対談

現代人はなぜ、かくもお金に振り回されるのか?

『歴史から学ぶ 相続の考え方』発売記念 神山敏夫×森永卓郎 対談
神山敏夫×森永卓郎

財産10億円の壁とは何か

森永 相続における争いは、結局、財産の取り合いですよね。人間はなぜお金にこんなにも執着するのか。わたしの経験から言うと、10億円くらいのところに確実なラインがあって、それを超えるとお金中毒にかかってしまう感じがします。
 ザックリ言って10億円あったら子どもの代まで遊んで暮らせる金額なので、それ以上の金は要らないはずなのに、わたしが見てきた人たちは、それを増やそうとするんです。10億を20億、50億、100億円と増やそうとする。増えることでしか幸福を感じられなくなるんですね。少しでも減ると不安になってしまう……。だからお金が、普通に暮らすための道具であるうちは問題ないのですが、お金自体が目的になると人間おかしくなってしまう。

神山 友達同士がお互い会社を起業した。起業した目的は、どうやって世の中の役に立つかだったのに、いつの間にか相手がどれくらい規模を拡大したか、どれくらい金を貯めたか、そういうことばかりが気になって、最初の目的を忘れてしまうというケースを見てきました。確かにお金に振り回される人はいますね。

森永 たぶん、「何をしたら自分は幸せなのか」ということがわからないと、お金で争ってしまうのだろうなと思いますね。
 たとえば、芸能界で成功した人は、ほとんどが東京に住みます。港区や世田谷に家を買ったりで、埼玉に住んでいる人なんてあまりいません。

神山 東京にこだわるのはなぜなんでしょうか。

森永 どうしたら幸せになれるかよりも、世田谷に豪邸を建てること自体が目標で、それが実現できていること、他人から見て「すごい」「うらやましい」と思われることが大事だと思ってしまうのではないでしょうか。 
 埼玉にあるうちの家なんか築30ウン年ですけど、すぐ近くに畑を借りて楽しくやっていますよ。大地震の時、ハザードマップによると、都心周辺部は火の海になるらしい。コンビニのおにぎりやお弁当を作る工場は、都心から50キロくらい離れた圏央道あたりにあるので、交通が遮断されると東京は食料の入手が困難になる。そこいくと森永家の場合は、備蓄も十分にできるし、なによりわが家の畑へ行けば、イモでも野菜でもいくらでもあるので飢え死にすることは無い。

神山 災害時、食糧と水が第一ですからね。

森永 だけどじゃあ埼玉に家買いますかというとだれも買わない。群馬になるともっと買わない(笑)。

30億円の遺産を100万円単位で争う滑稽さ

森永 いま、温暖化とか環境破壊とか、地球が危なくなってきているのも、自分で物を作らなくなっているからではないかと思います。みんな高度な経済システムに支えられていて、そこで万能の力を発揮するのがお金なんです。そういう社会になってくればくるほど、お金を巡る争いが激しくなってくる。
 最近、わたしは自産自消という考えに至りました。自分で作って自分で消費する。食べ物も自分でつくり、太陽光パネルで電気もつくる。水は井戸を掘ろうと思って業者に調べてもらったら、ここは高台なので100メートル掘っても水は出ませんと言われ断念せざるを得ませんでしたが(笑)。一応、雨水を浄化して飲めるようにする装置はあるので飲み水にも困らない。だから正直、大金はいらないんですよ。

神山 要するに必要最低限の生活はできるということですね。

森永 そうです。生きていく上で、実はお金はそんなには必要ないんですよ。まして、相続で入ってくる金というのは、しょせんあぶく銭じゃないですか。そこで1円でも多く取ろうというのはなんなのかなと思いますけどね。

神山 それで思い出すのは、兄弟が父親の土地を相続した例です。30億円の価値の土地の中央に道があって、道のどちら側を誰が相続するかという話になった。時価を調べたら100万円くらいの差があったんですが、その100万円をめぐって、兄弟は2か月も3か月も争っているんです。相手より多く取ることが目的になって冷静さが無くなり、兄弟の縁をダメにしてしまっているんですよね。
 このあぶく銭に対して1円でも多く取ろうというのは、根底に肉親間での感情的ななにかがあるのではないかと思います。相続の金額は、最終的に全部経済価値に換算して財産目録をつくります。しかし、本来そこに載っていない物もあるのです。目に見えない数値化できない価値です。私は一般の方にも、見える価値と見えない価値という視点をもっていただきたいと思います。見えない価値は見ようと意識しなければ見えません。同じものでも見える人と見えない人がいます。

森永 うちの場合、父が亡くなった11年前は、介護した貢献は明確には認められていませんでした。それがある程度認められるようになったのは、少しずつはよくなってきたのかなという気はしますね。

神山 奥様は介護ではご苦労なさったと思いますが、そういうことは報われないですね。森永先生の場合はご兄弟で相続ではもめなかったそうですが、普通はそうならないんですよ。そこがなんとかならないかなあと思うんですけど。

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プロフィール

神山敏夫

(かみやま としお)

1941年、東京生まれ。中央大学在学中に会計士補開業登録。1969年に公認会計士及び税理士登録。大手監査法人で上場会社の監査、中堅企業の株式公開支援、中小企業の事業継承や経営相談などに従事。東京家庭裁判所調停委員として20年にわたり奉職。公認会計士試験委員をはじめ、各省の委員会委員に任命される。郵政民営化に当たって検討委員会委員を務める。オイスカ、警察協会、日本相撲協会等の監事、日本公認会計士協会監事、中央大学評議員などを歴任。

森永卓郎

(もりなが たくろう)

1957年、東京都生まれ。東京大学経済学部経済学科卒業。日本専売公社、日本経済研究センター、経済企画庁に勤めた後、1991年より三和総合研究所を経て、2006年より獨協大学経済学部教授を務める。専門分野はマクロ経済学、労働経済学。2003年の『年収300万円時代を生き抜く経済学』が大ベストセラーに。他に『長生き地獄』(角川新書)『森永卓郎の「マイクロ農業」のすすめ:都会を飛び出し、「自産自消」で豊かに暮らす』(農山漁村文化協会)など多数。

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