校則、不登校、いじめ…生徒も教師も苦しめる学校の理不尽を取り除くには

『公教育をあきらめるな!』出版記念イベントレポート第1回
木村元彦

宝上さんの教え子・ジョン登場!

 対談は、本に書いてあることをトークでなぞることを止め、教師だけではなく子どもの意見を重視しようという趣旨から、本書に登場するかつての生徒にも登壇をいただいた。

 担任の宝上と校則、服装、頭髪のことで散々バトルを繰り返し、変形学ランが着られないなら、俺は学校に来ないと宣言していた当時のやんちゃ少年、通称ジョンが卒ランを持って来てくれていた。ジョンはやんちゃを続けて、鑑別所に2回、少年院に2回入った。宝上は家庭裁判所の問い合わせに応じて、ずっとケアを続けた。「もう僕のことは忘れて下さい」と伝えられても、面会や手紙のやりとりが途絶えることはなかった。

 ジョンはなぜ、あんなに髪型や服装にこだわったのか。今、荒れていた生徒の気持ちをあらためて解体していく。

当時の宝上さんとの思い出は笑顔で語るジョンさん(中央) 写真:隆祥館書店

「僕は勉強も何もしてこなかったんで、代わりに不良というものにすごく憧れていたんです。自分の存在意義はそういう容姿で外見で目立つこと、人とは違うことをすることで認められたかったから、やんちゃしてたんやと今は思ってます」

 ジョンは俺も昔は悪かったと人前で自慢するような人間ではない。冷静に自分には承認欲求があり、そこでの代償行為であったと分析した。

「学校で番長をやっていたことには、プレッシャーがすごかったです。不良をやっている以上、絶対に強くないといけないっていうのが最低条件であったので、格闘技をいろいろやったり、他の中学に乗り込んで喧嘩したのはかなりありました。申し訳なかったです。そういうときも舐められないために服装は大事でした」

 西郷はジョンに問いかけた。

「僕も阪神ファンで、東京ドームに行く時は特攻服着て、(巨人のマスコットの)ジャビット君を引きずりながら行っていました。だから気持ちは分かるんだけど、結局、服装が自由だったら、あんまり着たいっていう意欲が出ないんじゃない。先生がダメっていうことをやることが価値があるんで、先生にいいよと言われちゃうと、ガックリくるんじゃない」

「そうですね。そうかもしれません」

 中学生時代をこう回顧した。

「宝上先生は最初は先生ではなく、敵でした。だけど何があっても見放さず、引きはがしてもいつの間に僕の前に現れて、恐怖すら覚えました。何度もぶつかっていくうちに僕の中で変化が起きて来て、学校が楽しくなってきました。悪さしたときは、すごくシバかれましたけど、成人しても宝上先生がずっと連絡をくれて大きく道を外さずにすみました」

 卒ランには、母校を愛でる言葉が、所せましと記されている。かなり腕の良い刺繡家の仕事である。かつて朝鮮学校の制服がまだ学ランだったころ、朝高生たちは、ハングルの縫い付けが上手い職人の店に殺到した。ジョンもまたアイデンティティーに対するこだわりが大きかった。どこで作ったのか聞くと、知る人ぞ知る堺の卒ラン職人のお店までアルバイトして買った生地を持って行ったという。

ジョンさんの卒ラン

 中学生時代、暴れまわって教師や警察の手は煩わせてはいたが、学校に来ることは大好きだった。喧嘩しながらも意見の発露は可能で、そこには意見を受け止めてくれる教師の存在が大きかった。ジョンは不動産屋の店舗で勤め上げ、ついに去年、(店舗は持っていないが個人事業主として)独立した。「こんなバックボーンの僕ですけど、よろしくお願いします」と自分の仕事も壇上からしっかりとアピールした。

不登校・いじめの根本的な問題は何か?

 一方、不登校だった子どもは何が問題で何を考えていたのか。深刻な不登校の問題は全国で起こっているが、声を発信する機会さえも持てない。

 今回のイベントには宝上の教え子で、まーちゃんという元生徒も参加した。当時の状況を話せるくらい、今は乗り越えているが、克服したのは、親との連携であったという。

 それまで学校に行けなかったが、桜丘中学に転校してからは、1日も学校を休まずに卒業した生徒がいた。星有里珠という女性である。今回、西郷が登壇するということで、大阪までやって来ていた。

「私は中2の2学期から桜丘中学校に転校してきました。前の学校では、いじめに遭っていて、机の上にごみ箱が置いてあったり、行くたびに無視をされて学校に行けなくなってしまったんです。勉強自体は大好きだったんで、転校先を探したんですが、うちは私立に行くお金はなかったので、公立の桜丘中学校を見つけて転校してきました。

 過ごしてみて違いは凄くありました。前の中学校は校則がすごく厳しかったんです。下着の色まで決められていて、ブレザーの下の襟付きのシャツも指定のものがあって、私は毎朝、制服を着るときに、これで怒られないかって、びくびくしていました。

 あと、クラスのひそひそ声です。みなさん想像つくか分からないですけど、いじめられてる時って、まわりがすごくひそひそと話すんです。『あの子、また来たんだ』『来やがって』みたいな声が。それで、教室が怖かったんですけど、桜丘中学に行ったら、別に無理して教室に入らなくていいって言われたんですね」

西郷先生と教え子の星有里珠さん 写真:隆祥館書店

 辛かったら机と椅子を外に出して廊下で授業を受けてもいい。かつて桜丘中学を紹介する記事には、廊下にハンモックが吊り下げられている写真が象徴的に載せられていた。教室に入れない生徒がそこで過ごすのだ。

 星は言う。自分を元気にしてくれたのは、人をバカにする子がいなかったから。

「一生懸命頑張って結果が出なくてもバカにされた経験っていうのが、桜丘中学校では一度もなかった。本当に変な圧力がないので、自分は今何をしたいのかを自由に突き詰めて考えられた。例えば私は、書道が好きだったので、ずっと休み時間に習字を書いていましたし、授業に飽きたときは、ノートとかに字を書いてました。自分が得意なことを一生懸命突き進んでいける環境ではあったので、それを見て怒る人もいなかったんです」

 星は今、好きだった書道の道に進み、書家になっている。西郷の本『無垢の祈り 僕が出会った子どもたち』(理工図書)の題字は、星が書いている。

『無垢の祈り 僕が出会った子どもたち』(理工図書)

 西郷は、星を見つめながら言った。

「今、不登校といじめの問題が出ましたが、例えば学校に来られない不登校の子を見て、ずるいなっていう感覚を持つ子がいるんです。学校来ないでずるい、あんな別室で勉強できてずるい、そこでいじめる。どうしてずるいと思うと思います? つまり、一般のクラスに行っている子も、嫌々授業を受けているんですよ。だから、自分たちは頑張ってつまんない授業を受けてるのに、何であの子たちだけ、別室で楽しそうにやってんのって思っちゃう」

 つまりそれは、と続けた。

「もしも楽しい授業を受けていたら、逆に教室に入れない子はかわいそうだと思うはずでしょ。ところが楽しくないから、ずるいと思っちゃう。僕はそれが原因だと思う」

 根本的に学校の本質を楽しいところにしないと、解決はしない。

 西郷は、退職後も全国を飛び回っているが、そこでも学校に行けなくて自死した生徒の話を聞き込んでいる。「不登校は命の問題だ」と断じる。

 不登校は本人ではなく、学校の方に問題がある。だから生徒に合わせて学校を変えた。

「子どもは完全体で生まれてくる。子どもを過干渉で苦しめるのではなく、学校を改革する」

解決法はシンプルだが、そこに向かう山は高い。学校を変えるためには、校長をはじめとする現場の自由裁量が大きくかかわって来るが、対談の舞台である大阪は教育行政による教師への管理がさらに厳しくなっている(https://imidas.jp/jijikaitai/f-40-245-24-04-g706

 第二部はその大阪をテーマにしたパネルディスカッションとなった。

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プロフィール

木村元彦
1962年愛知県生まれ。中央大学文学部卒業。ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト。東欧やアジアの民族問題を中心に取材、執筆活動を続ける。著書に『橋を架ける者たち』『終わらぬ民族浄化』(集英社新書)『オシムの言葉』(2005年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞作品)、『争うは本意ならねど』(集英社インターナショナル、2012年度日本サッカー本大賞)等。新刊は『コソボ 苦闘する親米国家』(集英社インターナショナル)。
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