2026年7月31日、日本と米国による為替市場への「協調介入」が報道され、さまざまな議論を呼んでいる。そんな最中に刊行されたのが、実務家経験もある経済学者・服部孝洋による『為替介入とは何か 200兆円規模「外為特会」が生まれた謎』である。為替介入の報道が過熱するなか、本書も発売即重版が決定。本対談では、著者の服部氏と『プアジャパン インフレ世界を生き抜く資本戦略』(プレジデント社)をはじめ金融についての著作を数多く執筆している作家・橘玲氏が、今回の協調介入を読み解く。

なぜ「為替介入」のタイミングで『為替介入とは何か』を刊行できたのか
橘:『為替介入とは何か』を拝読しましたが、すごくタイムリーな時期に刊行されましたね。為替介入があることを予想されてたんでしょうか。
服部: 2026年に為替介入があるだろうなと感じていましたが、これほど話題になるとは思わなかったですし、ましてやこの本が出る時期に介入があるとは思わなかったです。そもそも為替介入のことより、外為特会のことをかねてから書きたくて、3年前からnoteで解説を書いていました。200兆円規模の外貨建て資産を日本政府が運用しているという話なので、金融だけでなく政策に関心がある人にとって面白いはずなのに、知名度は必ずしも高いとは言えず一般書が全くなかったんです。
そのような中、今年の2月の総選挙の時の、高市早苗総理による「円安ホクホク」発言がありました。その結果、外為特会の運用や財源化など、さまざまな議論を呼びました。
そうした背景もあり、いまだったら外為特会の新書を書いてビジネスパーソンをはじめとした人たちに加え、政治家など政策の意思決定にかかわる人たちにも読んでもらえそうだなと思い、集英社新書の編集者に持ち込み刊行が決まりました。もっとも、メインタイトルは編集者の意向で「外為特会」を生み出す要因である「為替介入」になりましたが。そこから2月中旬から書き始めて、3月末には大方の原稿が仕上がり、1ヶ月くらい専門家にチェックしてもらっていたら、たまたま為替介入が実施された週に出すことができたんです。
書いていて感じたことは、為替介入は政府が実施する経済政策の中でも、特に秘匿性が高く、また関わっている人が極端に少ないからこそわかりにくい、ということです。関わっている人数が財務大臣、財務官、為替市場課長などのごく一部しかおらず、為替介入を実施する財務省の国際局の中にいてもわからないほど極秘で進められるんです。
橘:まさにこの本が刊行される1週間前に、米国との協調介入がありました。米国財務長官であるベッセントが日本に協力した意図は何なんでしょう?
服部:正直、ベッセントやアメリカ政府の意図や日本政府の動きはすべて報道以上にわかることがなく、それが事実であるかどうかも含めてよくわからないですね。仮に報道がすべて事実だとしても、なぜこのタイミングで矢継ぎ早にさまざまなカードを切ってきたのかも不思議です。
通常の経済政策だと、政府はその意図を丁寧に説明しますよね。一方、為替介入については、「覆面介入」といって暫くの間は介入したこと自体を明らかにしないことが主流です。その意図についても、「ノーコメント」が多く、その意図を明らかにしない傾向にあります。介入を実施した意図を明らかにしないことで疑心暗鬼を生み出し、為替介入の効果そのものを大きくしたいということが背景にあると思います。神田元財務官は、「当局にとって開示することにメリットがあれば直ちに開示する」と『強い日本を残す 円安と闘った男がすべてを語る』(日本経済新聞)で説明しています。
私はこの書籍を書くうえですべての財務官の書籍を読みましたが、財務官を引退した後でも為替介入の内容を説明している人は稀です。事後的にすら説明がなされないので、為替介入はわかりにくいことが多いのだと思います。ちなみに、神田前財務官は積極的に対外的に発信していくタイプの人なので書籍でも比較的詳細に介入についても書いています。だから、『為替介入とは何か』を書くうえではかなり引用させていただきました。
橘 高市首相が食料品の消費税を2年間限定で1%に引き下げると表明したのが7月30日、日米の協調介入が7月31日ですよね。ちょっと「陰謀論」ぽいですが説得力があるなと思ったのは、「消費税引き下げ表明直後に大きく円が売られるとメディアや野党から叩かれるので、それを避けるために大規模な為替介入をした」という説です。
高市首相は「円安で外為特会ホクホク」と発言しましたが、そもそも保有する米国債からの金利収入と為替差益を合わせた利益はどのくらいになるんでしょうか? 為替介入で利益が実現した場合、それは財源にできるんですか?
服部 金利収入などのネットの収入は、日米金利などの影響を受けるので動きが大きいのですが、昨年度は過去2番目の高水準で5兆円強だった筈です。その上で、為替介入の実現益は、現行制度では財源になりにくいです。というのも、今の会計ルール上、前々月の実勢レートと介入時の為替レートで実現益が計算されるからです。私のnoteで簡易的な推計結果を示していますが、5月の介入もほとんど実現益が出ていないと思います。一方、実現益がでない、現在の会計ルールでよいのか、ということがこれ以降議論される可能性があります。
橘 その後(8月19日)、米財務省が、「償還までの期間が10年以上に及ぶ国債の買い入れ消却(バイバック)の上限を少なくとも2倍に拡充する」と発表し、米30年債の利回りが急低下、円も買われました。ただしこの効果は短期的で、翌日には米長期金利はふたたび上昇しています。「バイバック」というのは聞きなれない用語ですが、それがどういうものか、米財務省はなにを意図しているのか、説明していただけますか?
服部 米国のバイバックとは、米国財務省が米国債を発行している中で、自ら発行した国債を買い戻す政策であり、米国債の需給バランスの悪化により金利が上昇したことに対してケアするものです。市場に出回る国債が減るので、需給の関係で、金利に対しては低下圧力がかかります。バイバック自体は、珍しい政策ではなく、日本の財務省もしばしば実施しています。例えば、コロナ禍で物価連動国債の需給環境が悪化した中で、財務省は物価連動国債のバイバック(財務省がかつて発行した物価連動債を買い直す政策)を実施しています。ただ、ツイストオペ的な発想で政府がバイバックを行うのは珍しいかも知れません。
橘 ベッセントが気にしているのはアメリカの金利上昇で、円安によって日本の金利が上昇し、それにアメリカの債券市場が引きずられるのを警戒しているとの分析があります。その一方で、日本の金利が上がらなければドル高は是正できないとの説もあり、日経は「米国側から提示された協調介入の条件に日銀の利上げの加速が含まれていた」との政府関係者の証言を掲載しています。これについてはどうお考えですか?
服部 日本の金利上昇により、米金利を含めて、国際的に様々な影響を与えている議論はグローバルでなされていますね。例えば、IMFの「国際金融安定報告(GFSR:Global Financial Stability Report)」というレポートのコラムで、日本の金利上昇が世界のアセットアロケーションに与えた影響について取り上げられています。実際、当局を含め、海外から円金利の問い合わせは増えているようです。実は、私のところにも海外の投資家から連絡が来ることが増えています。特に、最近ではAIでの自動翻訳がすごいので、海外のファンドなどが私のnoteや日本語の解説論文を読んだという反応も増えています。
正直、日銀の利上げについて「協調介入の条件があった」という話は、学者としてはコメントしにくいですね。一般論になってしまいますが、日銀の決定会合のメンバーは、審議委員などが選ばれる際に、政府の影響を受けます。しかし一度決められたメンバーは政府から独立して意思決定すべきと思いますし、新日銀法でもそのように意図されている筈です。その一方、円安が進んだタイミングで利上げをしている傾向も感じられるので、為替と利上げが関係しているという見方が多いと思います。

異例の「協調介入」の効果はあるのか?
橘:協調介入ではアメリカ側はユーロを売って円を買ったようですが、この介入をざっと説明していただけますか。
服部:そもそも、1995年以降に米国当局が実際に為替介入を実施したのは、1998年アジア通貨危機、2000年ユーロ安、2011年東日本大震災など限定的です。したがって、そもそも米国は為替介入をおこなわず、実施したのであればかなり異例であることは事実です。
そのうえで、実際に今回、ユーロと円の介入をやっているとしたら、米国の外貨準備をするため、替安定化基金(ESF)が有するユーロ建て資産を売って、円建て資産に交換したということだと思いますね。米国は為替介入については四半期に1度しか公表しないため、米国がどのような為替介入を行ったのかは現時点では憶測するしかありませんが、公表された米国財務省の外貨準備統計を見る限り、その規模は数億ドル程度かも知れません。
橘:ベッセントには、日本の財務省が米国債を売るのを避けたいという意図があるともいわれていますが。
服部:米国債を売ってほしくないという意図はあると思います。ややマニアックな話になりますが、8月に財務省は、FIMAレポという仕組みをX(旧ツイッター)で説明しています。これは日本の財務省が持っている米国債を担保に出して、米国からドルを短期調達できるという仕組みです。日本としては、実際には米国債を売らなくて済むということですが、基本的には、これは使うというより、牽制のための見せ玉だと思います。『為替介入とは何か』ではチェンマイ・イニシアティブというアジア各国でドルを貸し借りするスキームを説明していますが、かつての財務官が見せ玉だという趣旨の発言をしたことがあります。
橘:財務省が為替介入を実施して米国債を売ることに関しては、当然、米国側に話を通しているわけですよね。
服部:このあたりも開示していませんが、かつての財務官は事前に為替介入を実施することを丁寧に米国当局とコミュニケーションをしていると話しています。事前に根回しをしないで、単独で介入したとして、すぐにそれを米国から否定されるとなると、効果が弱まる可能性もありますよね。一方、米国債を売れないというわけではなく、日経新聞の報道でも、5月の介入で日本は米国債を売却したと報道されています。そのため、憶測ではありますが、米国債が売却できないということはないと思います。
とにかく、5月の為替介入のときよりも、今回の協調介入の報道が過熱していることに驚いています。先ほど紹介したFIMAレポにおいても、そもそもレポ(担保付きの資金融通)自体が金融市場の中でもかなりマニアックでテクニカルなものなのですが、経済メディア以外でも報じられていた。それくらい多くの人が為替介入に関心があるということなのかもしれません。
橘:為替介入の効果はあると思いますか。
服部:経済学者は為替介入の効果は一時的なものだと考える人が多いです。神田元財務官の書籍でも、国際機関や学者から効果がないと批判されたと記載されています。もっといえば、為替介入自体するべきではないと考えている人も多いですね。
橘:為替介入にたいした効果がないというのは、今年5月の単独介入である程度証明されたともいえますよね。
服部:私個人は、財務省が為替介入をこのタイミングで実施するメリットはさほどないのではと感じています。消費減税の財源の議論がなされるなかで、バンバン為替介入を実施したため、外為特会が財源になるのではという議論が巻き起こりました。『為替介入とは何か』で丁寧に説明しましたが、現在の外為特会が巨額なのは、かつて円高であった時に、円を売ってドルを買った資金が積みあがったためです。だから、「円高時に米国債を買っていて、円安になって米国債を売ったのであれば、それは巨額な利益になる」と誤解が生まれるのはある程度は仕方ないと思いますね。実際、現在の会計ルールではそこから評価益がほとんど生まれない仕組みになっているのですが。
橘:介入できる額の上限は、どれくらいでしょうか。
服部:それも人によって意見がわかれるところですね。円買いの為替介入は、財務省が持っているドル資産を売って、円に換えるので、日本政府が持っているドル資産がテクニカルには上限です。直近の為替介入でドル資産をたくさん売ったので、足下の外為特会の規模はわかりませんが、今年の頭は200兆円くらいの規模がありました。
ただし、200兆円のドル資産があるとはいえ、全部売るわけにはいきません。外為特会は預金を持っているので、この範囲であれば米国債を売る必要がなく、外為特会が有している預金が上限、とみる市場参加者もいます。この議論はどれくらい外貨準備を持つべきかという議論でもありますが、アジア金融危機以降、日本以外のアジア各国も外貨準備を積み上げています。

為替レートをどのように考えればよいか
橘: 今回の協調介入は、円が安すぎるというメッセージなんでしょうか。
服部:経済学者は、為替は自由なマーケットで決まるべきだと考える傾向にあります。一方で、私の知りあいの経済学者と話していると、購買力平価仮説でみると、ちょっと円安が行きすぎているとみている学者は多いです。巷ではいろいろな議論がありますが、経済学者は基本的に、中長期的には購買力平価仮説で為替が決定されると考えている人が多いです。
橘: 日本がドルを売るには保有している米国債の上限がありますが、ドルを発行するアメリカが、ドル高を是正するためにドル売り介入を本気でやろうと思ったら、無限にドルを供給できるのでしょうか。
服部:米国がドル売り介入を本気でやるなら、日本の財務省がかつて実施したように、ドルを調達して、ドルを円に転換し、日本国債を買うなどの形が考えられます。ただ、狭義のマネーの定義であるマネタリーベースを変化させない介入、いわゆる不胎化介入を行う可能性も少なくありません。
実は経済学者は、マネタリーベースの変化で、為替レートの変化を説明しようとはしません。日本では、日米のマネタリーベースの比率が為替レートをきめるという、いわゆるソロスチャートという考え方が人気ですが、実はアカデミックな文脈でほとんど議論がなされません。
経済学者が記載した国際金融のテキストでは、ソロスチャートは出てこず、重視されるのは購買力平価仮説(二国間の通貨の物価をもとに為替レートが決まるという考え方)と金利平価説(各国の金利が為替レートに影響を与えるという考え方)です。
したがって、金利や物価差があり、そこから投資家の裁定行動があり、為替に影響を与えるという議論になっています。そもそも、現時点の制度では、マネタリーベースの動きと金利の動きが切り離されてしまっていますね。
橘:日銀はもう売りオペ(売りオペレーション。中央銀行が民間銀行に国債や手形を売却し、金利を上昇させる政策)をやっていないということですか?
服部:売りオペは現時点でやっていないです。日銀がすでに巨額な国債を保有しているため、それを売るだけでマーケットを混乱させるからです。先ほど、マネタリーベースの動きと金利の動きが切り離されているといいましたが、現在は、日銀の当座預金に金利を付す「付利金利」を使って、短期金利を操作しています。これは2008年に白川元日銀総裁が導入した制度です。
日銀は短期金利を今年の6月に0.75%から1%にあげましたが、売りオペを実施するわけでなくて、付利金利を0.75%から1%にあげるということでこれを実現しています。この辺りは利上げを考えるうえでかなり大切であるものの、あまり説明がなされていないので『はじめての日本国債』の9章でそのメカニズムを説明しました。
詳しくは新書を読んでほしいのですが、付利金利をベースに、マーケットで裁定が働くので日銀は短期金利をコントロールできています。逆に言えば、日銀が民間に付利金利を支払うという付利制度がなければ、日銀は短期金利をコントロールすることができないとすらいえます。
橘:日銀は国債を売らないとはいえ、国債は償還を迎えるので、買い替えの時にだんだん減らしていくということですね。
服部:はい、日銀がもっている国債は償還を迎えるので、再び、それを購入することになりますが、その購入ペースが議論されています。償還を迎えた後、国債を購入する量を徐々に減らしていけば、日銀が保有する残高が低下していきますよね。それにより徐々に日銀は保有する国債の残高を減らそうとしているのですが、今の日銀のBS(バランスシート)がでかすぎるので、大量購入を始めた以前の世界に戻るかどうかもよくわからないのが現状です。ただ、これは米国その他の諸外国でも起こっていることです。
橘:購買力平価が成立するのなら、物価が低迷していると通貨が上がるので、もっと円高になってもいいはずですよね。この前、ワールドカップを見にアメリカに行き、帰りにハワイに寄ったんですけど、ハワイはニューヨークと並んでアメリカで一番物価が高いらしく、ロコモコ丼とビールを頼んで30ドル、チップをいれると6000円でした。日本に帰国後、丸の内でランチをしたのですが、カレーとコーヒーのセットで1200円。5分の1です。アメリカでは7ドルで食事できるというのはありえないです。「安いニッポン」に外国人旅行者が殺到する理由がわかります。
服部:購買力平価だったらもっと円高であるのはその通りです。ただ、経済学者は購買力平価が中長期的にしか説明力を持たないということもかつての実証研究を通して知っているので、ここ数年で円高に行くかというとかなり意見が分かれると思います。経済学者としての立場は「短期的な相場はわかりません」と答えるのが誠実な気がします。そもそも経済学者は、為替レートや株価は短期的にはランダムに動くと考える傾向にあり、私個人は相場の話にはなるべく踏み込まないようにしています。
為替介入については秘匿性がものすごく高いことを踏まえると、なぜ今回協調介入がなされたかは、ジャーナリストが頑張るところですね。きちんと取材をして、事実を明らかにするという仕事は、ジャーナリストの仕事としてものすごく大切なものだと思います。時にジャーナリストが持つ関心のタイムスパンは短すぎるとも感じますが、片山大臣などに時間をかけて取材してほしいですね。

(取材:集英社新書編集部 構成:服部孝洋)
プロフィール

服部孝洋 (はっとり たかひろ)
経済学者。東京大学金融教育研究センター特任准教授。著書に『はじめての日本国債』(集英社新書)、『マネー・マーケット入門 日本銀行の金融政策と短期金融市場』(日本評論社)、『日本国債入門』(金融財政事情研究会)、共著に『国際金融』(日本評論社)。Xやnoteでも、一般の読者に向けての情報発信を積極的におこなっている。
橘 玲(たちばな・あきら)
作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。同年、「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部を超えるベストセラーに。05年の『永遠の旅行者』が第19回山本周五郎賞候補に。『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞受賞。
著書に『「読まなくてもいい本」の読書案内』(ちくま文庫)、『テクノ・リバタリアン 世界を変える唯一の思想』(文春新書)、『スピリチュアルズ「わたし」の謎』(幻冬舎文庫)、『DD(どっちもどっち)論 「解決できない問題」には理由がある』(集英社)、『新・貧乏はお金持ち 「雇われない生き方」で格差社会を逆転する』(プレジデント社)など多数。
服部孝洋×橘玲







岩井俊二
大塚久美子×福田淳
服部孝洋×唐鎌大輔
大澤暁