フェミニストはなぜ反戦・反体制運動に身を投じるのか

高柳聡子×水上文 『ロシア 女たちの反体制運動』刊行記念対談
高柳聡子×水上文

フェミニズムと反戦運動とはつながっている

水上 先ほど、ロシアのフェミニズムが家庭内暴力の被害女性を救おうというところから始まった、という話がありましたが、それについても教えていただけますか。セレンコが著書の前書きで「家庭内暴力、性暴力、国家の暴力、政治の暴力──これらはすべて同じ仲間なのだ」と書いていて、家庭内暴力に対抗することと反戦運動とは、ロシアのフェミニストの間では強く結び付いているのかなと思ったのですが……。

高柳 そうですね。2007年にプーチン政権は、刑法における「暴力」の定義から家庭内暴力を外すという法改正をしました。つまり、他人を殴ったら刑法上の罪になるのに、妻や恋人を殴っても「ただのけんか」として片付けられて、警察を呼んでも来てくれない。ロシアではソ連崩壊後、失業率の上昇とアルコール依存症の増加などを背景に家庭内暴力が非常に多くなっていて、殺人罪で刑務所に入っている女性のうち7割が暴力に耐えきれず夫を殺した女性、というような状況だったのに、暴力をふるう側が法律の後ろ盾を得ることになってしまったわけです。

 これに対して、多くの女性たちが「法律を元に戻せ」と声をあげはじめました。いわゆる社会運動家たちだけではなく、90年代から家庭内暴力の被害者をシェルターなどで保護する活動をしていた女性たち、「他の国では、夫婦間でも暴力をふるったら逮捕されるらしい」ということを知って、自分たちの状況に疑問を抱き始めた若い女性たち…………それまで自分たちを「フェミニスト」とは思っていなかった女性たちも一緒になって、法律改正の戦いを始めたわけです。2010年代には、家庭内暴力をテーマにした戯曲が作られたり、ポエトリーリーディングが行われたりと、フェミニズム文学も一気に成長していきました。

 ところが20年代になって、コロナ禍で外出がしづらくなり、暴力に苦しむ女性たちが家から逃げ出すことが難しくなってしまった。そこにさらに、ウクライナ戦争が勃発するわけです。

 おっしゃるとおりセレンコは「自分の家族である妻を殴れる男が、よその国に行って赤の他人の女をレイプしたり殺したりできるのは当たり前だ」と言っています。そもそも、ロシアは近代になってからも何度も戦争を経験していて、優しかったはずの父親が戦争に行って帰ってくると暴力をふるいはじめた、ということが繰り返されてきた。さらには、インターネットでつながったウクライナの女性たちから、ロシア兵がウクライナで起こした性暴力の実態について話を聞く機会もある。そんな中で女性たちは、「家庭内暴力がもっともひどい形で発露してしまうのが戦争なんだ」という確信を得ていったのだと思います。 

 自分たちは、平時における家庭内暴力を止めることができず、法改正も成し遂げることができなかった。そして結局、今のような戦争に至ってしまったんだ――。女性たちは、そんなふうに嘆き、反省しながら活動しています。まさに、家庭内暴力と戦争とはつながっているんです。

 実は『ロシア 女たちの反体制運動』を出したときも、「フェミニストって戦闘的だから、反戦運動なんてするのは意外だった」という声をいくつも聞いたんですよ。でも、ロシアのフェミニストたちはみんな「小さな暴力と大きな暴力とは、首尾一貫して全部つながっているんだ」と言う。そういうことなんだと思います。

水上 ありがとうございます。私の友人が今年の3月、初めてウィメンズマーチに参加したときに「『戦争反対』というコールがあってびっくりした」と言っていたんです。ウィメンズマーチは女性の問題について考える行動だから、「戦争反対」とかはちょっと違う話なんじゃないの、というんですね。ネットでも同じような声を見かけましたし、戦争に反対することとフェミニズムとが頭の中で必ずしも結び付かない人は一定数いるんだなと実感しました。

 セレンコは「フェミニストとは、あらゆる暴力がどんなふうにつながっているのか、そのつながりが一番見えている人たちなんだ」と書いていたと思うのですが、その感覚とは非常に乖離がありますよね。でも、だからこそ高柳さんの本はもっと読まれるべきだし、セレンコをはじめとするロシアのフェミニストたちの話に、私たちは耳を傾けるべきなんだと思います。

高柳 ありがとうございます。そんなふうに読んでいただけるとうれしいです。

 多分今、日本で戦争が始まったとしたら、フェミニズムに対しては「今そんなことをやってる場合じゃないだろう」と言われるだろうと思います。でも、フェミニズムって、平和で経済的にも豊かになったから今度は女性の権利を考えましょう、という話じゃないし、フェミニズムと反戦運動は深くつながっている。そのことを、戦争を先んじて体験したロシアの女性たちが言葉にしてくれているんですよね。もちろん、同じことを私たちが経験するときが来なければいいけれど、教訓として知っておきたい、伝えておきたいという思いは強くあります。

【会場からの質問】

──ロシアで男性からの家庭内暴力が非常に多いというのは、男性もまた抑圧された状況にあるからなのかと思いますが、どうでしょうか。

高柳 おっしゃるとおり、アルコール依存症の男性も、「依存症にならなくてはならない」状態に置かれているという面があります。よく言われるのは、やはり常に「男らしさ」を求められる辛さです。しかも、ロシアはしょっちゅう戦争をしていて、いつ兵士に取られるかもわからない。さらには、「男なんだからちょっと具合が悪いくらいで病院に行くな」という風潮もあって、男性の平均寿命は60代半ばと、とても短いんです。ずっと我慢していて病院に行ったときにはもう手遅れで、そのまま意識が戻らないで亡くなったという話もよく聞きます。

 その一方で、フェミニストの男性も日本よりは断然多くなっているんじゃないかと感じています。女性たちのグループと一緒に活動している男性も多いし、政治家や弁護士になって女性たちの活動を支えようとする男性もいる。反戦運動をしている男性も、一昔前よりは圧倒的に増えていると思います。

──反戦などの詩が、今はインターネットで流通しているという話がありましたが、以前はどのようにして広げられていたのでしょうか。

高柳 ソ連時代は、手書きやタイプライターを使って自作した本を、友達に手渡ししたりしていたようです。表紙には「トルストイ『戦争と平和』」とか書いておいたりして(笑)。映画などにも、そういう場面がよく出てきます。

 受け取った友達は、気に入れば書き写したりタイピングしたりしてもう一冊増やし、それをまた友達に回す。そこまで時間のない人も、読んだら必ず他の人に渡す。そうやってぐるぐる回し読みしていくんです。インターネットが出てきた後も、2000年代はじめごろまではプリントアウトしてホチキスで留めた自作の本を友達に配るといったことが行われていたようですし、そういう手間と時間は惜しまない人たちなんだと思います。

 ノーベル文学賞を取ったソルジェニーツィンやヨシフ・ブロツキーも、もともとはそうした地下活動から出てきた作家です。それだけアンダーグラウンドの読者数が多いんですね。非常に大きな「第二の文化」となっていて、検閲を通って出版された小説よりも優れた作品が多かったりする。よほど「政権を倒す」というほどの力を持たない限りは、体制側も見逃してきたという歴史があるように思います。

──家庭内暴力の一種として、望んでいない妊娠をさせられる、産まされるということがあると思いますが、中絶についてロシアでは国家的な規制などはあるのでしょうか。

高柳 中絶の権利は、ソ連時代から法律で認められていました。もちろん、病院の環境が非常に劣悪だったり、1日の手術件数が決められていて実質的に手術を受けられなくなったりという問題はありましたが、ピルの認可なども日本と比べて非常に早かったです。

 しかし最近になって、戦争で人口が非常に減っていることもあり、国家による出産奨励が進んでいて、中絶を禁止しようという動きも強くなっています。昨年には「チャイルドフリー(子どもを持たない主義)宣伝禁止法」が成立して、テレビCMなどにも「子どもがたくさんいる幸せな家庭」ばかりが登場するようになりました。ほとんど洗脳ですよね。

 だから今、ロシアのフェミニストにとって一番ホットなテーマが「中絶の権利を守ろう」です。その意味では、今のアメリカとロシアは非常に似てきていると思います。

 ただ、ウクライナ戦争が始まってからの世論調査では、「子どもはいつかは欲しいけれど、今は産みたくない」と言っている若い女性が増えているようです。だって、戦争中に子どもを産みたいとはなかなか思えないですよね。ロシアでは子ども手当も日本より充実していますし、少子化政策がうまくいっていた面もあったのに、それを戦争が一気に台無しにしたように思います。

──『ロシア 女たちの反体制運動』に出てきたような女性文学者の存在は、日本ではあまり知られていないように思います。その理由はどんなところにあるのでしょうか。

高柳 それはまさに、私が研究を始める前に抱いた疑問そのものです。「女性たち、何も書いていないの?」ということですね。

 たしかに女性の作家自体、圧倒的に男性に比べると少ないのですが、ソ連時代はそもそも、国のイデオロギーと相容れない内容の文学は認められなかったということが大きいでしょう。女性たちは自分の人生や恋愛、家庭のことについて書き、その中では夫に暴力をふるわれたり、子どもが死んでしまったりといった不幸な出来事も当然出てくる。でも、政府は「こんな不幸な人間はソ連にはいない」として、出版を認めなかったのです。先ほどお話ししたアンダーグラウンドの世界には、もちろんたくさん流通していたのですが。

 その後、スターリンが亡くなった後の1960年代、少し規制が緩んだ「雪解け」の時期に、女性たちがスターリン時代の回想を書き始めます。そこから風向きが少し変わり、1980年代から90年代にかけてようやく、ロシア史上初めての女性文学ブームが訪れるんです。英文学などと比較すると、100年くらい遅れている印象ですね。

 あとは、日本にロシア文学の翻訳者が非常に少なくて、紹介されづらかったという問題もあります。今はもう、女性の作家も男性と変わらないくらい数多くいますので、私も頑張ります(笑)。

撮影/野本ゆかこ
構成/仲藤里美

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ロシア 女たちの反体制運動

プロフィール

高柳聡子×水上文

高柳聡子(たかやなぎ さとこ)

福岡県出身。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程修了。文学博士。現在は早稲田大学、東京外国語大学などで非常勤講師を務める。専門は現代ロシア文学、フェミニズム史。ロシア・ソ連で歴史に埋もれた人たち、特に女性たちの声を拾い集め、記録することに努めている。著書に『ロシアの女性誌』『埃だらけのすももを売ればよい』『ロシア 女たちの反体制運動』、訳書にダリア・セレンコ『女の子たちと公的機関』などがある。

水上文(みずかみ あや)

1992年生まれ。文筆家・批評家。書評・文芸批評等の執筆に加え、ジェンダー・セクシュアリティに関連したエッセイも執筆。「文藝」と丸善雄松堂「學鐙」で文芸季評、「朝日新聞」で「水上文の文化をクィアする」、「小説TRIPPER」で「客体から主体へ 変革の現代日本クィア文学」を連載中。また「SFマガジン」で「BL的想像力をめぐって」を瀬戸夏子と共同連載中。単著に『クィアのカナダ旅行記』(柏書房)。企画・編著に『われらはすでに共にある 反トランス差別ブックレット』(現代書館)。フェミニズム雑誌「エトセトラVOL.13」にて「クィア・女性・コミュニティ」特集編集。

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