日本で「都市の森」が失われている理由を、神宮外苑再開発の現場から探るパートの最後では、神宮外苑という公共性の高い場所が、大資本によって独占され“商品”となる実態について見ていく。
「都市の森」を壊して建設されるコンサートができるラグビー場
2023年4月、神宮外苑の国立競技場横の樹林地に260人ほどの人が集まっていた。建国記念文庫の杜と言われる、創建当初からある場所だ。5,000㎡ほどの面積の広い森を、ヒューマンチェーンで囲い、再開発による樹木伐採への反対をアピールした。
参加者は老若男女さまざまで、神宮外苑周辺以外に住む人も少なくなかった。
「これ以上、東京の緑を減らして欲しくないという想いで参加しました」
「東京はすでに緑は少ないのに、さらに街の中心にある緑を減らすのはひどいです」
「次の世代になるべく緑豊かな環境を手渡したいという想いで来ました」
参加者は口々に想いを語った。手に持ったプラカードには「コンクリートで森を潰すな」、「100年の森を未来に」、「神宮外苑は庶民が作った宝」というメッセージが書かれていた。

この建国記念文庫の杜は、もともとは誰もが入って利用できる場所だった。私の子どもはここでドングリを探すのが好きだった。秋になるとたくさんのドングリを見つけることができた。運動するための道具も置いてあった。ランニングのウォーミングアップをする人もよくいた。スポーツ観戦が好きな知人は国立競技場で試合を観た時に、ここで弁当をよく食べたと言っていた。
もちろんこの樹林地に入るのに使用料はない。そんな誰もが無料で利用できる開かれた場所だった。しかし、2023年4月のヒューマンチェーンを行ったときには、すでに工事用のフェンスで周囲を囲われて入れなくなっていた。桜の花が白い塀の向こう側で咲いていた。入口には「私有地につき立入禁止」という注意書きが貼り出されていた。
2024年11月、建国記念文庫の杜にチェーンソーの音が響き渡っていた。1年以上延期になったが、とうとう樹木伐採が開始されたのだ。マスメディアは樹木伐採が始まると、神宮外苑再開発問題にケリがついたというように取材に来なくなった。私は、木が伐られていく様子を見たくはなかったが、100年の杜が失われていく様子を誰かが記録しなければならないと思い、撮影を始めた。高い工事用のフェンスで囲われていて、普通には中の様子はわからないので、三脚と踏み台を使い、フェンス越しに工事の様子を撮影した。
100年の杜はあっという間に伐られていった。木を植えてから、大きな木陰をつくるまで成長するには二十年、三十年とかかるが、樹齢百年の木といっても伐るのは数日で終わってしまう。作業員は軽口をたたきながら、樹木を伐っていった。緑が貴重な東京都心で、伐られた木の太い幹や枝葉が次々と山積みにされている様子は、子育てする親として疑問を感じざるを得なかった。あれだけ「持続可能な社会」「SDGs」と言っている国や大企業がなぜこんなことをするのだろうか?
切り株をショベルカーで掘り起こし、ブルドーザーで土地をならし、何もない更地となった。神宮第二球場も含めると3,000本以上に及ぶ樹木の伐採(低木や灌木も含む)は、1年ほどで終了した。
2026年2月、木が伐られて更地となった場所に、文科省の独立行政法人である日本スポーツ振興センター(JSC)による新たなラグビー場(仮称:新秩父宮ラグビー場)を造る工事が始まった。この建設は公共事業を民間資金とノウハウを活用して行うPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアチブ)で行われた。
入札の結果、この事業を受注したのは、鹿島建設を代表企業とするグループ(構成企業:三井不動産、東京建物、東京ドーム)だった。入札金額は競合他社と比べて、圧倒的な安さ(81億円)で、敗れた関係者は「(鹿島のグループは)ここまで価格を抑えられるのか。悔しさを通り越して驚いた」と語ったという(2022年8月22日、朝日新聞)。
しかし、入札金額を低く抑えたということは、鹿島建設などのPFI事業者の持ち出しによる投資金額が大きくなるため、運営で稼がなければならないということになる。早くもネーミングライツが販売され、三井住友フィナンシャルグループが10年間の権利を約100億円で取得し、副名称は「SMBC Olive SQUARE」となることが決まっている。
隣接して建つ国立競技場は三菱UFJフィナンシャルグループに年間20億円で命名権を販売し、「MUFGスタジアム」となっているため、三菱と三井の名を冠した国の巨大なスタジアムが狭い道を隔てて並び建つ光景が、神宮外苑で今後見られるだろう。
この新秩父宮ラグビー場が問題だとして、建て替えに反対の署名を立ち上げたのが、元ラグビー日本代表の平尾剛氏だ。平尾氏は、秩父宮ラグビー場建て替えの問題点として、次の5点をあげる。
① 開閉式ではない屋根付きラグビー場で、青空の下での試合がなくなる
② 天然芝から人工芝のグラウンドになる
③ 観客席が大幅に減り、2万5千人収容から4割減の1万5千人になる
④ コンサートなど他の用途にも広く使われるようになる
⑤ 秩父宮ラグビー場の移転から、神宮外苑の杜の破壊がスタートすることとなる
この新秩父宮ラグビー場の大きな目的は、平尾氏が4つ目の問題点にあげているように、コンサートなど他の用途にも広く使えるようにして、収益性を高める点にある。

国立競技場が巨額の赤字を出していたため、所管する文科省は「同じ場所に赤字を出す競技場を二つ(国立競技場と新秩父宮ラグビー場※筆者注)造ったら国民の理解は得られない。ラグビー場は収益性の高いものにしなければいけない」と考えたという(2022年8月22日朝日新聞)。
また事業者側もコンサートホールに対する需要が高かった。新秩父宮ラグビー場の関係者に話を聞くと「PFIに参加している三井不動産の子会社である東京ドームは、数多くのコンサートを行い、様々な海外アーティストとコネクションを持っている。しかし、キャパ5万人を超える東京ドームを埋められるアーティストは限られているため、そのコネクションを生かし切れていない。中規模のホールが手に入れば、これまで培ってきたコネクションを生かして、もっと多くのコンサートができる。だから、都内に2万人規模のコンサートホールを持ちたかった」という。
この収益性を高めるためにコンサートなどを開催するという条件を成り立たせるには、周囲への音漏れを防ぐ必要から、屋根は必須となる。また、ステージの設営などで天然芝を痛めてしまう可能性があるため、人工芝の方が都合良い。
しかし当然のことながら、ラグビーファンやラグビー関係者の間では、屋根付きの人工芝スタジアムになることへの反対は多い。ラグビーは全天候型のスポーツで、悪天候をいかに味方につけるかが醍醐味のひとつだ。また、人工芝は改善されてきているとはいえ、選手が身体をすった際に火傷などの懸念がある。さらに観客席数も大幅に減ることから、平尾氏の言うようにラグビー場としては「改悪」であるという意見は否めないだろう。
そして、最大の問題点は平尾氏が5番目に掲げるように、秩父宮ラグビー場の移転から、神宮外苑再開発がスタートする点である。これまでに見てきたように、このラグビー場を建設するために建国記念文庫や神宮第二球場などにあった3000本以上の木が伐られてきた。
現在、建国記念文庫の杜があった場所へ行ってみると、工事フェンスに新秩父宮ラグビー場の大きな広告が出ている。「夢めぐる世界へ WHERE DREAMS PLAY」というキャッチコピーとともに、完成イメージが工事フェンスに張り出されている。「2030年、秩父宮ラグビー場は生まれ変わります。国内初の全天候型ラグビースタジアムとして、あらゆる天候のもと、あらゆる人を迎え入れる、ラグビーにとどまらない、音楽やスポーツ、多彩なエンターテインメントが重なり合う、東京の新拠点へ」とそこには書かれている。
また工事フェンスには「1989.5.28 スコットランド代表に大金星」「2013.6.15 ウェールズ代表に歴史的勝利」など、これまでの日本ラグビーの歩みが、迫力のある写真とともに示されている。ちょうどそこは、2023年4月に260名の市民が樹木伐採に反対するヒューマンチェーンを行っていた場所だ――。
平尾氏は「競技の継続をうたって、環境破壊をするスポーツ・ウォッシュ(スポーツの持つ「感動」や「クリーンさ」を利用して、イメージ向上や問題隠蔽を図ること※筆者注)に私たちは加担したくありません」と述べている。
果たして私たちは、どちらの声に耳を傾けるべきなのだろうか?

プロフィール

(おおさわ さとる)
テレビ東京で「WBS(ワールド・ビジネス・サテライト)」など報道番組の記者・ディレクターを担当。現在はジャーナリストとして活動。明治神宮外苑の再開発に近隣住民として反対し、新宿区に対する樹木伐採許可取り下げ訴訟の原告団長を務める。X(旧Twitter)フォロワー3.9万人「ミド建築・都市観測所」(https://x.com/Mid_observatory)を運営。早稲田大学第二文学部卒、京都大学公共政策大学院卒。1983年生まれ。
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