日本では「愛の不時着」だったけど、台湾では「サイコ」
「日本では『愛の不時着』が人気だけど、いったいどうして? 他の国ではそうでもないのに」――と、韓国の人によく聞かれるが、理由はいろいろだろう。すぐに思いつくのは主役のヒョンビンの人気が他国よりも盤石であったこと。そしてもう一つは「北朝鮮」への関心の高さである。韓国をのぞいて、おそらく日本ほどメディアで北朝鮮がとりあげられ、よくも悪くも話題になる国は他にないだろう。
「私が見ていたら、夫の方がはまってしまって……」
こういう話をよく聞いたのは、過去には『宮廷女官チャングムの誓い』(2003年、MBC)の時だったっけ? イ・ビョンホン主演の連続ドラマ『IRIS-アイリス-』(2009年、KBS)も男性視聴者が多かったと思うが、あれは当時地上波の放送だったから「妻の影響」は少なかったような気がする。いずれにしろ「愛の不時着」が日本だけでダントツ人気となったのは、ネットフリックスでの中高年男性層の視聴の多さが影響しているだろう。
「あのドリフターズ的な北朝鮮兵のコメディはよかったよね」
そこが「ツボ」だったという世代の共感を、あちこちで耳にした。
ところで他国ではどうだったのか? 気になって調べてみたら、11月14日の韓国の新聞「朝鮮日報」電子版に2020年秋までのネットフリックスの上位ランキングに関する事が出ていたので、その元データとなっているフリックスパトロールのサイト(https://flixpatrol.com/)に入ってみた。
韓国の場合、テレビ部門で1位『賢い医師生活』、2位『秘密の森』、3位『サイコだけど大丈夫』と、10位まで全てが自国のドラマ。さらに台湾の場合も上位10本中9本が韓国ドラマで、その1位が「サイコでも大丈夫」である。以下、2位が「賢い医師生活」、3位が「鬼滅の刃」(これだけが例外で、4位以下も全て韓国ドラマ)。ちなみに日本は予想通り? 1位『愛の不時着』、2位『梨泰院クラス』、3位『鬼滅の刃』。ここでも「鬼滅」は孤軍奮闘中である。
で、今回取り上げるのは、その韓国で3位、台湾で1位となっている『サイコだけど大丈夫』(2020年、主演キム・スヒョン、tvN)である。「愛の不時着」が話題だった初夏の頃、日本のネットフリクッスのランキングでも時々「今日の1位」になっていた。
「へえ、そんなに人気なんだ! ならば見なければ」
そうして私自身も見て、はまって、驚いた。かれこれ30年ほど韓国ドラマを見続けてきたが、これは10本の指に入るかも? 1990年代には光州事件をテーマにした『モレシゲ』(1995年SBS)、2000年代には韓国の高度成長の闇を描いた『ジャイアント』(2010年 SBS)等々、本来は骨太の社会派作品が好きなのだが、なるほど今やその社会問題の中心が変わったのかもしれない。
「サイコ」というのは、もちろん「サイコパス」という意味である。もともとは精神医学分野での用語であり、映画作品などでは犯罪と結び付けられることも多い。ただ韓国で「サイコパス」という言葉は、もう少しソフトなイメージであり、特にこのドラマのタイトルのように「サイコ」と縮められた場合は、日常的にもよく使われる。例えば、誰かがちょっと変な行動をしたりすると、「あいつ、サイコじゃない?」みたいに。もちろん、決して褒めているわけじゃないのは、ドラマのタイトルが「~だけど大丈夫」となっていることからもわかる。
そうは言っても、最初にこのドラマを知った時、こんな過激なタイトルで大丈夫なのか? とは思った。しかも舞台は精神病院の閉鎖病棟だという。それでなくても、理解がされにくい精神医療分野にさらなる誤解をもたらすのではないかと。実際のところ「初回はドン引きだった」という感想も日本の友人から聞いた。でも、2話からよくなる。3話ではまる。9話で沼。ラブストーリー、ミステリー、ヒューマニズム、多様性。この作品を冠する形容詞はいろいろあるが、実はそれらが全て伏線のようにも感じている。私が見たこのドラマはずばり、「成長と治癒の物語」だった。
「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。