対談

いまは「頑張らなくていいための武器」が必要?麻布競馬場と『東大生はなぜコンサルを目指すのか』から考える

レジー×麻布競馬場

「コンサル」はなぜ就職先として人気なのか?この問いを入り口に、ビジネスパーソンを取り巻く仕事の言説を検証したのが『東大生はなぜコンサルを目指すのか』である。
本記事では、著者のレジー氏と作家の麻布競馬場氏が対談。同書では麻布氏の小説が現代の若者たちの働き方を読み解くヒントとして取り上げられているが、二人が考える仕事との正しい距離の取り方とは?

『東大生はなぜコンサルを目指すのか』(集英社新書)

いつの時代もつぶしが効く職業が人気?

麻布競馬場 『東大生はなぜコンサルを目指すのか』を読んでいて、自分の新卒の頃を思い出しました。僕は2014年卒なんですけど、そのときの僕の大学での人気就職先はメガバンクだったんです。そのときにメガバンへ行った人の話を聞いていると「つぶしが効くから」と言っていた。色々な業界の伴走者として仕事をすることによって幅広い業界に対する視野と視点、どの業界でも通用するスキルが手に入るから銀行に行くべきだと言ってたんです。これ、今は同じ理屈でコンサルに行っている(笑)。

レジー いつの時代も多くの人が「潰しが効く職場」を探し求めてるんですね。

麻布競馬場 それで、同期のメガバンに行った人間がその後どうなったのかを確認してみたら、半分はメガバンクに残り、半分がアクセンチュアに転職した。結局、潰しが効くものを得たところで、やりたいことがなければそれを使う先もない。相変わらずやりたいことは見つからないけど、いつか見つかったときのために、もっとたくさんの武器がないと不安だ、という人にとっての最終終着点がコンサルになってるんですよね。

レジー 武器は集めてるけれど、何が自分にとっての「敵」なのかは明確じゃないケースが多いですよね。いつか必要かもしれないくらいの気持ちでとりあえず武器を集め続けている。

麻布競馬場 そう考えると、ある意味、昔のメガバンクと今のコンサルは、もはやモラトリアムなんだろうなと(笑)。大学の時にやりたいことが見つからなかった人が、「自分探しの旅」を働きながらやっているみたいなものですよね。
M&A仲介ブームもひと段落してきた今、若手ビジネスパーソンたちの動向を見ていると、これからPEファンドが絶対にくると思っています。でも、PEファンドはより苛烈な世界なんですよ。激務度で言うと、ファンド系の人たちはコンサルよりも忙しい。やりたいことが見つからず漂流する人たちが、メガバンクから始まり、アクセンチュアを経て、PEファンドに行く……となるとどんどん門が狭くなり、突破した先も激務になってバタバタ人が倒れていく。本当に人類はこれ以上ハードなモラトリアムを続けられるのか、すごく疑問に思っています。

レジー 麻布競馬場さんの小説でも、登場人物がメンタルを壊す描写が自然に出てきますよね。それって、社会が悲鳴をあげ始めてることだと思うんです。

麻布競馬場 昔はスポーツといえば熱血スポコンだったと思うんですけど、僕らが部活をやっていた10数年前には普通に練習中に水が飲めましたし、むしろ科学的なトレーニングで効率的にテクニックを上げることが言われ始めましたよね。
ビジネスもそういう方向に行けば、働き手のメンタル環境は良くなるんじゃないかと期待してたんです。でも、そうはならなかった。結局、今はゾスの登場に顕著なように、「圧倒的に頑張ること」の方に天秤が傾き始めてる。

『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(集英社文庫)

資本主義の中で狂わないために

レジー 仕事にまつわる言葉はどうしても極端になりがちで、ゾス的に「とにかくがんばれ」みたいな話か、あるいは「もうあなたは頑張らなくていいんだ」というような一時的な気休めにしかならない主張か、どちらかに着地することが多いと思います。その間の言葉をどうやって作るかということは、常に自分の問題意識としてあります。
全てが数値化される今の社会で生きていると、どうしても人よりも数字を大きくしようと本能的に頑張ってしまう。だからこそ巨大化を続けるのが資本主義というもの、と言えるかもしれない。
一方、その「資本主義」というゲームから降りることも今の状況では難しいですよね。だから、その中でどこまで正気を保てる時間を作れるかはすごく大事だと思います。

麻布競馬場 僕が今持ってる仮説が、別の武器を配り続けるしかないんじゃないかということです。武器は武器でも「頑張らなくていい」のための武器。今、ビジネス本コーナーを見ると、「ゆるストイック」とか「頑張らずにサバイブする」みたいな内容の本が出てきてますよね。そういう本が結局、社会の8割ぐらいの人を救うと思っている。
それと、僕が今必要だと思うのは、頑張らなかった人の人生を記録すること。頑張らなかったサラリーマンはきっと団塊世代にもどの世代にも絶対にいるはずなんです。けれど、ほどほどに頑張ってほどほどに幸せだった人たちの成功モデルが共有されていない。
「働くか、働かないか」みたいな二択にしちゃうと、大変だと思うんです。働くこと大変だけど、働けばお金は貰えるわけで、生きる上での選択肢としては案外シンプル。だけど、働かないことの中で無理なく生計を立てる道を探すのは、かなり難しい。
そうなったとき、彼らが生き残る道は仕事の中でほどほどのバランスを見つけることになりますよね。

レジー 分かります。ただ、今の若い人で「ほどほどの人生でいい」と言ってる人の話をよく聞くと、その内容が「年収800万円でいいです」だったりする感覚があります。たぶんその幸せは「ほどほど」は得られないんじゃないかと思う。

麻布競馬場 確かにそうですね。それと、「ほどほど」で難しいのは、一度本気で頑張りきらないと、自分にとっての「ほどほど」がわからないことなんですよね。それこそ箕輪厚介さんがずっとおっしゃってますが、20〜30代で頑張りきらないと、今後の人生でどこまで頑張ればいいか、あるいは頑張らなくていいかもわからない。自分自身、20代は馬車馬のように働いたことで、自分はどこまでなら狂わずに働けるか、働いた結果何が得られるのか、あるいは得られないのかが見えました。それがあって、小説を書き始めた気もします。

レジー 僕は働き方改革が始まるよりもはるか前に社会人になっていますが、2000年代前半の職場はまだ「昭和」だったんだなと今振り返ると思います。その時代のことを身をもって知っている側として、当時を美化するのではなく、そこから学べることのエッセンスをどう抽出するのかが大事だと思います。

麻布競馬場 成長のゲームに乗り続け、まるで「うさぎ跳び」のように効率性や心身への負担を無視した破滅的な頑張りを強要するのではなく、ちゃんとそうした選択肢を僕ら先輩サラリーマンたちが若い人に残していかなくちゃいけないと30代になって思うんですよね。

麻布競馬場氏

「立ち止まる勇気」を持つ

レジー 「仕事で狂わない」といったときに思い出したのが、サッカーのことで。これはSNSで見た話の受け売りなのですが、サッカー選手の評価でよく言われる「ハードワークをするプレーヤー」というのは「90分の中で密度高く動く選手」のことですよね。仕事においても本来はその考え方が必要で、仕事の時間を増やすのではなく密度を濃くすることこそ大事なんじゃないかという投げかけはとても興味深いなと。

麻布競馬場 ただ、それで思うのが、特にサラリーマンって、会社を離れても仕事が付き纏ってる存在だなと思うんです。
小説を書き始めて気づいたんですけど、人間は職場を離れても仕事のことを考えてるんですよね。今、僕は兼業でやってるんですが、ここから小説家モードに切り替えるぞ、というのを明確に意識しないと、頭の中で明日の仕事の段取りなんかを考え続けてしまう。働くことがどれだけ日常に染み込んでるかを、兼業になって初めて気づくんです。サラリーマンの友達で、腰が痛くなるから週2でサウナに行くという人がいるんです。でも、この人のサウナに行くお金は普通にこの人の給料で払ってるんですよ。
小説家としては個人事業主なので大体のものが経費になるのですが、サラリーマンはそれがない。だから、考えようによっては、サラリーマンは人生をすべての仕事に捧げているような存在なんだなと。

レジー なるほど。さっきの例で言うと、サッカー選手も90分ハードワークを続けるために日々練習を続けて、オフの時間も体のメンテナンスをしているわけですもんね。ハードワークする前提として生活を全てサッカーに捧げているといってもおかしくない。

麻布競馬場 会社というシステムが、いろんなものを日常から搾取することを前提に成り立っていて、それを含めての給料だと思うんです。そのシステムをどう捉えるかも重要なんだろうと思います。

レジー 会社に人生を捧げること自体は必ずしも悪ではないと思います。でも、選択肢がわからずそこに放り込まれちゃって、不本意にその状態にあるような人が少しでも減るといいと思う。それが、自分で選び取った選択肢なのかどうかという感覚はすごく大事ですよね。
「仕事で成長したい」という話も同じで、みんなが「成長」と言っているからではなくて、本当にあなたは成長したいのかどうか、一度止まって考えたほうがいい。それが自分の決断だと思えるなら、あとはやりきるだけでしょうし。

麻布競馬場 そうですね。インターンとかに行く前に一度、坐禅を組んだほうがいいかもしれない(笑)。いい大学に入って、いい会社に行けるチケットがあるから、コンサルに行って成長しよう、みたいなのがワンセットになっている。その当たり前のコースに載る前に、自分の仕事以外のものの組み立て方、理想像を考えることが必要かもしれない。「立ち止まる勇気」みたいなことかもしれませんね。

レジー それはすごく大事だと思います。

レジー氏

自分の「防波堤」を探せ

レジー 僕自身は、会社員をしながらそれとは違う場所に偶発的に足を踏み入れて今に至っていますが、そんな選択肢、あるいは偶然があり得るとは気づかないまま進んでいく人も多いと思います。僕はネット上で書いていた文章がバズってこの世界に入ったので、SNS時代の恩恵をめちゃくちゃ受けていると言えます。ふとしたことで何かがバズって、知らない世界に踏み入れるきっかけになったりする。
ただ、先ほど「偶発的に」と言いましたが、もともとは「これでお金を稼ごう、名を成そう」という気持ちは全くなくて、文字通りの趣味として始めたブログでした。会社で働きながら文章を書いている人はたくさんいると思いますが、副業としてというよりも、「正気を保つ」ためにやっている人も多いのではないでしょうか。

麻布競馬場 人生の選択肢のカードを何枚か持つのは、正気を保つためのお守りみたいな側面もあると思いますね。
レジーさんもそうだと思うんですけど、仕事に役立つ本だけを読んでいたら、カルチャーやスポーツ全般に対するアンテナは芽生えないじゃないですか。仕事じゃないアンテナを生やすのも大事だとレジーさんの前著『ファスト教養』を読み返してて思ったんです。
それが正気を保つとか、自分の魂を100%仕事に持っていかせないための防波堤になるのは確かだと思う。ただ、そこで副業しろというのも一つの有効な選択肢ですが、結局は僅かな余暇すらもまた別の仕事に奪われることになってしまう人も多い気がするので、僕としては仕事一本でもいいから、たまにNetflixで映画を見るとか、趣味の時間を作って心身を休めてください、と言いたい(笑)。

レジー 無駄なことをやり続けることが正気を保つために必要なことであり、それがある閾値を超えると、それが無駄ではないものになる、ということかもしれません。「防波堤」ってすごくいい言葉ですね。一人一人がそれを持ってないとだめですよね。

麻布競馬場 日本人は好きなことが好きすぎると思って。キャリアに関する取材を受けることがあって、そこでは「好きなことじゃなくて耐えられることを仕事にしてください」と言ってるんです。例えば、僕ら作家業の人間は請求書を出すのがすごく苦手なことが多いんですが、ストーリーの構造を考えるとか、参考になりそうな映画をぼーっと見るのは一日中できる。それが作家をやれている理由だと思います。他人は苦痛に感じるけど、自分はそこまで苦痛じゃないことを仕事にすると生き残りやすい。「成果を出しやすい」とは違う軸ですが、仕事で狂わないことで大事なのは、それなのかなと思っています。

レジー それ、すごくいい視点ですね。好きなことを仕事にすると、好きなものの中にある好きじゃないことに拒否反応を示しやすくなってしまいますよね。「耐えられる」という観点だとそういう拒否感もあまり出なくなるから、結果的にいろんなことができるようになったり、幅が広がってやれることが増えたりしますよね。

麻布競馬場 それと共に僕が必要だと思っているのが「趣味の時間に生産性を求めないこと」だと思う。さっきNetflixを持ち出しましたが、「ビジネス教養のための映画」みたいな文脈で映画を観ていても、心身は休まらないでしょう。それに、趣味も仕事と同じで、自分が次に行くべき場所を延々と探し続けていては落ち着かないし、それだけで相当なリソースが食われる。「耐えられる」ことが長い趣味になると思うんですよ。一生かけて、盆栽をするでもいいし、釣りでもいいんですけど、そこを探すのが、仕事で狂わないことの一個の要因なのかなと。

レジー 確かにそうですよね。無限にやり続けられることってある。僕であれば、Spotifyで謎な音源を検索するのはいくらでもできますね(笑)

麻布競馬場 趣味を仕事に生かすことの対極にあるのが、頑張れる趣味を探すみたいなことなのではないかと。ネガティブかもしれませんが、それが一つの道だと思ってるんですよ。
暇に耐えられないから人は仕事に行く。もし、暇に耐えられないのなら、暇な時間をすべて突っ込んでも大丈夫な趣味を探すことが、仕事だけに狂わされない方法かもしれない。それこそ、役に立つかどうかではない、逆方向を生き延びるための教養ですよね。

(構成:谷頭和希)
 
 

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東大生はなぜコンサルを目指すのか

プロフィール

レジー×麻布競馬場

レジー

批評家・会社員。1981年生まれ。一般企業で経営戦略およびマーケティング関連のキャリアを積みながら、日本のポップカルチャーについての論考を各種媒体で発信。著書に新書大賞2023入賞作『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』(集英社新書)のほか、『増補版 夏フェス革命 -音楽が変わる、社会が変わる-』(blueprint)、『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア、宇野維正との共著)。X(旧Twitter) : @regista13。

麻布競馬場

あざぶけいばじょう 1991年生まれ。慶応義塾大学卒。2021年からTwitterに投稿していた小説が「タワマン文学」として話題になる。2022年、ショートストーリー集『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』でデビュー。2024年、『令和元年の人生ゲーム』が第171回直木賞の候補作に選出。

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