コロニアルからポストコロニアルへ 歴史の生き証人マハティールの語る平和論
中田 考 今年101歳を迎えたマハティールは、類いまれな記憶力と医師として培った論理的思考力、観察力とを備え、1964年に国会議員となり1981年に首相に就任、2020年に二度目の政権を退くまで通算約24年間国政を率いてきた。本書は西欧帝国主義列強がアジア・アフリカを植民地支配した「コロニアル時代」から、戦後の主権国家体制の成立、グローバル・サウスが台頭する「ポストコロニアル時代」に至る20世紀から21世紀に跨る現代史の貴重な記録となっている。
タイと隣接する英領マラヤのクダー州に生まれ小学校から英語教育を受けて育った彼は多民族共存の作法を自然に身につけていた。「学校のクラスメイトはほとんどがマレー人ではない人たち」で「先生も生徒も、マレー人、インド系、中国系がちょうどうまく交じり合って過ごしており」、「当時、私たちは民族の違いに気付いてなかった」「それが当たり前だと思っていた」と彼は回想する。
しかし日本軍の侵攻によって英国と白人の無敵神話が崩れ、故郷クダーが住民の意思とは無関係にタイへ割譲される理不尽を経験する。彼は「日本人がクダ―の統治権をタイに譲り渡した横暴さ」に憤り、自分たちが「個人の所有地のように簡単に譲渡できる単なる不動産のひとつとしてあつかわれているように思い」「マレー人としてのアイデンティティを意識するようになり」「外国による支配に嫌悪感を抱くように」なっていたと述べている。支配者が替わるだけでは民族の自立ではないと悟った彼は、戦後、植民地の臣民からマレー民族主義者へと転じていった。
「規律正しさ、勤勉さ、時間を守ること、清潔さ、正直さをなど日本で重んじられている美徳は、イスラームにおいて求められる美徳そのもの」と彼は述べる。彼の「ルックイースト政策」は植民地支配によってイスラーム的生き方を捨てさせようとする西洋とは違い、日本の生き方はイスラームの生き方と矛盾しないとの確信に基づいている。
彼の思索は日本におけるムスリム移民との共存の方策から、不公正な国際秩序への批判、「戦争の犯罪化」へと連なる。久志本は従来「親日家」としてのみ語られてきたマハティール像を覆し、敬虔なイスラーム教徒にしてポストコロニアル思想家という重層的な姿を引き出し、本書を混迷の時代の要請に適う警世の書としている。
プロフィール

1960年、岡山県生まれ。イスラーム法学者。同志社大学神学部元教授、東京大学文学部卒、同大学院修士課程修了後、カイロ大学大学院博士課程修了(哲学博士)。イスラーム法学・神学を修め、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、日本ムスリム協会理事などを歴任。著書に『イスラームの論理』(筑摩選書)、『イスラーム入門』(集英社新書)、『イスラームから見た西洋哲学』(河出新書)、『宗教地政学で読み解くタリバン復権と世界再編』(ベスト新書)など多数。






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