールは誰のためのものなのか』ということを、順番に考えていこう」と。
「たとえば『廊下を走っちゃいけません』というのは、6年生の子たちが走っているときに、小さい子たちがいたり、ケガや病気でゆっくりしか動けない子がいると、ぶつかっちゃったりしたら危ないよね? だから、このルールはこういう人たちのために機能しているよね」と。
でも小学校だから、髪型のルールとかはあまりないけれど、「たとえば、髪の毛を短くしろ、というルールがあったらどうする?」と尋ねたら、「イヤだー」という女の子がいて。「でも、そういうルールがあったら従いますか、ルールはルールだから?」と聞いたら、「従いたくないです、従いたくないです」と。「じゃあ、そういうときは、どうすればいいと思う?」という話を小学校でしたんです。
亀石 すごくいいですね。
D 同時に、「ルールって誰が作ったか分からなくても、みんなが守っているものもあるよね。たとえば『信号が赤だったら止まる』っていうルールは、みんな知っているよね? でもこのルールを守らなかったらどうなる?」と聞くと、「事故が起こる!」と。
で、「学校の外の道を車で運転している人がいます。その運転している人が誰だか知っていますか? 知らないですよね。知らない人なのに、その人が赤信号で止まるということを信頼して、みんな行動しているわけですね。ルールというのはそういう働きもします」と。「でも、赤信号で止まる理由は分かるよね。何でそれを守らなきゃいけないか、というのも分かるよね」というふうに、「分かるルール」「分からないルール」があるときに、どうしていくのかという「ルールをめぐる考え方」を、小学生たちと一緒に話したんです。
亀石 すごい。
D でも、このレベルで話すと、小学生でもやっぱり分かるし「ルールなんだから守らなきゃ」には、ならないです。
亀石 確かに、確かに。
自分の頭で考えさせず「空気を作る」ことで従わせる学校教育
D だから、「何のためのルールなのか」とか、「誰を保護するためのルールなのか」とか、「誰が決めたルールなのか」というように、ルールにまつわることって、いろいろあるんですよね。本当は、それを一個一個検討した上で考えるのがいい。
でも、それってすごく面倒くさいじゃないですか。だから、普段はあまりそういうことを考えないでルールに従ってしまっているんだけど、その「自分がルールに従ってしまっているんだ」ということは、理解しておいたほうがよくて。
「信号が赤だったら止まる」とか「車は左側通行」とか。じゃあ「エスカレーターでみんな左側にいます。右側が空いていて、右側を歩いている人がいます。これはルールですか?」と尋ねると、「いや、ルールじゃないよね」とか。そういうのを小学生たちと一個一個話していったら、子供たちは、「じゃあ、こういうときは、こうかな?」みたいな話が、いろいろ始まっていって。
亀石 面白い。
D だからヤフーニュースのコメント欄に「ルールはルールなんだから守れ!」って書きこんだ人は、「ぜひ小学生からやり直して、一緒に僕と勉強しよう!」みたいな(笑)。
亀石 そういう「自分で考えてみる」教育って、すごく足りないですよね。
D そう。それはなぜかというと、中学や高校で、変な校則があったりするからなんです。その時点で、そういうことを教える資格がないんですよ。だって「スカートの長さはここまで」とか「ピアス禁止」とかいう校則について、「なぜか」ということを合理的に説明できない。それで空気を作る。「空気を作って、それに従わせる」ということを学校教育でもやってしまっているから。
亀石 そうですよね。
D でも、それに違和感を覚える学生たちが、それに対する反対運動を起こしたりすれば、僕はすごくそういう運動を応援したいです。
亀石 そうですね。
法律は時代に合わせて変わるもので「絶対的ルール」ではない
D 法律だって、特に弁護士の場合、法律というものを相手にしなきゃいけないわけですけど、変な法律もいっぱいありますよね。たとえば「『タトゥーを彫るのには医師免許が必要だ』みたいな解釈が許される法律っていったい何なの?」と思います。
でも、そもそも法律ってそういうもので、「けっこう間違っていたり、変なことが入り込む余地があったりするものなんだ」ということをみんなが分かっていた方がいい。
「法律なんだから守れ」と言うけど、「じゃあ、何で法律って変えられるようにできているんですか?」という話で。
変えられるということは、間違っていたり、適用できない可能性が既に法律に入っていたりするからで。だからこそ法改正というものもあるんですよね。
「法律が間違っている場合もある」ということをみんなが分かっていると、もう少しスムーズに物事が進むのにな、と思います。
亀石 確かに。日本って、学校で法教育というものがほとんど行われていないから、そういうことを学ぶ機会もなく私も大人になってしまいましたが、「納得のいかない、合理性のない、何であるのか分からないルールには従わない」という方針で私はやってきたんです。
だから、そういうことを話し合えるような場があったらよかったのに、と思いますね。
学校が「そもそもこのルールって何のためにあるんだっけ?」とか「みんなの話合いで変えることができるなら変えていこう」とか、そういうことを学べる学校だったらよかったと思うし、学校時代にそういう思考訓練みたいなことをやっていれば、大人になって、社会に出てからも、ずいぶん違うんじゃないかなと思いますね。やっぱり法教育が足りない。
それと法律って、戦後間もない昭和20年代に作られたまま一度も改正されてない法律がとてもたくさんあって、クラブの摘発で使われた風営法(風俗営業法)だって、そうだったわけですよね。
D そうですね。
亀石 医師法の「医師でなければ医業をしてはいけない」というのも昭和23年(1948年)に決められたものなんですよ。でもそこには「医師でなければ医業をしてはいけない」としか書かれていない。だから、「『医業』の中にどういう行為が入るか」ということは全部、厚労省の通達で解釈を示しているんです。
時代も変わるし、医療に関する技術も変わるし、どんどん目まぐるしく変わっていっているので、「何が医業に当たるのか」「何が医者じゃなきゃできなくて、何であれば医者じゃなくてもできるのか」というのは、しょっちゅう厚労省が解釈を通達で出しているような状態なんですよね。
このように、法律は本当に生き物のように時代に合わせて変わっていくので、それに関しては、国会での法改正も追いついていない。
だから法改正も、常にみんなで議論して「ルール・メイキング」というか、そういったことをしていかなきゃいけないんです、本当は。
D それがみんなの前提になればいいんですよね。
法律は生き物で、時代に合わせて、常に少しずつ変えていかなければいけないし、時代のほうが変化するスピードは速いから、法律は常に後から追いかけていくことになるわけで。法律が追っかけて、その追いつき方がズレていたりもするし。
人間の生活は、日々それぞれの社会で、それぞれの人が勝手に好きなことやっているわけだから、その全体のウネウネした動きに法律という硬い枠は、絶対ハマらない。ハマらない以上は、ちょっとずつ微調整とか、微修正していかなきゃいけないんですよ。
そういうことが前提なんだとみんなが分かっていれば、少し息苦しさがなくなるかな、と思いますね。
亀石 そうですね。そういう社会の中でいろんな変化が起こっていて、カチッとした法律と時代が合わなくなっているせいで、いろんなバグが起こっているけど、私たち自身も気づいてないものがたくさんあると思うんですよね。それが大きな声になっていけば、大きな世論となって、国会が法改正に動く。たとえば今やっている、再審法の改正とかのように、国会が動いたりするんですけど。
でも、それよりも小さなバグがたくさんあって、そういうのを全部、国会がすくい上げられるわけじゃない。でも、公共訴訟というツールを使えば、それを変えることもできる。
公共訴訟の一番いいところは、「たったひとりでも声を上げることができる」ということです。
社会に起こっているバグの中で、ひとりが声を上げて公共訴訟という形にして可視化することもできる。だから、私たちが社会を変えるためのひとつのツールとして公共訴訟というものを位置づけられるんじゃないか、というのが、この本でお伝えしたいことであったりします。
D 確かに。
冤罪事件の再審を阻む検察官による「抗告」

D 今、再審法の話が出ましたが、僕、実はけっこう冤罪被害のイベントとかに出てラップしたりしているんです。
特に袴田巌(はかまた いわお)さんの冤罪事件の逆転無罪判決(*1)があってから、すごく事態が動く気配になっていて。
司法制度全体に、冤罪を生み出す要因というのはいろいろあるんですが、再審に関する法律も、その中の本当に一部分なんですよね。
再審というのは、有罪確定判決があった後、その判決に不服である場合に、「もう1回裁判のやり直しをお願いします」というものです。一度最高裁まで行って判決が出た後にやるものなんですよね。
*1 通称「袴田事件」。1966年6月に静岡県清水市で、みそ製造会社の専務一家4人が殺害された事件で、社員だった袴田さんが同年8月に逮捕。袴田さんは犯行を「自白」したが、初公判で否認。67年8月末、血に染まった「5点の衣類」が工場のみそタンクから見つかり、死刑判決が確定。しかし実際に血の付いた衣類をみそ漬けにする弁護側の再現実験によって、この認定に疑義が生じ再審請求をしたが何度も棄却された末、ようやく2014年に再審が開始され袴田さんは釈放された。しかし高裁が再審開始を取り消すなど、紆余曲折を経て、23年10月に再審開始、24年9月に袴田さんに無罪判決が出た。逮捕から58年も経過していた。
亀石 そうそう。
D つまり、地方裁判所での一審、高等裁判所での二審、そして最高裁での判決があって、それからなので、逮捕とか起訴されてから、かなり先の話なんです。
亀石 かなりレアな手続きでもありますね。
D でも、その再審について、実は法律でそのやり方などが、ほとんど定められていなかったんです。だから、けっきょく恣意的に運用されて、袴田さんの場合は、「再審をやりましょう、裁判をやり直しましょう」と決まってから、十年近くもたってしまったんです。
「これはさすがに長過ぎる」ということで、まずは再審の部分をちゃんと決めましょうと。つまり、再審法改正というのは「どういうふうに再審、裁判のやり直しをするかを決める」という話なんです。
亀石 そうそう。刑事訴訟法という法律の中に再審という手続きに関して決められているんですけど、わずか19条しか条文がないんですよ。
通常の刑事裁判に関するルールはたくさんあって、裁判員裁判なんかが始まったタイミングで、さらに改正され、充実してきてはいるんですが、再審という手続に関しては、19の条文が戦後ずっと、全くいじられずに80年近くそのままになっているから、ルールブックがないまま、みんな手探りでやっていたような状態なんです。
そのせいで、ものすごく時間もかかるし、検察からは証拠も開示してもらえないし、裁判官のやる気によって全然進行が違ったりしていた。
袴田さんの場合、事件が起きてから50年以上も時間がかかった、ということがあって、やっぱりこれも公共訴訟と呼んでいいと思います。袴田事件の裁判がきっかけで「法律を変えなくてはいけない」という機運が盛り上がって、法改正の議論がされ、一応は改正される形で衆議院で可決された、という状況なんです。
ダースさんは、渋谷のイベントでラップしてくれましたよね。私は日弁連の側で再審法改正の活動の裏方みたいなのをやっているんです。それで、「ダースさんが渋谷アクションに来てラップをしてくれる」と聞いてすごく驚いて、どういう経緯でそうなったのかな、と思ったんですけど。
D 『獄友』という冤罪被害者のことを扱ったドキュメンタリー映画(*2)を撮った金聖雄(キム・ソンウン)監督が、ポレポレ東中野でやったイベントがあって。そこに僕も呼ばれて、小室等さんが主題歌を歌っているんですけど、小室等さんと一緒にライブで歌ったりして。それがきっかけで僕は、死刑廃止運動をされている方々のイベントにも呼ばれるようになって、憲政会館でも1回ラップをしたんですが、そのときに袴田さんのことをテーマにした『ファイティングポーズ』という曲を歌ったんです。憲政会館での死刑廃止運動は、わりと高齢な方がたくさん来られていて。ほぼ全員が「初めてラップというものを体験した」という、全員「デビュー戦」みたいな感じで(笑)。
*2 「袴田事件」の袴田巖さん(82歳)、「狭山事件」の石川一雄さん(79歳)ら、冤罪を訴える被害者などの、釈放後の日常生活に密着したドキュメンタリー映画。2018年公開。
亀石 どうでした、反応は?
D 「ノーモアえん罪! 渋谷アクションで、あの曲をもう1回歌ってほしい」と言われました。実際、その渋谷アクションのときは、石川一雄さんのパートナーの早智子さんが来ていて、袴田ひで子さんも来ていて、その2人の前で歌ったんですけど、ラップを終えたら、石川さんがバーッて駆け寄ってきたんですよ。僕はマイクを奪われるのかなと思って(笑)。
亀石 すごい勢いで(笑)。
D ええ。それぐらいの勢いでバーッて走って僕の横に来て、「ありがとう」ってひと言言って、パッと戻っていったんです。
「言葉で何かをやるって、こういうことのためにやっているな」って僕は思いました。
石川一雄さんは、もう亡くなってしまっているんですが、それでも死後再審というのもあるから、「それでも裁判のやり直しをしてほしい」という活動に、僕がラップしたこと自体が何か寄与できたなどとは、おこがましくて言えないんですけども。それでも関わっている人に少しでも言葉を届けることができたとしたら、その瞬間「ここに来てラップしてよかったな」と思ったんですよね。
亀石 本当に。私は、現地には行けなかったんですけど、そこにいた弁護士たちから「すごく素晴らしかった」と聞いていて。
人の心を動かすということは、なかなか弁護士だけでは無理で。どんなに理屈を、正しいことを言ったって、なかなか人の心を動かすことはできないんです。
だけど、それをラップで動かすことができるというのを、みんなすごく実感したと思うんですよね。
D それはね、弁護士も言葉を使う仕事ですから、それぞれの役割がたぶんあると思うんです。そこは、うまくタッグが組めたな、と思いましたね。
亀石 本当に。私は鹿児島の大崎事件という再審事件の弁護団に加わっていたことがあって、それがきっかけで再審法改正の活動を今やっているんですけど、どうしても法廷で闘っているだけでは社会を変えることができない、法律を変えることができないんですよね。法廷の外にいる人たちの世論とか、国会議員の心を動かさなければ、やっぱり法律って変わらないし、社会も変わらないんだ、ということをすごく実感していて。
だからこそ、ダースさんのような方の協力が、すごく力になるし。何回も言いますけど、クラブの風営法違反事件のときも、まさにそうだったんですよね。
D そういえば、憲政会館でラップしたときに、ステージのわきにジャーナリストの青木理さんがいて、青木さんもたぶんそのとき初めてラップを見たんだと思います。
その後TBSの『サンデーモーニング』か何かに青木さんが出たとき、「僕は、ラッパーはZeebraとダースレイダーしか知らないからね」って言っていて。憲政会館で僕を見ていたから、「さっき見たヤツ、あれがたぶんラップだろう」って思ったのかな、と(笑)。
亀石 なるほど(笑)。まさに風営法改正のときにダースさんとZeebraさんとが動いてくれましたね。
D そうそう、それもやっていたんですけども。
再審法の話で思ったのは、小学校で話したときに「誰がルールを作っているのか」という話をした、とさっき言いましたが、実は今の再審法改正で、ものすごくモメている、その根幹にあるのは「誰がルールを作っているのか」というところなんですね。
さっき国会議員を動かすという話が出ましたけど、再審法というのは、国会議員もすごく関心を持っていることで、超党派でたくさんの国会議員がいるんですよ。「これは何とかしないといけない」と。もともとは、そうした超党派の議員たちの議員立法でルールを作る、「議員がルールを作る」という方向で、再審法改正案というのを出したんですね。
ところがそれに対して法務省が「ルールは自分たちで作ります。法制審議会という法律を定める委員会的なものを作って、その中で法務省が作った法案を議論しましょう」という方向に持って行ったんです。
誰がルールを作るか。国会議員は国民の代表ですよね。その「国民の代表がルールを作る」というのから、官僚が、「法務省の官僚がルールを作る」に、すりかわってしまったんですよね。
亀石 そう。法務省=検察ですからね。
D そうなんですよ。再審法の何が一番の問題かというと、すごく時間がかかっていること。その理由は主に、検察が「抗告」という「再審裁判をやらないでくれ、と言える権利」を持っていて、それを、「特別抗告」というものを含めて3回も使えるんです。これによって10年近く時間がたってしまうんです。
袴田さんの件でもそうで、まさにこれこそが再審法の一番の問題点なんです。
ところが、その検察が「ルールは自分たちで作れます」という、この矛盾。
小学生に、「ルールは誰が作るのがいい?」という質問をしましたけど、これはたとえば泥棒を捕まえたときに、その泥棒が「いや~、スミマセン。悪いことしちゃいました。次から僕がちゃんとルール決めて、泥棒はこうしたほうがいいというふうにしていきます」って言っているようなもんですよね。そんな話には誰も納得しないと思いますけど、今回の検察の言うことは、ほぼそれに近い状態で。
亀石 本当にそうですね。
D 検察が問題なのに、その検察がルールを作る、と言う。
ところがけっきょく自民党内で、「まず法律を政府側が出す」ということになってしまったわけです。「政府側」って、この場合、法務省が政府側ですからね。で、その案に対して議員側が考えた議員立法案をぶつけていたけども、最終的には法務省側の案を飲むことになってしまったんですよね。
亀石 そうそう。
誰が法律を作っているのか

D ただし、これは自民党内の話なので、政府側、つまり法務省が出した法律案=政府案を、今度は国会で野党も含めて議論しよう、というのが今の話なんです。
亀石 今、それをやっている。
D そうなんですけど、自民党が多数与党なわけです。だから、数の力だけでいうと、政府案が通ってしまう。でも「誰がルールを作るのか」という問題って、たたき台は法務省が作ったけど、国会に出すということは、それを僕ら国民の代表である国会議員が審議して、「この法律はここがおかしい、ここは直したほうがいい」ということを今、修正する段階なので、ここはすごく踏ん張りどころなんですね。
亀石 今それが、ものすごく大事なんですよね。
去年(2025年)の年末頃までは超党派の議員連盟で議員立法という形で進んでいたんですよ。それで行けそうだったのに、法務省が「このままだとヤバイ」となって。「抗告も禁止されるし、証拠も全部出さなきゃならなくなる」ということで、法務省が「こっちでやります!」と言って主導権を一気に自分のところに持っていったんです。そして議員立法で考えていた案を、ことごとく検察側の都合のいいように変えていったんです、法制審議会の中で。
だから「稲田の乱」(*3)っていうのがあった。
*3 「再審制度」の見直し(刑事訴訟法改正)を巡る議論で、法務省は、裁判所による再審開始の決定に対して検察官が不服を申し立てられる制度(検察官抗告)を存続させる意向を表明。しかし「検察官による抗告こそ、誤審による冤罪被害の早期救済を阻む主因だ」と議員有志らが猛反発。4月7日の会議では、弁護士でもある稲田朋美議員が「マスコミが(外に)出た後、(法務省側は)1ミリも私たちの言うことを聞かないじゃないですか。ほとんどの議員が抗告禁止って言っているにもかかわらず、これをまったく無視している」と大声で怒りの訴えをした。ネットでこの動画が拡散されると「稲田の乱」と呼ばれ話題になった。
D 稲田朋美議員がね。
亀石 そう。稲田議員が法務省の人たちに「私たちの言っていることが1ミリも入ってないじゃないですか!」って怒っていたのは、「議員立法でまとめていたものが全く入ってないじゃないか」ということを怒っていたんですよ。
だけど、けっきょく法務省の案が「じゃあ原則をこうして、例外をこうしましょう」とか、ほんの少しだけ法務省側が歩み寄ったような形で政府案として国会に戻ってきた、というのが今の段階なんですね。
だから、稲田さんたちだって、法務省案=政府案というものに全面的に賛成じゃないような状態の中で、「これからどうしていくか」という局面になっているんですよ。
それで私、この状況で、すごく思い出したのが風営法のときのことで。
あのときも超党派の議員連盟ができたんです。ダースさんたちのロビーイングのおかげで、議員の方々が動いてくれて、どの政党か問わず議連ができて、議員立法案みたいなものを作っていたんですけど、そうなったときに、警察庁が「ちょっと待ってください」と言って、持っていったんですよ。で、けっきょく警察庁が作ったものが閣法(内閣提出法案)として、法改正につながっていってしまった。だから議員で作ろうとしていた案を、横から持っていったんですよ、警察庁が。
D この「誰がルールを作るのか」という話で、議員立法というのは「僕らが作っている」というのと、ほぼ同義なんですよ。国会議員は僕らの代表なんだから、議員立法は「僕らがルール作りをする」という民主国家における基本的なスタンスなんですよね、実は。
それに対して内閣提出法案とか政府案というのは、もちろん政府の大部分は国会議員から成ってはいるんだけれども、実際に実務をやっているのは官僚なので。そして官僚というのは「選挙で選ばれていない人たち」なんですよ。
亀石 そうそう。
D だから、「選挙で選ばれていない人たちが決めるのか、選挙で選ばれた人たちが決めるのか」というのは、社会のあり方において、決定的に大事なポイントなんです。
だけど、法律の決まり方、内閣提出法案と議員立法の違いとか、みんなあんまり分からない。
亀石 分かってない。私も分かっていなかったです。
(第3回に続く)
プロフィール

(かめいし みちこ)
弁護士。2009年大阪弁護士会に登録。刑事事件を中心に研鑽を積み、ダンス規制法の無罪判決(2016年)、令状なし GPS捜査の違法判決(2017年)、タトゥー事件無罪判決(2020年)をいずれも最高裁で勝ち取る。公共訴訟を支える専門家集団『LEDGE』代表理事。共著に『刑事弁護人』(講談社現代新書)。2026年5月、共著『はじめての公共訴訟 社会を動かす、私たちのツール』(集英社新書)を刊行。

(DARTHREIDER)
ラッパー、音楽家、映画監督。1977年、パリ生まれ。幼少期をロンドンで過ごす。東京大学中退後、2000年にMICADELICのメンバーとしてメジャーデビュー。クラブ営業を規制する風営法の見直しを求める「Let's DANCE」運動に参加し、クラブNOON事件をめぐっては音楽・クラブカルチャーの立場から発信を続け、世論喚起に取り組んだ。プチ鹿島との共同監督作『劇場版 センキョナンデス』等も手がける。著書に『イル・コミュニケーション―余命5年のラッパーが病気を哲学する―』(ライフサイエンス出版)。他。2026年8月20日に新刊『セルフ透析はじめました』(KADAKAWA)刊行予定。
亀石倫子×ダースレイダー







平尾剛


森野咲