自産自消、地産地消、国産国消という考え方
森永 もう一つ、現在の相続でものすごくおかしいと思うことがあります。3年前に家の近くの耕作放棄地を借りて、クワ1本で開拓して農作物を作っていたんです。そうしたら、そこを貸してくれていたご主人が亡くなってしまった。都市近郊農地ってとてつもない税金がかかってくるんですね。そのため、わたしが耕していた土地は全部税務署にもっていかれてしまいました。
神山 物納ですね。
森永 物納ではなくて売却して納めたらしいのですが。そういう土地は災害時の避難場所になるとか、食糧を生産できるとか、社会的にすごく価値のある土地だと思うのです。しかし、所有者が亡くなると全部売却されて、瞬く間に建売住宅が並んでいく。うちが引っ越してきたときは東側と北側には人家は一軒もありませんでした。それがこの30年で周囲は家だらけになってしまいました。いま新しい畑を借りているのですが、当面のわたしの一番の願いは、相続がおきないでくれということです(笑)。
神山 農耕地は評価が低いんです。宅地と違うから。そのために、ほとんど耕作はしないけれど農地のままにしている方もいらっしゃるんですね。そういう形で農地が残っているケースもあるだろうと思います。
森永 生産緑地に指定しておけばよかったんでしょうが、わたしが最初に借りた畑はなにも対策していなかったんですよ。だから住宅地としてドーンと相続税がかかったんですね。
神山 ところで、森永先生には『増補版 年収300万時代を生き抜く経済学』(ゴマブックス)や『年収200万円でもたのしく暮らせます』(PHPビジネス新書)などの著作がありますね。そこでおうかがいしたいのですが、200万、300万で生活できるということは、自分で食料などを生産して、他からあまり物を買わないということが前提になっているのですか。
森永 まず、先ほども言った自産自消。自分で作れる物は自分で作る。次が地産地消で、地域で調達できる物はできるだけ地域で調達する。それでも足りない物は国の中でなんとかする国産国消と言っているんです。その3種類の生活をやって、それでも足りない物だけを海外からもってきましょうという考え方です。そうすると暮らしも心も安定するんですね。
いまウクライナで戦争が起きている。円安も関係しますが、食料品や石油の値段がバンバン上がり、もしかしたら調達できなくなるかもしれない。それは海外への依存度が高いからです。そういう経済をグローバル資本主義と言って、この40年間そっちの方へ走っていった。わたしは、それがちょっと行き過ぎたという気がしています。
そこでわたしはグローバル経済と反対の生活はできないものだろうかということで、この2年間、一人実験をやってきたのです。でもいま耕作している畑が無くなってしまったら、つぎは電車で30分くらい行ったところの土地もいいかなと考えています。そこは、畑と家と裏山がセットで1000万円しないで買えるんですよ。裏山を間伐して薪を作れば冬の暖房がまかなえる。いまよりもっと豊かな生活ができます。しかし、いまの家は、焚火をやっていたら消防車を呼ばれたというような環境なので、もうちょっと昔ながらの日本人がやってきたような暮らしができるといいのですが。
一人実験を始めた結論を言うと、30坪あれば自分ひとりが食べる分は十分に自給できます。今年(2022年)はスイカをたくさんつくりたかったので、耕地面積を60坪に増やしたら、毎日の草刈りが追い付かなくなって草ボウボウになってしまった。いま毎日草刈りやっています。農業をやっていますというより草刈り業ですという方が的確な表現ですね(笑)。この間、プロの農家の人と話したら、60坪を人力だけで一人で耕すのはプロでも無理だと言っていました。
新しいライフスタイルに制度が追いついていない
森永 最初は土地を買おうとも思ったのですが、いまは無償で土地を借りています。自分で土地を所有していれば、借りていた土地の持ち主が死んでも相続で取られることは無い。ところが、これは自治体によって違うんですが、基本は農業専業で就業しなければいけないというのと、1000坪以上でないと農業委員会が取引を認めない、という二つの縛りがあったので買うのはあきらめました。わたしの場合は30坪あればいいわけで、1000坪なんていらない。新しいライフスタイルに制度が追いついていない現状を知りました。
自分で電気も食料も作って、井戸で水を汲んで、冬場は薪ストーブで暮らせば温室効果ガスの排出も実質ゼロなんですよ。だから地球にも優しいのですが、政策を作っているお役人は都会の人ばかりなので、そういうことを言ってもまったく受け付けないんですよ。
神山 森永先生のお話をお聞きしていると、お金という人間が作り上げたバーチャルな世界と、自然という人間が作っていないリアルな生活の間をうまく行き来している感じですね。
森永 そうなんです。数年前に金融庁が言い出した「老後2000万円問題」がありましたよね。本当に問題なのは2000万円があるかないかではなく、何をして楽しんで暮らしを成り立たせるか。その方がずっと重要だと思っています。
わたしは5年前に群馬県で農作物の作り方を教えてもらって2年間トレーニングをやりました。その基礎があったので自宅近くの畑もできたのですが、そうでなくても農作物を栽培する場所を確保し、野菜やイモ、果物を作って生きていく力をつければ、2000万という莫大なお金は必要ありません。
神山 都会に住む人はその発想がまったくないわけですよね。都会に住んでいた若い人たちの中にはUターンやIターンして田舎に移り住み、畑仕事をしながら生活しようとする方もいらっしゃいますが、まだまだほとんどの人は、都会の暮らしがいいと思っている。
森永 若い人は最低賃金で働いていて、そのために昼夜掛け持ちで仕事をこなしても年収300万円いかないような暮らしをしている。四谷で家賃7万8000円の新築アパートの間取りを見たら3畳一間しかないんですよ。その3畳一間に布団を敷いてなにをしているかというと、布団の中で1日中スマホをいじっているのが幸せなんだそうです。それでは都心に住んでいる意味がわからない。
神山 それだったら山の中だっていいわけですよね(笑)。
森永 東京の有楽町に“ふるさと回帰支援センター”というNGOがあります。ここはコロナ前からあるんですが、いま相談件数が爆発的に増えているんです。相談に来る人は、以前は定年帰農といって、定年になったから田舎に行こうという人が主だったのですが、いまは若い人が多いと言います。しかも近郊ではなく本格的に田舎に移住する人が出てきているんですね。
わたしは年寄りから若者にお金を移転する政策もいいとは思いますが、それよりも、若い人たちがいろいろなライフスタイルを選択できる国に代えていった方がいいのではないかと思っています。
神山 若い人たちが都会で暮らすのは大変だとわかってきて、田舎を目指すようになった。結果的に、少しずつではありますが、いい方向に変化してきているということですね。
森永 昨年、東京23区は転出超過になりました。三多摩や島しょ部も含めて人口減になりました。いままでこんなことなかったので、変化が起き始めていることは事実なんですね。
神山 森永先生が埼玉県に引っ越されたのは約30年前、30代半ばころということになります。30代半ばに現在を予見していた……
森永 いえいえ、予見していたわけではありません。たまたま妻の実家がこっちだったのと、結婚直後は川崎に住んでいたのですが、その近辺の家を探したところ、まったく手が出ませんでした。坪150万円くらいだったかな。それが埼玉だと坪50万円くらいだった。いまでもそれくらいですが(笑)。所沢の駅周辺はタワーマンションがバンバン建ってバブっていますが、ちょっと離れるとバブルとは一切無縁ですからね。
本来助け合う存在の家族が、お金が原因で縁切りの皮肉
神山 ちょっと話は変わりますが、お子さんの教育はどうなされていたのですか。
森永 わたしの仕事の絶頂期はほとんど家にいなかったし、帰ってきても深夜で、ほぼ母子家庭状態だったんですよ。仕事で必要な経済の本や資料は家に持って帰って置きっぱなしにしていた。そうすると長男がそれを勝手に読んでいたらしく、いまはわたしと同じような仕事をしています。次男は、つけっぱなしにしておいた、わたしの仕事に必要なコンピュータをのぞき見していたようで、いまはシステムエンジニアの仕事をしています。つまり、その環境の中で子どもは育っていくものだと思っています。
神山 そういう意味では、ITの環境さえあれば、田舎にいても情報は入ってくるし、生活費は安く、自然環境も空気もいい。
森永 自然にも触れあえる。うちの子どもは小さい時、学校帰りに50センチくらいのヘビを捕まえて帰ってきて妻に怒られていました。ヘビを家に入れるんじゃないって!
神山 そういう生活は子どもにとっても楽しかったでしょうね。ましていまでは、都会から離れても情報は入ってくるから教育上もまったく問題ない。
さっき若者が都会では稼げず、生活に疲れて地方に移住するという話がありましたが、それは日本の景気が悪くなり、金の魔力、神通力がつうじなくなったということではないでしょうか。
森永 勝ち負けがハッキリしてきたからでしょう。こんな生活やってられないと田舎暮らしへカジを切る人もいれば、一方で金持ちになってファイア(Financial Independence Retire Early)を目指す人もいる。これはお金を貯め、それを年4%で回して金利生活者になろうという人たちです。実際に永久に年4%利回りというのは不可能に近いと思っていますけど。
ところで、本の話に戻りますが、いままでの相続の本は銭・金の話ばかりだったのに、この本には良寛の俳句や西行の短歌まで入っている。相続と文化を絡めて語っている点が画期的に新しいですよね。相続の本に俳句や短歌が入っている本は、たぶん歴史上一冊もありませんよ(笑)。
神山 そうですかね。
森永 そうなんですよ。暮らしのことや人間の心というのが本来は最初にあるべきであって、銭・金なんかしょせん道具なんだから、それをメインに人生をどうこう考えるなんておかしいんですよね。
神山 挙げ句、お金をたくさん集めた人が苦しんでいる。
森永 この世の中には、ひどいヤツになると、実際の市場価格と相続税の評価額の差額を利用するために、住む必要のないタワーマンションの高層階を買ったり、もっとひどいヤツになると、シンガポールは相続税がかからないので、親を移住させて早く死ね死ねというヤツもいる。それって違うだろうっていう話がたくさんあります。
さっき、100万円をめぐる兄弟の争いの話がありましたが、本来、親・兄弟・家族というのは、困ったときに助け合う頼りになる存在だったはずなのに、それをたかだか100万円のために、縁が切れてしまう。何をやっているのか…という話なんですよ。
神山 人生、楽しくにこやかに過ごしたいですよね。相続に限らず、お金でゴタゴタするのではなく。今日はありがとうございました。
プロフィール
(かみやま としお)
1941年、東京生まれ。中央大学在学中に会計士補開業登録。1969年に公認会計士及び税理士登録。大手監査法人で上場会社の監査、中堅企業の株式公開支援、中小企業の事業継承や経営相談などに従事。東京家庭裁判所調停委員として20年にわたり奉職。公認会計士試験委員をはじめ、各省の委員会委員に任命される。郵政民営化に当たって検討委員会委員を務める。オイスカ、警察協会、日本相撲協会等の監事、日本公認会計士協会監事、中央大学評議員などを歴任。
(もりなが たくろう)
1957年、東京都生まれ。東京大学経済学部経済学科卒業。日本専売公社、日本経済研究センター、経済企画庁に勤めた後、1991年より三和総合研究所を経て、2006年より獨協大学経済学部教授を務める。専門分野はマクロ経済学、労働経済学。2003年の『年収300万円時代を生き抜く経済学』が大ベストセラーに。他に『長生き地獄』(角川新書)『森永卓郎の「マイクロ農業」のすすめ:都会を飛び出し、「自産自消」で豊かに暮らす』(農山漁村文化協会)など多数。