――隠れていた栗城さんの「人間的な弱さ」が見えてきて、いとおしく感じるようになったのですね。
河野 栗城さんが垣間見せた調子の良さや、弱さやずるさは、決して彼だけのものではなく、僕の中にもあるものです。
僕自身も20代後半というのは、それなりに仕事もできるようになってきた頃でした。テレビの世界で小さな賞をもらったこともあったんですが、そうやってちょっと成功すると天狗になったりするんですよね。いま考えるとバカなことですけど。
上り調子な時の彼を取材したので、生意気さが前面に出てくるのは仕方がなかったんだろうな、と振り返れば思います。僕がもっと大人になって、忍耐強く付き合っていれば良かったのかな。彼の人生を辿り直しながら、当時彼の人間性の深いところまで踏み込めずに、あっさり取材を辞めてしまったことをちょっと悔やみましたね。
「エベレストに単独無酸素で登頂!」「夢の共有!」と言っていた当時の彼は、本音で絶対に登れると信じてやっていたと思います。まだエベレストの本当の大きさを知らない段階だったとはいえ、自信もあったと思うんですよね。それが、だんだん登れなくなってしまった。何度も跳ね返されることが続いてしまった。
そんな苦しみや悲しみ、そして人生のほろ苦さというのか。テレビドキュメンタリーで取材したころには伝わってこなかった、彼の一面が見えてきた。それを、栗城さんの人生を追うことですくい上げることができたのが、本書の取材を通して一番の収穫でした。
今になって言うのは遅いでしょうが、そんな栗城さんが見せる弱さを追いながら、ドキュメンタリーとして、彼が指をなくして、気力体力が衰える中で、本当に麻薬のような承認欲求に駆られてエベレストに挑み続ける姿っていうのを描きたかったですね。そういう元気をなくした時の彼にこそ、学ぶべき何らかの教訓があったような気がして。こんなことを言うのは故人に対して良くないかもしれませんが。
プロフィール
1963年愛媛県生まれ。北海道大学法学部卒業。1987年北海道放送入社。ディレクターとして、数々のドキュメンタリー、ドラマ、情報番組などを制作。高校中退者や不登校の生徒を受け入れる北星学園余市高校を取材したシリーズ番組(『学校とは何か?』〈放送文化基金賞本賞〉、『ツッパリ教師の卒業式』〈日本民間放送連盟賞〉など)を担当。著書に『よみがえる高校』(集英社)、『北緯43度の雪 もうひとつの中国とオリンピック』(小学館、第18回小学館ノンフィクション大賞、第23回ミズノスポーツライター賞優秀賞)など。『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』で第18回開高健ノンフィクション賞を受賞。