楽園の嘘、あるいは歴史修正主義の寓話としての『ズートピア2』――「1776年」の神話と「1619年」の亡霊 序章

歴史はいかにして「編集」されるか

小森真樹

 アメリカ社会の現状を語る際、「分断」という言葉が用いられるようになって久しい。アメリカの建国は、英雄たちによる「輝かしい」ものなのか? それとも、アメリカの発展・繁栄は奴隷制によって支えられた、「血塗られた」ものなのか? 過去の評価や現在の価値観をめぐって激化する「歴史戦」や「文化戦争」、そして「暴力装置」たることを露骨に示し、歴史の改ざんすらも厭わない第二次トランプ政権……。
 これらの現状を批評的に盛り込んでいるのが、現在世界中で大ヒットしている、ディズニー映画『ズートピア2』だ。アメリカ文化研究・ミュージアム研究者である著者が、このアニメ映画を起点として、アメリカ社会、ひいては現代世界の向かい合う問題について論じる。

1 「一月六日」の書き換え

 2025年1月20日、第二次トランプ政権の発足初日に行われたのは、未来への政策提示ではなく、過去への干渉であった。

 新大統領は、2021年に起きた連邦議会議事堂襲撃事件――いわゆる「一月六日(January 6)」――に関与した被告らへの大規模恩赦と減刑を即座に打ち出した(*1)。この日、警官を含む五名の死傷者を出し、民主主義の殿堂を暴力で蹂躙した事件が起こり、それはかつて、「国家転覆・クーデター(coup)」であり「暴動(insurrection)」だと評価されていた(*2)。ホワイトハウスはこれを覆し、議事堂への襲撃は「国民和解」の第一歩だと定義し直したのである。

 注目すべきは、この歴史の語り直しが、一部の陰謀論的なSNSや極右メディアの片隅ではなく、合衆国政府の公式ドメイン「.gov」において、行政手続きとして堂々と進行した点にある。

 新政権によって刷新されたホワイトハウスのこの特設ウェブサイトにおいて、「内戦の危機」の記憶は、「政府転覆と武装反乱」ではなく「愛国者による平和的な抗議デモ」へと反転された(*3)。サイトのトップページには、事件を追及した民主党議員ナンシー・ペロシをはじめとする調査委員の顔写真が並び、小刻みに震えるモノクロのバナーが「ホワイトハウスの政敵=悪」との印象を刻印する。

ホワイトハウスが設けた議事堂襲撃事件の特設サイト。「反乱」の物語をでっち上げたと説明される民主党のナンシー・ペロシ元下院議長らが小刻みに震えるデザイン。
写真1 ホワイトハウスが設けた議事堂襲撃事件の特設サイト。「反乱」の物語をでっち上げたと説明される民主党のナンシー・ペロシ元下院議長らが小刻みに震えるデザイン。

 ここで起きている事態は、単なる政治的プロパガンダの範疇を超えている。それは国家が行政文書という「正史」の形式を用いて、記憶の公的な形式そのものを物理的に書き換える行為だ。ここにあるのは、過去の出来事の「評価」をめぐる争いではなく、記憶の公的形式そのものを反転させる歴史的改ざんである。

 そしてこの「修正」は国家によって制度化されている。出来事を理解するための公共の磁場――誰が、何を、どう記録し、どう読ませるか――が、土台ごと作り変えられているのだ。50年後、事件の記憶を持たない後世の人々がこのアーカイブに触れたとき、彼らはそこに何を見出すだろうか?

 ジョージ・オーウェルは『一九八四年』において、統治権力が言葉の意味そのものを操作し、認知の構造を書き換える手法を「ニュースピーク(Newspeak)」と呼んだ。「戦争は平和、自由は隷従、無知は力」。いまアメリカ合衆国で起きているのは、まさにこのディストピアの具現化である。「暴動」は「平和」へ、「襲撃」は「愛国」へ。露骨な歴史の編集が、制度化された暴力として現在進行形で機能している。

*1 Choi, Annette, and Tami Luhby. “Trump Gave Broad Clemency to All Jan. 6 Rioters. See Their Cases in 3 Charts.” CNN, January 26, 2025.; The White House. “Granting Pardons and Commutation of Sentences for Certain Offenses Relating to the Events at or Near the United States Capitol on January 6, 2021.” Presidential Actions, January 2025. Accessed January 19, 2026.
*2 “January 6 timeline: How the coup attempt unfolded.” CNN, November 5, 2021.
*3 The White House. “January 6.” Accessed January 19, 2026.

2 ディズニーという「主戦場」

 奇しくも、こうした「歴史の修正」と「制度による忘却」という主題を鋭く喝破する物語が、いまアメリカで、そして日本を含む世界中で熱狂的に消費されている。2025年11月に公開されたディズニー・アニメーション映画『ズートピア2(Zootopia 2)』である。

 前作から約10年の時を経て公開されたこの続編は、動物たちが人間のように暮らすハイテク文明社会「ズートピア」を舞台にした、単なるバディ・ムービーの枠には収まらない。そこで描かれるのは、都市の繁栄がいかなる「追放」と「抹消・否定(cancel/denial)」の上に成り立っているかという、歴史認識をめぐる極めて今日的でアメリカ的な問いである。

 本稿の目的は、この『ズートピア2』を、現代アメリカで激化する「文化戦争」と「歴史戦」――すなわち、輝かしい建国神話を信奉する「一七七六年的」な歴史観と、奴隷制という原罪を国家の核心に位置づける「一六一九年的」な歴史観の対立――という文脈の中に位置づけ、その射程を測定することにある。

 アメリカにおいて「教育」と並んで歴史認識の主戦場となってきたのが、まさにディズニーという巨大な文化装置であった。例えば、フロリダ州知事ロン・デサンティスとディズニー社の間で繰り広げられた、“二つのD”の闘争が顕著な例である(*4)。発端は、学校教育の場から性的指向やジェンダー・アイデンティティに関する議論を禁じた法をフロリダ州が定めたことに対する、ディズニー側の反発であった。これに対しデサンティスは、ディズニー・ワールドが長年享受してきた準自治権の剥奪という、税制とインフラ権限を用いた報復に出た。政治権力が、企業に対して「言論の内容」ではなく、その存立基盤である「インフラ」を人質に取って統制を図る(*5)。この文化戦争のリアリティは、そのまま『ズートピア2』における都市統治の描写へと流れ込んでいる。

 本作『ズートピア2』が描くのは、前作が対象とした「個人の偏見の克服」という心理的・道徳的なテーマではない。それは、都市のインフラ、名家の権威、警察の制度、そして教育機関がいかにして共謀し、「公式の歴史」を捏造してきたかという、構造的な欺瞞の暴露である。

 以下本論では、第一章で前作『ズートピア』が内包していた「一七七六年的」ユートピアの限界を再確認する。続く第二章以降では、続編がその土台をいかに解体し、「インフラによる歴史修正」という現代的な構造的暴力の形態を暴き出しているのかを論じていく。両作は、アメリカ社会が「物語」を描くモードの変化を対照的に反映しており、ディズニーが作品を時代に合わせて「アップデート=自己批判/修正」してきた過程を、社会と映画を重ね合わせながら見ていきたい。

*4 “Disney v. DeSantis: A Timeline of the Case.” Time, May 18, 2023.
*5 “DeSantis tourism board scraps Disney’s DEI programs.” The Guardian, August 3, 2023.

楽園の嘘、あるいは歴史修正主義の寓話としての『ズートピア2』――「1776年」の神話と「1619年」の亡霊

アメリカ社会の現状を語る際、「分断」という言葉が用いられるようになって久しい。アメリカの建国は、英雄たちによる「輝かしい」ものなのか? それとも、アメリカの発展・繁栄は奴隷制によって支えられた、「血塗られた」ものなのか? 過去の評価や現在の価値観をめぐって激化する「歴史戦」や「文化戦争」、そして「暴力装置」たることを露骨に示し、歴史の改ざんすらも厭わない第二次トランプ政権……。 これらの現状を批評的に盛り込んでいるのが、現在世界中で大ヒットしている、ディズニー映画『ズートピア2』だ。アメリカ文化研究・ミュージアム研究者である著者が、このアニメ映画を起点として、アメリカ社会、ひいては現代世界の向かい合う問題について論じる短期集中連載(全6回)。

プロフィール

小森真樹

(こもり まさき)

1982年、岡山県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士号(学術)取得。武蔵大学人文学部教授、立教大学アメリカ研究所所員。専門はアメリカ文化研究・ミュージアム研究。批評の執筆や雑誌の編集、展覧会・オルタナティヴスペースの企画にも携わる。著書に『美大じゃない大学で美術展をつくる vol.1 藤井光〈日本の戦争美術1946〉展を再演する』(編著、アートダイバー)、『楽しい政治—「つくられた歴史」と「つくる現場」から現代を知る』(講談社選書メチエ)、『歴史修正ミュージアム』(太田出版)がある。

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