『男性の性暴力被害』 宮﨑浩一、西岡真由美著

吉田豪がジャニーズ問題とマギー司郎の事例から本書を読みとく。

吉田 豪

芸能事情に明るく、ジャニーズ性加害問題当事者の会ともイベントを開催しているプロインタビュアーの吉田豪さんは、男性が性暴力に遭うことの意味や心身への影響などを一冊にまとめた宮﨑浩一さん、西岡真由美さんの共著『男性の性暴力被害』をどう読んだのでしょうか。

 

 我が家は子供の頃なかなかの貧乏だったのであまり高額なおもちゃを買ってもらえなくて、ウチにあるのはせいぜいミクロマンぐらい。なので、ずっと超合金に憧れがあった。

 そんなとき、近所に住んでいる1歳上ぐらいの子がかなりの超合金コレクターだと聞いて、遊びに行くことになった。当時としては珍しい、ガラス棚にズラリと並べられたマジンガーZやゲッターロボ、大空魔竜ガイキングに勇者ライディーンにがんばれロボコンといったコレクションに圧倒されていたら、気がつくとそいつがなぜかフリチンになっていた。何がなんだかまったく理解できないが、ここは初めて来た家だし、どうやら親も留守にしているらしくて、薄暗い部屋にいるのは2人だけ。そこで彼が「お前も全部脱いでちんこを触らせてくれたら、そのおもちゃで遊んでもいい」とか言い出したから、ビックリして泣きながら家に逃げ帰ったんだが、あのときおもちゃの誘惑に負けていたら、もしくは恐怖のあまり動けなくなってたら一体どうなっていたのかと、いまさらながら思う。

 ボクの友人に、同じようなパターンで少年期に性加害を受け、それがトラウマになってまともな恋愛がなかなかできなくなった奴も実はいるけれど、自分もそうなっていてもおかしくなかった。いろいろ話を聞いてみると、子供の頃に性加害を受けている女性が予想以上に多いことに驚くんだが、男の場合は“ナメられたら終わり”的な世界に生きているので、より人に言いにくいはずだから、被害が見えにくかったってことなのだろう。

 今回、『男性の性暴力被害』を読んでみたら、やっぱりこう書かれていたのである。

「男性性の規範では、助けを求めるのは男らしくないことなので『女々しい』とされたり、問題に耐え続けるのが良いことだとされたりします。実際、性暴力に限らず男性は女性に比べて助けを求めることが少ないとも指摘されています」

「また、男性の被害者は女性に比べて被害を報告していないと推測されています」

 そう。男らしさというか、個人的には“ナメられたら終わり”のほうがしっくりくるんだが、だからこそやりたくもないのに階段を誰よりも上の段から飛んだり、万引き的な軽犯罪をやったり、親に反抗したりするケースが昭和の時代には多かったと思う。それができないとわかった瞬間、クラスなり仲間内でのヒエラルキーが一気に下がっちゃうから。

「なかなか自らの被害を認めづらいことの一端には、社会の中で男として生きざるを得ない状況も影響しています。男らしさが大なり小なり求められる世界では、性暴力被害を訴えることが多大なリスクとなります。『あいつオカマ掘られたんだって』と笑われるかもしれません。『あいつ女に痴漢されたんだって』『え、羨ましい』などネタとして消費されるかもしれません。そういった環境においては、被害の体験をある種社会に認められた形式で語らざるを得ないことも生じます」

 実際、「NHKみんなでプラス『性暴力を考える』vol.131『男性の性被害 292人実態調査アンケート結果」では、「どこ(だれ)にも相談しなかった」が194人、66・4%にもなっているとのこと。

 ジャニー喜多川による“鬼畜の所業”が本人が死んでからしばらくするまで大問題に発展しなかったのは、もちろんマスコミとジャニーズ事務所がズブズブでろくに報道しなかったことも大きいだろうけど、被害者がだまりがちだったからでもあったはずなのだ。

 さらにジャニーズ問題がややこしいのは、グルーミング効果でもあるんだろうけど、ジャニー喜多川を許せない気持ちと同時に、感謝の気持ちもあったりすること。単純な話じゃないから亡くなったときはお別れの会に行ったりするだろうし、そのせいでアンチに叩かれ、心を病んだりもするという悪循環。

 なお、ボクはジャニーズ性加害問題当事者の会のメンバー複数名とイベントで一緒になったこともあるんだが、性被害について、特にバックステージではお互い笑い話みたいにツッコミ合ってたりするのが印象的だった。

 本人たちも言っていたのは、少年期に性被害を受けて、学校ではそんなことバレたらナメられるから誰にも言えなかったし、だからこそ同じジャニーズ事務所の仲間では同志みたいな意識も芽生えたし、お互い笑い話にでもしなければやっていけない感情もあったらしい。“あいつら、笑ってるから全然トラウマになんかなってない”的に思う人もいるだろうけど、そんなのは大間違いってことだ。

 そして女性が加害者の場合の性加害、要は無理矢理犯されちゃった的な部分を読んでいて思い出したのは、インチキ手品師・マギー司郎師匠のケース。1966年 、20歳でストリップ小屋で初舞台に立ち、マジックに何の興味もないストリップ小屋の客相手にステージをこなさなきゃいけないから、あの独特なトーク&芸になっていったそうなんだが、つまり彼はまだ女性を知らない頃からストリッパーの女性たちに囲まれて生活していた。

 そのせいか、最初の結婚は20代半ばのときで、相手はストリッパー。マギー師匠の浮気がバレて3年で別れることになるんだが、浮気相手は喫茶店のウエイトレスだった。このときは馬鹿正直に「好きな人ができちゃった。だから3人で一緒に住もう」と奥さんに恋人を紹介したとのこと。その結果、離婚してウエイトレスと再婚するんだが、すぐに「脱いでくれないか」と頼んで彼女もストリッパーに転職。しかし、なぜかマギー師匠は家に帰るのが嫌になって、また離婚。3年事務所に住んでいたら「もう帰ってこなくていい」と奥さんに言われたとのことだった。

 こんな感じで、調べれば調べるほど女性絡みのエピソード(浮気&風俗ネタ多数)が出てくることをボクが取材で本人に突っ込むと、こんな事実が明らかになったのだ。

――マギーさん実はモテたって情報が、けっこういろんな記事に出てくるんですよね。

マギー モテてないんですよ。あのね、女の子たちが淋しいんですよ。だって温泉場とか行くとヒモもついてこないもんね。ヒモのいないオバサンもいるの。ほとんどオバサンでしたね。だから、からかいたいんですよ。温泉場に行ってた頃って僕は23~25歳ぐらいだから、オバサンたちからしたらかわいかったとは思いますよ。で、みんなに押さえつけられて、なんていうの? まわし?

――え! 輪姦されちゃったんですか?

マギー その逆バージョンですよ。

――うわー! いきなりそんな経験を!

マギー 怖いよね。それが25歳だとするじゃん。65歳だといくつ違う? しかも化粧落としたらすごいもんね。そういう経験をしてるんですよ。だから、いまだに女性は怖い。女性も僕のことは理解できてない。だって青春時代が壊れてるんだもん。僕。女性を怖いと思ってないでしょって女性の方は思ってるかもわかんないけど、怖いですよね。

――トラウマになっちゃってるんですね。

マギー だから童貞を失ったのはいつだかも覚えてないのよ。そんなところですかね。

(『実話BUNKAタブー』2023年9月号)


 マギー師匠の結婚が長続きしなかった理由は、ここにあるように思えてならないのだ。

『男性の性暴力被害』には、「女性から性暴力被害を受けた男女14人にインタビュー調査が行われていますが、被害の長期的影響として、薬物乱用、自傷行為、自殺念慮、自殺企図、うつ、激しい怒り、女性不信、女性との関係を築くことの困難、自己認識やアイデンティティ形成の困難、性行為への不快感、子どもを性的に虐待するかもしれないという恐怖、性加害行為が挙げられています。そして協力者14名のうち、13名までが『(女性による性的虐待は)とても有害であり、回復するのが難しい』と答えています」とあるが、現在77歳のマギー師匠が「女性不信」や「女性との関係を築くことの困難」を引きずり続けるぐらい、女性からの性加害は被害者にダメージを与えるものなのだ。……とか、いろいろ勉強になるし、被害当事者こそ読むべき本なのである。

関連書籍

男性の性暴力被害

プロフィール

吉田 豪

(よしだ・ごう)

1970年、東京都生まれ。プロインタビュアー、プロ書評家、コラムニスト。プロレスラー、アイドル、芸能人、政治家と、その取材対象は多岐にわたり、さまざまな媒体で連載を抱え、テレビ・ラジオ・ネットで活躍の場を広げている。著書に、『聞き出す力』『続 聞き出す力』(日本文芸社)、『帰ってきた 聞き出す力』(ホーム社)、『書評の星座 吉田豪の格闘技本メッタ斬り2005-2019』『書評の星座 紙プロ編 吉田豪のプロレス&格闘技本メッタ斬り1995-2004』(ホーム社)など多数あり。

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