文化遺産「子連れ鑑賞」顛末記 第一回

ドイツの黒い森野外博物館が「遊び」に秘めたメッセージ

mina

異教の香り

梁と柱の交差部に掲げられ、キリストの聖画よりも目立つ位置にあるこの頭蓋骨について、正式な解説はない。ただ、その意味合いを考えるヒントが、博物館の他の建物にあった。

16世紀末に建てられた大型多層農家「ヒッペンゼッペンホフ」では、屋根の下に雄牛の頭蓋骨が吊るされていた。このミイラ化した頭蓋骨を、私は現地で確認することができなかったが、ガイドブックの写真で見るかぎり、黒々として、大きく開いた下あごに並ぶ歯の白さが生々しい。小さなツノのために小鬼のような相貌を見せて、まるで鬼瓦だ。かつてシュヴァルツヴァルト地方では家を新築した際、農場で最も強い動物を屠殺し、その頭蓋骨を吊るすことで、邪悪な力から家を守ろうと祈りを込める風習があった。現在の建築儀礼では動物を殺すことはなくなったが、頭蓋骨はこの名残とみられている。ウシやシカの頭蓋骨は、別の大型多層農家の棚のなかや、礼拝堂の祭壇の下からも見つかっている。

黒ずんで禍々しい雰囲気のウシに比べると、ツノの形状から大型のヤギかヒツジとみられるプレイエリアの頭蓋骨は漂白したように白く輝いて、インテリア的な美しさも感じさせる。動物の種類や、置かれた位置によって、意味合いが少しずつ異なる可能性はあるけれど、いずれにしても動物の頭蓋骨に「魔除け」に近い意味が含まれていたのは間違いないだろう。

屋根裏部屋のプレイエリアに掲げられた頭蓋骨。

動物の頭蓋骨に霊性を見いだした痕跡は、ヨーロッパだけでなく世界各地で発掘・発見されている。日本でもサルやオオカミ、ブタといった動物の頭蓋骨を、厩や天井裏、集落の入り口などに祀る習俗があった。そういえば、節分でひいらぎの枝に刺すのはイワシの頭だ。子どもの頃には祖母が続けていたはずの風習を、いつの間にか忘れてしまっていたことを思いだす。

古来、動物は人間にとって資源であると同時に、それ以上の存在でもあった。ときに奪った命の残骸を祀ることで、災厄を逃れる祈りを託した。今でも日本や世界では、祭事などで動物を殺めたり、酷使したりすることがあるけれど、「時代にそぐわない」という批判があり、縮小傾向にある。動物の「命」を媒介にした精神的な絆は、いつか忘れられ、歴史の中に埋もれるだろうか。世界各地で古い家の屋根裏を探索したら、頭蓋骨が続々と現れて、そのことを皆がようやく思い出す、という日がくるかもしれない。

一神教であるキリスト教が支配するドイツの農村において、自然信仰を思わせる頭蓋骨のようなシンボルは、「heathen(異教的)」とみなされる。外壁に掲げられたキリストの磔刑像や十字架のように、おおっぴらには表現されないけれど、生活の奥深くにひっそりと息づき、異なる文化圏とも通底していた「祈り」の記憶。プレイエリアの頭蓋骨は、その残照の一つだったと解釈できる。

森の迷路

『赤ずきんちゃん』『ヘンゼルとグレーテル』『白雪姫』。日本人にもおなじみのグリム童話に数多く登場する「森」は、危険と奇跡が隣り合わせで、人語を解する動物や魔女、小人といった不思議な存在が棲んでいる。

これらはフィクションだけれど、かつての森林は実際に、盗賊や脱獄囚などアウトサイダーのすみかであり、起こった事件のほとんどには、目撃者はいなかった。森から戻らなかった人の名前は農村の記憶に深く刻まれ、伝え残されたという。

神秘的で、畏怖の対象になってきた「森」のイメージは、しかし、テクノロジーの発展とともに変容しつつある。そのことを考えさせる仕掛けが、もう一つのプレイエリア「森の迷路」にあった。

「森の迷路」というと屋外にありそうだけれど、1608年に建てられた「ローレンツェンホフ」と呼ばれる大型多層農家のなかに、それはある。下層階が石造りになっていて、一部が「黒い森」の林業や鉱業について掘り下げる博物館と、プレイエリアに改装されている。

大型多層農家の内部にある「森の迷路」。丸太や柱の障害物がある。

いわば、ちょっとしたお化け屋敷の「森」バージョン。茂みをほうふつとさせるトンネルをくぐると一瞬、暗闇に出て不安に駆られる。木もれびのような怪しげな光が投影され、おそらく木の根や枝葉をイメージした障害物を乗り越えると、出口付近の壁に大きなシカとみられる動物のシルエットが映り、クライマックス。クリアするまで1分もかからない、擬似的な「森」だ。

3歳の次女は、最初こそ暗闇を怖がったが、簡単に突破できるとわかると、大喜びで「もういっかい!」と入口に駆け戻っていった。「森の迷路」を何周も楽しむ子どもの姿を横目で見遣りながら、大人は隣接する展示スペースで、狩猟・採集から始まる森と人間との関係性の変遷の歴史を、テキストを中心としたパネルで振り返ることができる。時おり、19世紀前半に出版されたグリム童話の挿絵と、意味深な言葉をはさむパネルがあり、読み進めると禅問答のような問いかけに出会った。

「おとぎ話の森は永遠に続くのか?」

闇が照らす「森」

「永遠に続くのか?」という問いに、私は「続かないだろう」と思った。「おとぎ話の森」は今、消えつつあるに違いない。GPSがあれば、光る石を使わずともヘンゼルたちのように迷うことはない。森林の道路は整備され、カーナビは目的地までの最短距離を教えてくれる。絵本のなかでさえ、森林の動物たちは仲良くカステラを分け合って食べている。暗闇で何が起こっているのか。どこまで続いているのか。説明できなかった「おとぎ話の森」は徐々に恐ろしさを削がれ、無害な遊び場として私たちの前に現れている。

19世紀前半の画家ルートヴィヒ・リヒターの「ヘンゼルとグレーテル」の版画イラストを添えた展示パネル。「幼少期の物語や経験が、生涯にわたる認識を作る」とドイツ語、英語、フランス語で書かれている。

それがいいとか悪いとか、展示のどこかに「答え」があるわけではない。ただ、どこか挑発的な問いかけは、博物館側の問題提起を示している。私たちは、かつてのように「森」に思いをはせる機会が減っているのではないか? 科学の光によって魔法が解き明かされた「森」は、現代の私たちにとってどんな存在だろうか? 災害や獣害、資源の枯渇、林業の衰退、環境問題といった、さまざまな現実的な問題の発生源。あるいはマイナスイオンいっぱいの癒しの施設。あるいは子どもの頃の思い出や、印象的な映画の舞台。あるいは……。

考えていると、隣接する「森の迷路」の意図が明らかになってきた。茂みと暗闇、木もれびの怪しい光彩、物語の始まりを予感させる動物のシルエット。これらは失われつつある「おとぎ話の森」へのオマージュだ。それはまた、昔に比べて得体の知れない奥深さを失った「森」に対して、想像力を喚起するための仕掛けでもあるのだろう。

ギザギザした木製のパネルで囲われた「森の迷路」は、やや稚拙な手作り感があり、人工的な光や影の演出は、「ありのまま」を保存する農村の野外博物館にはそぐわない気もする。子どもは怖がるというより、つかの間の冒険のまねごとを楽しんでおり、親が安心して子どもを遊ばせられる場所でなければいけないという限界も見られる。それでも、文化遺産の建物内という制約もあるなかで、かつての「おとぎ話の森」が持っていた暗闇への不安や、自然との精神的なつながりを体感してもらおうと、精一杯の力を込めて作ったのではないか。それが「森」への関心や愛着を育て、「森」を巡るさまざまな課題を考えるきっかけになることを願って。

その意図は決して、子どもだけに向けられているのではない。まして、「おとぎ話の森」がアイデンティティに深く関わるとされるドイツの人だけに向けられているのでもない。国土の4分の3を森林に覆われ、木造文化遺産や、森林を神域とみなす「木の文化」が根付く日本に暮らす私たちにも、強く訴えかけてくる。

長女はこの日の日記に「くらくてあたまをぶつけちゃった」と書いた。彼女にとって「森の迷路」は、黒い森野外博物館にある数多の見どころのなかの、楽しいプレイエリアに過ぎなかっただろう。現時点で、あの疑似的な「森」に一種の衝撃を受けたのは、頭をぶつけた娘よりも、私のほうだったかもしれない。そこで見たわずかな暗闇が、科学の光とは別の光源となって、「森」という存在を照らしてくれたように思う。いつか娘に聞いてみたい。「暗くて頭をぶつけた博物館、覚えている?」と。

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子どもはどこでも遊びたがる。それは「保存」を前提とする文化遺産でも例外ではない。人びとの大切な文化遺産で遊ぼうというのは、不遜な態度かもしれないけれど、そんな彼ら・彼女らの小さな目線に合わせることで見えるものもある。楽しみながら慎重に。親しみながら畏怖の念を持って。しばし、子連れ文化遺産鑑賞旅にお付き合いいただけたらと思う。

※文中の写真はすべて筆者が2025年4~8月に撮影

【参考文献】
『世界の野外博物館 環境との共生をめざして』(杉本尚次著、学芸出版社)
『黒い森のグリム ドイツ的なフォークロア〈普及版〉』(大野寿子著、郁文堂)

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プロフィール

mina

大手報道機関での事件記者を経て文化遺産に傾倒し、学芸員資格を取って文化部記者に。ビジネス系ウェブメディアで働きながらアートメディアや要約サービスに寄稿。2025年に研究者の夫に同行し、幼い娘2人を連れてヨーロッパ11カ国、350件以上の文化遺産を鑑賞する旅に出た。

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