対談

当事者と語る虐待と自殺【後編】

渋井哲也×小林エリコ『子どもの自殺はなぜ増え続けているのか』対談
渋井哲也×小林エリコ

フレッシュだった「死にたい」気持ちが薄れてきた理由

渋井 エリコさんは4回自殺未遂をされて、24時間死にたかったという状態から、いまは「うっすら死にたい」という状態まで回復されたそうですが、そこまで回復するキッカケというかポイントはあったんですか?

小林 単純に年を取ってきたというのはあります。若い時は「死にたい」って気持ちがフレッシュなんですよね。死に損なって、年を取ってきたことによって、いろんな感覚が鈍ってきて、死にたい気持ちが薄くなってきたというのはあります。

渋井 死にたい気持ちをダイレクトに感じにくくなってきたんでしょうか。

小林 ブラック編プロで働いていた20歳のときに最初の自殺未遂をしたんですけど、そのあとはリーマンショックなどもあって、社会復帰ができなかったんです。だから働きたくても働けないという期間が10年くらいありました。

それから30歳のときに通院しているクリニックの勧めで、実家を出て親の仕送りで一人暮らしを始めました。クリニックが就労支援をしてくれるはずだったのですが、何もしてくれず、親が定年を迎えて仕送りが出来なくなり、クリニックのスタッフに相談したら生活保護を受ければいいと言われて、そのまま役所に行きました。生活保護をすんなり受けられたのは良かったのですが、クリニックのデイケアしか行く場所がありませんでした。その間、自殺未遂をしてしまって、デイケアを出入り禁止になり、行く場所がなくなってしまい、朝起きた瞬間から「早く夜になればいいのに」と思ってました。

その後、35歳くらいからNPO法人で働き始めてからすごく具合がよくなりました。社会と関われる、居場所があるというのは大きいですね。仕事に行って、やるべきことがあって、人と関われて、なおかつお金ももらえて……というので、どんどんよくなりました。私には仕事が必要だったんですね。

でも逆にいうと、仕事で精神を病んでもいるので、まっとうな、最低限の生活ができるくらいの給料がもらえるということも大切ですね。

子どもたちと同じ世界にいるためにできること

渋井 エリコさんは社会との適度な関わりによって回復されたんですね。トー横にいる子も、能登にボランティアに行って、現地の人が笑顔になったのを見て、また行ってみようと思う子もいたようです

小林 そういうケースもあるんですね。一方で、親がちゃんと守ってくれない弱者である子どもたちを「悪い大人」がいいように使っているという場合もあるじゃないですか。

渋井 そうですね。ただ、はたから見て「悪い大人」でも子どもたちにとっては「いい大人」の場合もあるんです。道徳的な大人って、トー横の子たちは嫌いなんですよね。

小林 たしかに、一緒にタバコ吸ってお酒飲んで「お前の気持ちわかるよ」と言ってくれる悪い大人が、その子たちにとっては一番いい大人ですよね。『子どもの自殺はなぜ増え続けているのか』にも、「子どもたちと同じゲームをプレイしないと、同じ世界にはいられない」と書かれていました。

渋井 本には同じゲームをしないとって書いたんですけど、本当は「一緒に悪いことをしないと」って書きたかったんです。

小林 本当につらい気持ちを共有するには、そのくらいのことをしないとわからないですよね。そうやって子どもの気持ちを理解したいと思っている人もたくさんいる。今日はありがとうございました。

渋井 ありがとうございました。

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子どもの自殺はなぜ増え続けているのか

プロフィール

渋井哲也

(しぶい てつや)

1969年、栃木県生まれ。フリーライター、ノンフィクション作家。東洋⼤学⼤学院⽂学研究科教育学専攻博⼠前期課程修了。教育学修⼠。日本自殺予防学会メディア表現支援委員会委員。若者の⽣きづらさなどをテーマに取材・執筆を行う。著書に『ルポ自殺』(河出新書)、『ルポ 座間9人殺害事件』(光文社新書)、『ルポ 平成ネット犯罪』(ちくま新書)、『実録・闇サイト事件簿』(幻冬舎新書)など。

小林エリコ

(こばやし えりこ)

1977年、茨城県生まれ。短大卒業後、エロ漫画雑誌の編集に携わるも自殺を図り退職、のちに精神障害者手帳を取得。現在は通院を続けながら、東京大学経済学部・大学院経済学研究科にて特任専門職員として勤務。著書に『この地獄を生きるのだ』(イースト・プレス)、『私がフェミニズムを知らなかった頃』(晶文社)、『家族、捨ててもいいですか?』(大和書房)、『私たち、まだ人生を1回も生き切っていないのに』(幻冬舎)など。

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