4月に集英社新書より刊行された星野博美さん著『野馬追で会いましょう 相馬の馬文化と震災後の日常』は、日本の馬文化のいまと東日本大震災後の人々の暮らしを描くノンフィクション。東京・田原町の書店「Readin’ Wtitin’ BOOK STORE」を舞台にライターの朝山実さんが行っている、ノンフィクションの書き手に聞くシリーズ「インタビュー田原町」に、このたび星野博美さんが登場。6月13日に行われた同イベントをもとにインタビューをお届けします。
構成・撮影/朝山実

《しばらくすると、再び駈歩で戻ってくる。そして名乗ったあと、口上を述べる。
「副軍師〇〇殿、ただいま、あぶくま信金前をご通過とのこと、ご報告申し上げます」
「ご苦労。列に戻れ」
「あぶくま信金」というリアルな名称に、思わず吹き出した。
これはおもしろい……。ただ形だけ行列をしているのではなく、現実に即したストーリーがここでは繰り広げられ、役職に基づいた任務をそれぞれが果たしているのだった(中略)。
ここでは過去と現代が融合している。》
(『野馬追で会いましょう』から)
ノンフィクション作家、星野博美の代表作のひとつにあげられるのは『コンニャク屋漂流記』(文藝春秋・第63回読売文学賞「随筆・紀行賞」・第2回いける本大賞受賞)だろう。東京の下町・五反田で町工場を始めた祖父のルーツをたどりつつ、紀州の漁師が千葉の房総へと流れついた市井の生活史をひもとく広大かつ骨太なノンフィクションだ。
一方で、星野さん自身がお気に入りにあげたのは、『愚か者、中国をゆく』(光文社新書)、『島へ免許を取りに行く』(集英社)、最新刊の『野馬追で会いましょう』の3作。いわく「出たとこ勝負3部作」。彼女をルポした記事を雑誌に書いて以来12年ぶりにインタビューしたこの日、星野さんに「取材すること」について話してもらった。
──「出たとこ勝負3部作」というのは、取材の方法から?
星野 すべて出たとこ勝負というのが共通点だから(笑)。
──『野馬追で会いましょう』は2021年夏、東京オリンピックが開幕した翌朝、福島県相馬地方に千年つづく祭事「相馬野馬追」を見に浪江町へ向かうところから始まるノンフィクションです。星野さんの取材の仕方が独特なのは、この祭り(目玉は騎馬武者たちが大通りを練り歩く「お行列」、旗差しを背にした「甲冑
競馬」、空に打ち上げられた御神旗
を争奪する「神旗争奪戦」、最終日に行われる「野馬懸
」)について調べるため博物館を訪ねるのですが、学芸員の方にアポをとったりせず、展示を観終えてから声をかけられている。
星野 南相馬市博物館には何となく行ったんですよね。じつは前著『馬の惑星』(集英社)と『野馬追で会いましょう』は、馬のことをやろうというので集英社のウェブマガジンで連載していたんです。でも、すぐコロナ禍になり、どこにも取材に行くということができなくなったなか、2021年の野馬追は規模を最小限に絞って行うというので見に行った。ああ、でも私は「取材」という感覚をもちあわせていなくて、いわゆる取材といわれることはしてきていないんです。なんとなく行って、面白かったら書こう。面白くなかったら書かない。
──野馬追にかかわるエピソードが本になったのは、結果的に出会った人たちが面白かったから?
星野 私が苦手なのは、たとえば「こんな企画を考えているんです。でも取材にお金がかかりそうで」と編集部の会議にあげてもらう。そういうやりとりが苦手なんです、とても。というか、やったことがない。ひとに説明できるほど前もってやりたいことが決まってないんです。
──ということは、誰に会って話を聞くかというのはすべて行き当たりばったり?
星野 そう。だから南相馬市博物館に行ったのも、学芸員の方から聞いたことを書こうということではなくて。大雨の日だったんですけど、等身大の馬のレプリカがあり、昔の野馬追の写真も見ることができ、十分堪能できたから事務室のドアをコンコンして、「どなたかお話を聞かせてもらっていいですか?」と声をかけたら、お話を聞かせてもらった学芸員の二上文彦さんが出てこられたんですよね。若い方ですけど「野馬追博士」のようなひとで、たまたまその日は時間が空いていて、たっぷり時間をとって話してもらえたんですよね。

──すごくラッキーというか。二上さんが説明されている箇所を読んで野馬追のことが詳しくわかりました。
星野 ラッキーでした(笑)。博物館に行った時点ではまさか、その後あんなに面白い「平本家」の人たちに会えるとは想像もしていなかったですし。
──本のカバー裏に、馬と写っているのが今野愛菜
さんという高校生(当時)で、野馬追の現場で声をかけられたんですよね。
星野 野馬追の一日目の「お行列」が終わり、浪江中央公園に騎馬が戻ってきて集結していた。コロナ禍だからそこでもう野馬追はすべて終了なんですけど、いい子がいるなあと声をかけてみたんです。
彼女は凛としていて、無口。フレンドリーだけど、愛想笑いはしない。「高校生ですか?」「高2です。この子には昨日初めて会ったんですけど、いっぱい乗って練習しました」。そんな短いやりとりで終わってしまったんですよね。
──「この子」というのは、馬?
星野 そうです。馬です。もう「ありがとうございました」と言って帰るしかないんですけど、彼女のお父さんが馬丁
として、馬が暴れたりしないように傍で見守っていた。すべての騎馬武者に馬丁さんがいるとは限らないんですけど、元競走馬が集結しているので大変危険ではあるんですよね。興奮して暴れたりするので。
愛菜さんは馬に乗っているので、距離が離れていてずっと話せるわけでもない。お父さんが「今年はもうこれで終わり。みんなそれぞれ、自分たちの集落に帰るんだ」というのを聞いた時点でふつうは「ありがとうございました」と立ち去るべきなんでしょう。だけど、私は名残り惜しげにジィッと立っている(笑)。
──無言で?
星野 そう。会話が終わっても、じっと相手の目を見ている。愛菜さんのお父さんの方が沈黙に耐えきれなくなって「一緒に来る?」と言ってもらえた。だけど牧歌的に意気投合してという雰囲気でもない。野馬追というのは人も馬もすごく緊張しているから、本来なら「じゃあ、うち来る?」みたいなことはあり得ない。でも、コロナ禍でこの年はこれで終わりというのもあって、皆さんほっとしていたんでしょうねえ。しかも、私が仔犬みたいにジッとしているものだから、つい(笑)。
──「来る?」と(笑)。その時、星野さんから自己紹介みたいなことは?
星野 愛菜さんに声をかけるときに自己紹介はしています。出版社のウェブマガジンで馬の連載をしていますというのも。それで怪しくないのかというと、じゅうぶん怪しいですけど。ただ、仔犬のように待っていると「来る?」と声をかけてもらえるというのは、香港や中国のとき(初期のノンフィクション作品『転がる香港に苔は生えない』『謝々! チャイニーズ』)に味をしめたというか(笑)。
──待ち方、関係の生じ方が独特ですよね。
星野 これは写真をやっていた影響だと思うんです。ほかのノンフィクションの人と決定的に違うのは、私は写真を撮っていたときの現場の在り方を、写真を撮らずにやっているんですよね。
こんな写真を撮りたいと思った場所に行き、いちばんいい風景を探す。しばらくその風景の中にいて、うごめいている人や起きていることを見ている。昔はそこで写真を撮っていたんですが、いまは撮らずにじっと観ているんですよね。

──メモとかは?
星野 最近はしないです。しても一言、二言くらい。ああ、あのひといいなあと見ている。愛菜さんに声をかけたのも、全騎馬が中央公園に集結するなか式典を聴きながら、同じ年ごろの女の子はほかにもいたんですけど、彼女がいいなあと見ていた。
ほかの子は「騎馬ファミリー」の一員だなという感じだったんですよ。お父さんもお祖父さんもアニキも野馬追をやっていて、自分も野馬追に出ることが普通になっている。で、ちょっとヤンキーっぽい。要は、うちの地元(東京品川区・五反田界隈)もそうなんですけど、お祭りで活躍するのはヤンキーですから。だけど愛菜さんにはそういう感じがまったくなかった。緊張感が漂っていたし。騎馬ファミリーに囲まれて安心している子たちとは違っていた。
──緊張感というのは?
星野 彼女は、馬に乗ることじたいは慣れているんですよね。この子に絶対ケガをさせたくないという緊張感。あ、この子は、馬です(笑)。馬に対する責任感です。
──なるほど。それで、いまは写真を撮るということは?
星野 記録としてスマホで写真は撮りますけど、カメラでは撮らないことにしていて。昔は、写真で出来ることと文章で書けることを両立させていたんですけど、文章のほうが勝ってしまった。写真で表現したいことと文章で表現したいことに分けたら、文章さんチームの圧勝なんですよね。
──なるほど。それでついて行った先で出会う、ひとりひとりの話がすこぶる面白い。ノンフィクションとして理想的な展開というか。
星野 たとえば『転がる香港に苔は生えない』のときも、まず自分が大好きな香港の街に行き、気に入る食堂を探しあてたら、そこにちょっとカッコイイ子が働いていた。これは偶然ではあるんだけども、ちゃんと道筋を通っているんですよ。
自分の居心地がいいと思える場所を探していくと、ぜったいそこにはイイ人がいる。だって、価値観が似ているから。私が探すのとはちがうルートですけど、彼もまた自分は食堂で働きながら生きていくと決めて家族経営のあの店にたどり着いた。共通点があるから出会えた。自分はこういうことは好きで、こういうことは嫌だというのをちゃんと突き詰めてやっていくと、必ずイイひとと出会える。そう思っているんですよね。
──断言する星野さんはすごいなあ。
星野 そうですか(笑)。私も、もちろん人間関係で問題を抱えたりしますけど、それでも希望を失わずにいられるのは、ときどきいい出会いがあるからですよね。
──それでいうと、野馬追の日にたまたま出会った「平本家」のひとたち。出陣地である浪江町の立野は、原発の事故で避難指示が出た地区です。親方の平本佳司さんが「今日出陣した六騎は全員、ここには住んどらん」と言うのを聞いて星野さんは興味を募らせていく。
平本さんは、自分たちは野馬追の本流から外れた存在だと言い、野馬追の日に集まる。あるひとは栃木県の那須で馬を飼っていたり、映像の仕事をしていて東京からやってくるひとなど、本流とは毛色の異なるひとたちなんですね。
オーソドックスな取材だと、野馬追を運営している中心人物にまず当たってとなるだろうに。平本さんからも、そういう人にも話を聞いたほうがいいよと助言される。だけど、星野さんは「平本家」に絞ることで、馬の話から震災の日にどうしていたのか、緊迫した様子を聞きだしていく。ダンプの運転手をしているひとに、原発事故の日には仲間とどのように連絡を取り合い、逃げたとか。
星野 私からすると、そもそも取材というのはこういう話を聞こうと決めていくものなの?という感覚があるんですよね。
──星野さんは、決めて行かない?
星野 トラックの運転手だった山本秀次さんが震災のときに馬を連れて逃げたという話は、野馬追の後、2021年の秋に浪江を再訪したとき、「うちの息子は俺がいなくても勝手に馬に乗っているんですよ」とスマホの写真を見せてくれたのがきっかけです。「えっ、家に馬がいるんですか?」「ああ、いるよ」というので後日、那須に訪ねて行くんですよね。
侍の絵が描かれた襖に囲まれた部屋で聞いていてわかったのは、あの日愛菜さんが乗っていた馬も含め「平本家」の馬はぜんぶ山本さんが飼っている馬だったこと、そして震災の逃避行の話になるんですよね。
──最初に震災の話を聞かせてくださいということだったら出てこなかったかもしれないですよね。
星野 私、本にも書きましたけど、震災のときに何もしていないし、被災地でボランティアとかしたことないですし、取材するとか書くとかしたこともないので、震災については相手から話される以外はこちらから聞くということはできないと思っていた。それは失礼ですから。

──星野さんがその山本さんから話を聞いているところの描写がまたいいんですよね。6歳の子どもが寄ってきて、ICレコーダーを置いてメモも取っているのを見て「宿題をしている」と思い真似をしだす。親子の関係とかも見えてきました。
星野 そうなんです。妹とふたりでね。このくだりは削除するのが普通かもしれないですよね(笑)。メモについては録音が失敗しても大丈夫なように、大事な話は書きとめるようにしています。だって、二度と同じ話は聞けませんから。
──それで、どこかで野馬追の本流のひとにも話を聞きに行くのかとおもっていたら、ないままでした。
星野 聞きに行こうという気持ちが芽生えなかったんですよね。わくわくしないのに聞きにいっても自分の性格からしてテンションは上がらないし、そうしたら書かないだろうし、相手の人にも失礼ですよね。だったら取材しないほうがいい。
──さきほど話に出た学芸員の方から、野馬追の歴史や詳細は十分聞けたというのもあってのことですか?
星野 というより、本筋というのが嫌だなあというか。もともと私は侍が好きじゃないし、侍の世界を踏襲している人たちにはあまり関わりたいとは思わないというのがあって。
──野馬追の世界は「タテ社会」という話が出てきますが、そのあたりも関係していますか?
星野 そうなんですよね。旧相馬藩主家の当主の長男が総大将を務め(取材当時)、まわりを代々の家来の人たちなどが固めている。野馬追に参加するのは北から宇多郷、北郷、中ノ郷、小高郷、標葉
郷の五つの郷で、平本さんたちが属する標葉郷は、いちばん南に位置し、周縁の地域になる。一方で原発事故の影響をいちばん受けたのは標葉や小高の人たちで、本筋の郷の人たちは避難しないですんだ人もいるし、馬を飼いつづけることができた。その温度差は大きいんですよね。
毎年行くようになり、駅まで送っていただいて、「さよなら」と言って帰るんですけど。「明日には、この地域から人がいなくなるんだなあ」とそのたび思いながら。もし初めて行った日に愛菜さんに出会っていなければ、コロナ禍に野馬追を見に行きました、こんなことやっていました、疫病が物語に取り込まれて、どうのこうの⋯⋯という短い話を書いて終わっていたかもしれない。
だって、行くまでは誰のことも知らないんだから。相馬野馬追のことがわかる博物館に行っておきたいというので、行ってみた。もちろん、そこでいっぱい本を買って勉強はしましたよ。歴史について勉強しておくに越したことはないという感覚で。でも、ここに野馬追の歴史を入れ、ここで平本さんたちの話を入れて、という構想はまったくなかったです。
──本のタイトルに「会いましょう」とありますが、星野さんは、ひとの引きが強い。本流にいる人の話もおさえておこうとかしないというのも、つよいなあと思います。
星野 自分が興味のないことは、書くとぜったいつまらなくなる。だったら最初からそれはしない。それだけなんですけどね。
プロフィール

(ほしの ひろみ)
ノンフィクション作家、写真家。1966年、東京生まれ。『転がる香港に苔は生えない』(文春文庫)で第32回大宅壮一ノンフィクション賞、『コンニャク屋漂流記』(文春文庫)で第63回読売文学賞「随筆・紀行賞」・第2回いける本大賞、『世界は五反田から始まった』(ゲンロン)で第49回大佛次郎賞受賞。主な著書に『島へ免許を取りに行く』(集英社文庫)、『戸越銀座でつかまえて』(朝日文庫)、『みんな彗星を見ていた』『謝々! チャイニーズ』(文春文庫)、『馬の惑星』(集英社)など。
星野博美







速水健朗×角由紀子

亀石倫子×ダースレイダー
平尾剛
森野咲