日本はなぜ、世界とは逆に「都市の森」を減らし続けているのだろうか?世論調査では都民の7割が反対、23万人以上が計画見直しを求め署名し、音楽家の坂本龍一氏や作家の村上春樹氏、サザンオールスターズの桑田佳祐氏など数々の著名人が声をあげながらも、樹木伐採が強行されている神宮外苑の現場からその理由を考える。
「神宮外苑再開発計画」とは何だったか
まずはじめに、神宮外苑再開発計画とは何だったか振り返っておこう。
明治神宮外苑は、東京都の新宿区と港区にまたがって広がる、都市計画公園に指定されている「公園」である。東京オリンピック・パラリンピックのメインスタジアムとなった国立競技場(MUFGスタジアム)があり、ヤクルトスワローズが本拠地とする明治神宮野球場があり、東のラグビーの聖地とされる秩父宮ラグビー場など多くのスポーツ施設がある。
神宮外苑はまた「神苑(しんえん)」でもある。原宿駅のすぐ傍にある明治神宮内苑とともに、今からちょうど100年前の1926年に、明治天皇と皇后の昭憲皇太后の遺徳を伝える神社の庭園として造営された。伊勢神宮の内宮と外宮のように、明治神宮は内苑と外苑で構成される。
神宮外苑は多くの木が植えられている「緑地」でもある。明治神宮の内苑と外苑には、国内外から多くの献木が届けられ、全国から集まった青年団などの勤労奉仕によって植えられた。

神宮外苑が「森」であるか否かは主観的な判断で議論が分かれるところだが、私の住む新宿区は基本計画で「七つの都市の森」のひとつと位置づけている。本稿でいう都市の緑のネットワーク=「アーバン・フォレスト(都市の森)」を構成する緑地であることは間違いないだろう。
この神宮外苑で2023年に着工したのが「神宮外苑再開発計画」である。事業者は三井不動産株式会社を代表とし、伊藤忠商事株式会社、独立行政法人日本スポーツ振興センター、宗教法人明治神宮の4社。計画の根幹をなすのが、「老朽化」しているとされる神宮球場と秩父宮ラグビー場の場所を入れ替えて、建て替えるというものである。なぜわざわざ場所を入れ替えるかというと、建て替え中も事業を継続するため――つまり、それぞれのスポーツ施設が使えなくなる期間をなくすためであると説明される。
また、スポーツ施設の建て替えだけでなく、高さ約190mの「事務所棟」、高さ約185mの「複合棟A」、高さ約80mの「複合棟B」の計3棟の高層ビルも建設される。
樹木に関しては、高さ3m以上の高木1904本のうち3割超の619本が再開発のために伐採され、242本が移植される。その代わりに新たに小さな木が植えられ、再開発終了時には本数だけみると樹木は2304本に増える。世界的に用いられている緑化指標である木陰の比率(樹冠被覆率)が、再開発の前後でどう変化するかについて事業者は「算出しておらず、今後算出する予定もない」という。
この再開発に関しては、大きな反対の声が巻き起こった。毎日新聞が2024年6月に行った世論調査では、「賛成」と「どちらかといえば賛成」は27%、「反対」と「どちらかといえば反対」は71%と7割が反対だった。また、再開発計画の見直しを求めるオンライン署名は23万筆を超えている。

この反対世論が高まる大きなきっかけとなったのが、音楽家の坂本龍一氏が亡くなるひと月前に計画見直しを求める手紙を、東京都の小池百合子都知事などに宛て出していたことだ。
東京都都知事 小池百合子様
突然のお手紙、失礼します。
私は音楽家の坂本龍一です。神宮外苑の再開発について私の考えをお伝えしたく筆をとりました。どうかご一読ください。
率直に言って、目の前の経済的利益のために先人が100年をかけて守り育ててきた貴重な神宮の樹々を犠牲にすべきではありません。これらの樹々はどんな人にも恩恵をもたらしますが、開発によって恩恵を得るのは一握りの富裕層にしか過ぎません。この樹々は一度失ったら二度と取り戻すことができない自然です。
私が住むニューヨークでは、2007年、当時のブルームバーグ市長が市内に100万本の木を植えるというプロジェクトをスタートさせました。環境面や心の健康への配慮、社会正義、そして何より未来のためであるとの目標をかかげてのこと、慧眼です。NY市に追随するように、ボストンや LA などのアメリカの大都市や中規模都市でも植林キャンペーンが進んでいます。
いま世界は SDGs を推進していますが、神宮外苑の開発はとても持続可能なものとは言えません。持続可能であらんとするなら、これらの樹々を私たちが未来の子供達へと手渡せるよう、現在進められている神宮外苑地区再開発計画を中断し、計画を見直すべきです。東京を「都市と自然の聖地」と位置づけ、そのゴールに向け政治主導をすることこそ、世界の称賛を得るのではないでしょうか。そして、神宮外苑を未来永劫守るためにも、むしろこの機会に神宮外苑を日本の名勝として指定していただくことを謹んでお願いしたく存じます。
あなたのリーダーシップに期待します。
2023年2月24日 坂本龍一
(※小池百合子東京都知事へ宛てた手紙。同様の陳情書が新宿区長、港区長、文部科学大臣、文化庁長官宛に送られたが新宿区長以外からの返信は未だにない)
坂本氏の手紙がテレビ・新聞などで大きく報道されると、神宮外苑再開発に反対する声は急速に拡大した。私はすでに神宮外苑でのゴミ拾いなどの活動を始めていたが、ゴミ拾いへの参加者も急に増え、関心の高まりを感じた。
私は神宮外苑のある新宿区に暮らす地域住民として、再開発の住民説明会に参加してきた。また、新宿区が行った風致地区である神宮外苑の樹木伐採許可に対して、取り消しを求める訴訟の原告団(82名)の団長も務めている。

このように地域住民――問題の当事者として関わってきた神宮外苑再開発だが、これは日本で「都市の森」が減少していく複数の要因をはらんでいると考えている。神宮外苑を手本としたような再開発が全国各地で生まれてきている、といえるかもしれない。多くの反対があるにも関わらず樹木伐採が進行する神宮外苑の事例を知ることは、なぜ日本で「都市の森」が減少しているかを知る大きな手掛かりとなるだろう。
プロフィール

(おおさわ さとる)
テレビ東京で「WBS(ワールド・ビジネス・サテライト)」など報道番組の記者・ディレクターを担当。現在はジャーナリストとして活動。明治神宮外苑の再開発に近隣住民として反対し、新宿区に対する樹木伐採許可取り下げ訴訟の原告団長を務める。X(旧Twitter)フォロワー3.9万人「ミド建築・都市観測所」(https://x.com/Mid_observatory)を運営。早稲田大学第二文学部卒、京都大学公共政策大学院卒。1983年生まれ。
大澤暁





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