調査報道を支えるのは「熱量」か、「持久力」か
横山 ところで、市川さんは今回の福祉ビジネスを取材されていた当時、社内ではどういったお立場で動かれていたのですか?
市川 幸いなことに、私は調査報道を専門とする特別報道室という部署の編集委員でした。ですから、一定の裁量権を持って自分のペースで動くことができましたね。それ以前に厚労省の担当記者だった頃は、政策の動向を追う日々のストレートニュースをスピード重視で追いかけていましたが、そこから離れて調査報道に専念できる環境にあったのは大きいです。
横山 これだけ重厚なテーマを息長く追い続けるには、十分な時間と個人の裁量がなければ絶対に不可能ですよね。
市川 その通りですね。その意味では非常に恵まれた環境で取材をさせてもらったと感謝しています。今はメディア業界全体が厳しい局面にありますが、私はやはり地方紙に踏ん張ってほしいと思っています。これは共同通信と加盟地方紙という業界内の関係性から言っているわけではありません。
アメリカで地方紙の衰退によって地域報道が消滅する「ニュース砂漠」が広がった結果、自治体への監視機能が失われ、社会の緊張感が損なわれておかしな方向へ進んでしまった事例があります。だからこそ、記者が自分の足で現場へ赴き、実際に体験して書くという営みは絶対に手放してはいけないと思うのです。「わざわざ現地へ行かなくても仕上がる記事は同じだろう」と言う人もいるかもしれませんが、それは絶対に違う。現場に足を運んでこそ初めて見えてくるものが確実にあるはずです。
横山 本当にそうですね。次世代を育てるための投資を惜しみ、現場の力を先細りさせていく構造は、メディア企業だけでなく、今の行政や日本社会全体にそのまま通底している問題ですよね。
市川 同感です。そんな逆風の中でも、横山さんが連載をやり切れた背景には、現場を守る上司の存在があったわけですね。
横山 当時の福島での取材に関して言えば、直属のデスクが内外の面倒な調整や干渉から完全に守ってくれたのは本当にありがたかったです。「予算と時間と紙面は俺が責任を持って確保してやる」と矢面に立ってくれました。組織の上層部が本来果たすべき役割というのは、まさにそうやって防波堤となり、現場に自由な取材環境を用意することではないかと。私は本当に会社の同僚や上司に恵まれてきた、と振り返って思います。

検証・大川小事故」は2018年度新聞協会賞受賞。自ら中心となって取材執筆した「『企業版ふるさと納税』の寄付金還流疑惑に関する一連の報道」は第29回新聞労連ジャーナリズム大賞を受賞し、その書籍化『過疎ビジネス』はベストセラーに。
横山 ところで、『障害者福祉ビジネス』の取材は、チーム体制で動かれた部分も多かったのでしょうか。
市川 他の記者と連携した局面も一部にはありましたが、基本的には大半を私一人で取材しました。
横山 えっ、あれだけの物量をほぼお一人で……。いや、驚きましたね。単独取材とチーム取材にはそれぞれ良し悪しがあると思いますが、一人だけであれだけのテーマを掘り下げるのって、途方もなく大変ですよ。市川さんは、チームで動くのか一人で切り込むのか、どういう基準で判断されてきたのですか。
市川 問題意識を共有できて、「こいつと一緒なら深く切り込める」と確信できる相手であれば、もちろん共同で取材します。ただ、私が所属していた調査報道の部署は人員も限られていましたし、記者それぞれが独自のテーマや問題意識を抱えて動いていました。記者という生き物は、他人に言われてやらされる取材を一番嫌がりますよね。
横山 わかります。絶対嫌ですよね(笑)。
市川 ですから、「これは私自身の問題意識であって、相手はそこまで強い関心を持っていないかもしれない」というテーマに、無理やり「一緒にやってくれ」と巻き込むようなことはしたくなかった、という面もあります。それに、あまり関心がないのに「市川に言われたから付き合いでやる」という温度感で入られても、いい記事にはなりませんしね。それならば、各自が自分自身の問題意識を突き詰めたほうがいい、と考えてしまいますね。
横山 一人だけで取材を進める場合、最大の難点は「息切れ」してしまうことではないでしょうか。乾電池に例えるなら、単独取材は「直列つなぎ」のようなもので、電圧は一気に跳ね上がって突破力は出るものの、電池の消耗が激しくてすぐに燃え尽きてしまう。市川さんは、どうして一人でそこまで取材を抱えながら、息切れせずに走り続けられたのですか。
市川 そういわれてみると、たしかに昔から「市川って本当にへこたれないな」とよく言われましたし、自分でもそういうタイプなのかなと感じてたりはしたんですが。まぁ、頭のスペックが特別優れているわけではありませんが、耐久力や持久力だけはあるんだなと(笑)。なかなか精神的にも肉体的にもすり減らないというか、へこたれない。そこが自分の強みだと思っています。
横山 まさに「ネバー・ギブ・アップ」ですね。タフさが桁違いだ。
市川 いやいや。ただ、かつて厚生労働省の記者クラブにいた頃も、朝から晩まで取材が続いて深夜になって先輩が「もう限界だ」と引き上げていく中で、私だけはまだ平気で仕事ができていました。翌朝になっても同じペースで取材を再開できる。そういう特性があるのかもしれません。
横山 まさにマラソンランナーのような圧倒的な持久力ですね。先ほどの電池の例えで言えば、複数の記者で「並列つなぎ」を組めば、爆発的な電圧は出ないにしても、長期間にわたって安定した力を維持できますよね。物事を長く継続して追究していくこと自体にも大きな意義があるはずです。
我が身に置き換えると、最後まで一人で突っ走ってしまったからこそ、個人の限界に直面したのではないか、と自省する部分もあります。
市川 私自身も「他の記者と一緒に取材を広げたほうがいいのではないか」と迷うことはありましたよ。ただ、先ほどもお話ししたように、同じ熱量で問題意識を共有できる記者でなければチームを組む意味が薄れてしまいますからね。
横山 確かに、記者が当事者としての強い熱量を持っていなければ、こういう調査報道はやり切れませんよね。実際、『過疎ビジネス』を出した後、東北だけでなく全国各地から「実はうちの町でもまったく同じことが起きている」という反響や情報提供が次々に寄せられました。おそらく市川さんのところにも同じような声が届いていると思いますが、水面下で同じ病理を抱えている現場は、私たちが書いた場所以外にも無数にあるはずです。
市川 本当にそうです。私のところにも、本を読んだ全国の支援者や現場スタッフから、今も声が届いています。私たちが書いた事例は決して特殊な例外ではなく、全国で静かに進行している事態の氷山の一角にすぎません。表に出ていないだけで、同じように食いものにされている命や現場がまだまだ埋もれているはずです。
横山 ええ。だからこそ、今日こうして市川さんとお話しできて、地方創生と福祉という一見異なる分野でありながら、根底にある「制度のハック」や「公金の収奪」、そして現場へのツケ回しという構造が驚くほど共通しているのだと再確認できました。
市川 こちらこそ、地方の現場で孤軍奮闘しながら事実を掘り起こしてきた横山さんの生の葛藤や、記者としての矜持を直接伺うことができて、大きな刺激をいただきました。お互いに向き合っている問題の根は深く、一筋縄ではいかない現実ばかりですが、それぞれの持ち場で事実を記録し、世に問い続けていく意義を改めて実感しました。本日は本当にありがとうございました。
横山 ありがとうございました。

プロフィール

市川亨(いちかわ とおる)
1972年山梨県生まれ。共同通信記者。慶応義塾大学文学部卒業後、1996年共同通信社入社。地方支局を経て、厚生労働省キャップ、ロンドン特派員、生活報道部編集委員などを務める。社会保障分野に関する取材を約20年間続け、ホスピス型住宅と訪問看護の不正に関する調査報道で2025年度日本医学ジャーナリスト協会優秀賞。
横山勲(よこやま つとむ)
1988年、青森県出身。河北新報編集部記者。執筆に加わった連載「止まった刻
検証・大川小事故」は2018年度新聞協会賞受賞。自ら中心となって取材執筆した「『企業版ふるさと納税』の寄付金還流疑惑に関する一連の報道」は第29回新聞労連ジャーナリズム大賞を受賞し、その書籍化『過疎ビジネス』はベストセラーに。
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