『愛国と信仰の構造 全体主義はよみがえるのか』 中島岳志  島薗 進 著

戦前日本を覆った全体主義を、ナショナリズムと宗教から 分析する 毎日新聞・鈴木英生記者  

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 インドの宗教ナショナリズム研究から出発し、日本近代の政治思想に目配りする研究者と、現代を代表する宗教学者の対談だ。ナショナリズムと宗教の関係を日本近代史に即して論じた。明治維新から現代の創価学会や日本会議まで、主な団体、事象に触れており、入門に好適である。現代の宗教と政治の関係の源流を探るだけでなく、今後を考える上でも必読の対談と言えよう。
 中島は、おおむね、明治期に近代化の過程で「自己とは何ぞや」と悩んだ煩悶青年らの潮流が国体論的なユートピア主義に傾倒する過程で、浄土真宗や日蓮宗的な思想・信仰が媒介役となったと主張する。島薗は、教育勅語や軍人勅諭を刷り込まれた民衆が、自発的に国家神道の価値観の担い手となり、穏便な立憲主義を覆したとする。
 議論は、二人の分析が補い合いつつ、ナショナリズムと国民主権、現代の宗教ナショナリズム批判、多様性に基づくアジア主義の可能性へと展開する。北一輝ら戦前の日蓮主義系右翼・超国家主義は比較的広く知られている。他方、真宗大谷派の清沢満之らによる「近代教学」を源流とする右派言説を一般向けに紹介した本は多くはないはずで、この点でも貴重だろう。
 また、大枠で目指すべき世界観を提示する国体論と個人の実存の問題を引き受ける「親鸞主義」という役割分担は、戦後の新左翼におけるマルクス主義と実存主義の関係と、同型に感じられる。疎外された自己と世界との一体化を求める欲望は、本書にも出てくるアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」を引くまでもなく絶えることはない。歴史は繰り返されている。
 近代教学は今の大谷派でも主流で、近年は特に、むしろ護憲平和主義に近い線へつながってきた。また、特に宗派外から、清沢らの思想が単純な現状肯定に「寝転がる」危険性も指摘されてきた。はたして、その危険性を近代教学が内側から思想的に乗り越えたのだろうか。そもそも、信仰はこの危険性を回避する必要があるのか。ここに、日本近代のアポリアを解く鍵も埋もれている。

すずき・ひでお ● 毎日新聞学芸部

青春と読書「本を読む」
2016年「青春と読書」3月号より

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