プラスインタビュー

世界の人々を巻き込みアートを生み出す画家 ミヤザキケンスケが注目を集める理由 最終回

ミヤザキケンスケ・画家
ミヤザキケンスケ

 それまでは、ギャラリーでの個展やインスタレーションなど、さまざまな表現の一つに壁画があるにすぎなかった。でもこの頃から、壁画の可能性を強く感じ、壁画表現に注力し始める。

「ただ壁画を描くためには、個人的な作品も大事で、一人で制作する時間も作るようにしています。それは言うなれば、包丁を研ぐ時間、かな」

 そして次第に、周囲に協力者が現れ出す。

「2010年のケニアでは、後方支援として、イベントや準備を手伝ってくれるスタッフがいましたが、現地へ行ったのはぼく一人でした。一人だと、絵を描いているので、写真数枚を残すのがやっとで、経過や全容を伝えることが難しいんです。楽しかった、と一時的なものとして終わるのでは、自己満足に近いのではないかと。それで2015年には、カメラマンをはじめとしたスタッフを組織してケニアに行きました。そのときのメンバーがとてもよくて、今後もチームで何かやろうということになって、それが今につながっています。普段はそれぞれの専門分野で働いていて、プロジェクトのときだけ集まってくる、そういう仲間です」

 現在、月1回のミーティングで、夏のプロジェクトに向けての準備が進んでいる。

「プロジェクトメンバーは、ぼくより年上の方が多くて、ぼくは一応リーダーですが、実質はいじられ役というか(笑)。ミーティングでは、まずぼくがやりたいことを、ワーッと並べるんです。で、視野が狭くなっているところに、みなさんから適確なアドバイスや指導をいただいて、企画としてつめていきます」

 2018年の「Over the Wall」は、エクアドルの首都キトにある女性刑務所の塀に絵を描くプロジェクトを準備中だ。受刑者である母親とともに、ほかに頼る人のない乳児や幼児45名が、塀の中の施設に暮らしている。塀の外に出ることなく幼少期を過ごす子どもたちが少しでも明るい気持ちで生活できるような、「母と子の絆」をモチーフとした壁画を、受刑者母子と共に描く。また期間中に、絵画教室を開き、子どもたちに絵を描く楽しさを伝えたい、と考えている。

「ケニア、東ティモール、ウクライナと年を追うごとに、プロジェクトがステップアップしてきていて、エクアドルプロジェクトはますます面白いものになりそうです。ケニアと東ティモールは、プロジェクトとはいっても、渡航費、滞在費、材料代など、ほぼ自腹で行っていたのですが、ウクライナでは国際交流基金をはじめいろいろな支援をいただき、UNHCRとの共同プロジェクトだったおかげで、現地ではたくさんの取材を受け、活動について多くの人に伝えることができました。今、準備しているエクアドルプロジェクトは、刑務所内の壁に描くため、外からは見ることができませんが…」

今年はエクアドルの女性刑務所のこの塀に絵を描く予定

刑務所の塀に描く絵は、「ハチドリのひとしずく」というエクアドルの先住民に伝わる話をモチーフにし、受刑者の女性とその子供たちを花に描いていくという

 

 他にも、刑務所内だけでなく、キト市内の子どもたちへの絵画ワークショップや、帰国後の作品展示会、日本の子どもたちとの交流プログラムなどを予定しているという。

 勉強が苦手な自分から逃げ、兄姉と比べられる環境から逃げ、絵の道を選んだのちは、攻撃的な表現で自分のアートを取り繕った。ケニアで描いたドラゴンは恐怖で子どもたちを不登校に追い込み、ロンドンで描きためた絵は一枚も売れなかったし、NHKの番組では2メートル四方の絵20枚を5日間で仕上げるという“荒業”に挑み、満足に描き込むことができなかった…。
 一方で、逃げながらも進むことを止めず、なかなか認められなくても絵を描くことを止めず、佐賀から、ベルギー、ロンドン、ケニア、震災直後の東北へ……体一つで飛び込み、知らない土地や人びと交流するうちに、自分の表現と、本当にやりたいことを見つけた。

「『表現とは何か』を突き詰めることはつまり、『自分は何者か』を突き詰めること」

 とミヤザキは言う。がむしゃらに進み続けたミヤザキの、新しい物語がまもなく幕を開ける。

「自分に自信があるわけではないからこそ、他の才能あるアーティストたちとどうわたり合うか考えたときに、ぼくには行動力しかないと思っているんです。10回でダメなら20回いく、100回でダメなら200回いく。あるいは一番やりたいこと、辿り着きたい場所をダメ元で目指して、うまく行かなければ「ナイス、トライ!」って自分を慰める(笑)。それがぼくの信念です」

 ミヤザキは今年40歳になる。

「20代の頃の妄想の中では、40歳のぼくは、押しも押されもせぬアーティストになっているはずだったんですが(笑)、実際に40歳になってみたら、個人的にも社会的にも、まだまだ発展途上。むしろプロジェクトの本当の始まりはここからで、あと十年でどんなことができるんだろうと、これから10年が今まで以上に楽しそうで、ワクワクしているところです」

  取材・文/角南範子 写真/Over the Wall

エクアドル壁画プロジェクトに関しては、現在、クラウドファンディングを実施中です。

詳しくは以下のURLまで。

https://www.kickstarter.com/projects/overthewall/over-the-wall-world-mural-project-in-ecuador-2018?ref=card

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プロフィール

ミヤザキケンスケ

1978年佐賀市生まれ。筑波大学修士課程芸術研究科を修了後、ロンドンへ渡りアート制作を開始。「Supper Happy」をテーマに、見た瞬間に幸せになれる作品制作を行っている。2006年から始めたケニア壁画プロジェクトでは、100万人が住むといわれるキベラスラムの学校に壁画を描き、現地の人々と共同で作品を制作するスタイルが注目される。現在世界中で壁画を残す活動「 Over the Wall 」を主催し、2016年は東ティモールの国立病院、2017年はUNHCR協力のもと、ウクライナのマリウポリ市に国内難民のための壁画を制作した。2018年はエクアドルの女性刑務所で制作予定。

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