長年続く円安や物価高、新NISAの一般化により経済政策や市場動向に注目が集まる昨今。動画・SNS・ニュース・ブログ・書籍などのメディアの多様化により、経済情報は手に入りやすい一方、たしかな情報を手に入れる難易度はかつてなく上がっている。
いったいどうしたら信頼できる経済情報を手に入れられるのか? みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミストとして様々なメディアで情報発信をおこなう唐鎌大輔氏と、同じくnoteなどで経済の基礎知識を発信し8月に新刊『為替介入とは何か』を上梓した経済学者の服部孝洋氏に訊く。

経済ニュースをどのように読み解くか
服部 唐鎌さんは、noteなどを通して、経済情報を積極的に発信されていますね。唐鎌さんからみると、経済の仕事に直接かかわっていない、一般の読者の方々はいまどのような経済動向に関心があるのでしょうか。
唐鎌 株・為替・債券という三大アセット(編集部註:投資先)の話題であれば、圧倒的に株の関心が高いと感じます。書籍においても、株の本はよく売れていますよね。株に次いで為替の注目度が高く、債券のニュースとなると関心がもたれにくいという印象です。
服部 債券市場はプロの投資家である機関投資家中心の市場であるため、一般の方からすると関心を持ちにくいのはわかるのですが、為替は円安・円高のニュースがあるのにも関わらず株に比べると関心が低いのですね。
唐鎌 株の場合、銘柄を選択して自分のお金を入れて、自ら投資しますよね。会社を応援したいという意味で買っている人もいるのではないかと思います。それに対して、この通貨を応援したいというのはないでしょうから、関心を持ちにくいのかもしれません。本当は、為替のほうが人々の生活に関係があるんですけどね。為替が話題になるとしたら、物価高と関連しているときのみでしょうか。結局はインフレの遠因としての円安という位置づけでしか捉えられないから、為替は一般の方は身近に感じにくいのだと思います。
とはいえ、物価の変化も身近になってきたため、この3年くらいで為替の関心も以前よりは高まってきました。「デジタル赤字」や「インバウンド黒字」などの論点が、為替変動と密接にかかわってきていると多くの人が感じ始めたのでしょうね。私が2024年に刊行した『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』(日経プレミアシリーズ)が売れたのもそれが理由だと思います。
服部 唐鎌さんは、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミストという立場でリサーチをされていますが、為替チームはどのようなリサーチの体制になっているのでしょうか。
唐鎌 銀行は為替に関する取引をしてもらうためにリサーチ機能を有しており、私たちのチームはその観点でリサーチをしています。 私のチームは5人ですね。私に加え、エコノミスト2人とアシスタント2人。 私が主にG3通貨(ドル、円、ユーロ)を 見ていますけど、エマージングマーケットは幅広いので、チームで分担しています。多くの会社はそういった分担が多いと思います。
服部 投資家向けのレポートはどれくらいの頻度で出されていますか。
唐鎌 ほぼ毎日出しています。
服部 証券会社のアナリストと同じくらいの頻度ですね。
唐鎌 手前味噌ではありますが、セルサイド・アナリスト(証券会社や銀行等のアナリスト)の中ではかなり筆を動かしている方だと思います。セルサイドのアナリストの場合、ひたすら投資家であるお客さんと会うというスタイルが多いと思いますが、私は、 基本的には午前中を執筆に充て、午後はお客さんや講演会というルーティーンでやっています。たまにnoteで発信しているのは、その中でも、一般向けに使えるものをやさしく記載しているイメージです。
服部 最近、外為特会についてはよく話題になることが多いと思います。円売り・ドル買い介入を重ねた時代の国の外貨建て資産が、円安が進むほど含み益が増えているのは事実ですが、十分な議論や国民への説明もないまま、積極運用で財源を生むという議論は危ういものだと考えています。
私は8月に『為替介入とは何か 200兆円規模「外為特会」が生まれた謎』という新書を刊行したのですが、実は本の多くは外為特会の話題について割かれた本なんです。外為特会の残高は200兆円規模であるものの、誰もまとまった文章を出しておらず多くの人にとって中身がブラックボックスになっています。また、私個人は政府が今後、外為特会を積極運用する方向で議論が進む可能性は高いと思っており、そうなった時に向けて本を出しておきたいと考えていました。新書で出すとかなり幅広い人たちが手に取ってくれる可能性がありますし。
唐鎌さんはエコノミストという立場上「市場動向は顧客にだけ伝わればいい」という考え方がありうると思うのですが、どのようなモチベーションで一般向けの書籍を出されているのでしょうか。
唐鎌 いま服部さんがおっしゃった通り、たとえば新書をだせば、個人投資家だけじゃなくて、経営層や政治家の方も自分の考えを知ってもらえますよね。自分は信頼しているメディアにしか出ないのですが、YouTubeの番組に出るのもそれが理由です。
昔と違って、マクロのエコノミストが内輪だけで情報発信をし続ける意味は薄くなっていると思っています。昔は証券会社のサイトにアクセスして、 ID とパスワード入れないとレポートを読めませんというのがバリューでしたし、今もそのスタイルが多いとは思います。しかし、このマクロ経済分析においてはデータはすべて一次情報であり、機微に触れるものは無いと思います。むしろ、色々なステークホルダーに自分の考えを知って貰った方が、その主張の妥当性を知る上でも有利だと思います。その点では、エコノミストは書籍やレポートをどんどん出すべきだと思います。学者である服部さんのご意見はどうでしょうか。

経済動画戦国時代
服部 経済学者は学術論文を執筆して、査読のあるジャーナルに掲載させることが最も重要な仕事ですが、私は実務経験もあることから、論文を書くことに加え、一般向けの発信も積極的にしています。noteであるとカジュアルに書けるし、自分が調べたことをメモをして市場参加者などからコメントをもらい、ブラッシュアップするという使い方をしています。その時に話題になっていなくても、Xを使うと、ニュースで話題になっているときに読者がかつての文章を参照してくれます。「外為特会」についても3年前に書いていたのですが、いま再び読まれている印象があります。
一方、最近視聴者として感じるのは、YouTubeをはじめとした動画メディアの影響力が強くなっているということです。
唐鎌 今は、 経済動画戦国時代ですよね。だから取捨選択してメディアに出ないといけないと感じています。例えば、40年ぶりに円安になったら、どのチャンネルでも為替の話をしますよね。そして、どのチャンネルでも出てくる人は一緒じゃないですか。だから、意識して差別化していかないと、この人の話はいつでも聞けるからいいやと視聴者に思われてしまうのではないかと思います。
私はTBSとBloombergが共同で立ち上げたYouTubeチャンネルで「CROSS DIG Economic Labo」という番組をやらせて頂いております。noteで発信した情報をさらにここで深掘りしたり、書評を行って見たり、極力そこでしか得られないユニークな情報が届けられるように工夫しています。
服部 僕は教員として大学で金融教育に携わっているのですが、学生も今では経済に関する良質な情報を得るのは簡単ではないと感じます。唐鎌さんなら、大学生や社会人一年目の人に、金融を学ぶ際におすすめのメディアを教えてほしい、と言われたらどのようにアドバイスしますか。
唐鎌 自分のnoteはお勧めしたいですが(笑)、それはさておき、その情報を元に映像化している「CROSS DIG Economic Labo」はお勧めできます。一緒にやらせて頂いている竹下隆一郎さんを始めスタッフの方々とは「なるべく視聴者を煽らない、腐らない議論をやろう」という信念を共有させて頂いております。結果、出演者もじっくり専門性に則った話ができていると思います。
服部 紙媒体だとどうでしょうか。ネットだけだと自分の好きなものをばかり見てしまうので、自分が出会わない情報を目にするという意味で、私は日経新聞には目を通すようにしています。ビジネスパーソンはみんな読んでいますし、「こういう記事ありましたよね」という形で社交の形でも使われています。一面に大きく取り上げられている話題を見れば、日経がなにを重視しているのかもわかります。
唐鎌 日経は読まざるを得ない媒体ですよね。新聞は一覧性があるから、本来は電子版より紙がおすすめです。最近、斜に構えて「日経新聞よりも●●の方が良い」と怪しげな情報商材を勧める風潮もあると聞きますが、やはり目は通さねばならない情報が網羅されているとは思います。
あとは、各分野で信頼できる発信者を見つけて、その人の発信をチェックするという方法もおすすめです。 例えば JGB(日本国債)の話 だったら『はじめての日本国債』を出している服部さんの話を聞くとか、いまだったら調べやすいですよね。

信頼できる情報をどのように得るか
服部 でも金融にかかわっていない人にとっては、そもそも「信用できる発信者」ということは判断しにくいですよね。
唐鎌 おっしゃる通りです。でも、それも普段の発信や経歴がわかればある程度判断できるようになると思います。たとえば、メディアにはたくさん出ているけどレポートを書かないアナリストは残念ながら存在します。逆に言えば、レポートやコラム、しっかりした書籍など、成果物を高い頻度で発信しているかをチェックすれば、ある程度は判断できると思います。メディアへの露出はどこまでいっても「執筆の延長」であるべきですから。
その上で、それらの成果物の「質」を見極めることも大切です。例えば少し調べればわかる相場のまとめのような画像やグラフを上げているだけだったり、「雇用統計の結果がよかったから相場が反応した」ということだけを書いているレポートをよく見かけますが、あれはあまりにも質が低いですよね。Xでインプレッションを稼ぐためだけのようなレポートを見極めて、アナリストやエコノミストの考えやその人の「イズム(主義・主張)」があるものを探すことが大切だと思います。
服部 Xを使った情報発信は、経済記者の後藤達也さんにより爆発的に広がったとみることもできますよね。
唐鎌 SNS上での経済情報の発信は、後藤さん以前/以後に分かれるかもしれませんね。ただ多くの人は後藤さんの真似をしても、同じようにはできないわけです。後藤さんは経済情報を噛み砕いて説明するということについてのプロフェッショナルなわけですが、それを真似する人はAIを使ってニュースをただまとめて出すだけなんですよね。言い換えれば、今後はその手のコンテンツは「AIでいいや」という流れになるのかもしれませんが。
かつては、頑張って情報を取りに行けば、いい情報が手に入るはずだったのが、AI以降はあまりにも情報が多すぎてそもそも「確かな情報」にたどり着きにくくなっている。だから、初学者にとっては、まず情報の取捨選択が難しい時代になったと思います。
服部 私や唐鎌さんの世代は2000年代に学生時代を過ごしていますが、あの頃は旧TwitterやYouTubeが勃興し、拡大していく直前の時期でした。今の若い世代からすると、メディアが多すぎると感じているのではないでしょうか。
唐鎌 AIとインターネットを駆使して確かな情報を手に入れる方法とお勧めしているのは、国際通貨基金(IMF) の「世界経済見通し(WEO:World Economic Outlook)」を AI に入れて日本語で1,000-2,000字くらいで要約して読むというものです。
服部さんもよくご存じの通り、IMFが定期公表しているレポートは沢山存在しますが、WEOと「国際金融安定報告(GFSR:Global Financial Stability Report)」が双璧です。IMFはこれを4月と10月に出すのですが(※それぞれ7月と1月に暫定改定あり)、このレポートさえ読んでおけば経済に関する極めて真っ当なバランス感覚が身に付くと思います。これはもちろん英語でだしているので、初学者が全部読むのは正直きついのですが、そこはAIの出番です。5,000字くらいに要約して、気になる部分をAIと対話しながら繰り返して読んでいけば、経済に詳しくないという状態から脱することができると思います。なお、分析者にとってIMF のレポートが素晴らしいなと思うのはエクセルのバックデータもついているんですよね。これからアナリストを目指したい層にとっても、少し経済の知識があるひとであれば、自分でグラフを作ったり、再現したりすることもできる。経済や金融の分析に興味がある層にはお勧めです。
服部 たしかにバックグラウンドもしっかりしたIMFのレポートを用いて知識を学ぶということは、いい方法だと思います。私が8月に刊行した『為替介入とは何か』ではIMFについてもかなり細かく説明したのですが、実は財務省内で、「IMFは財務省よりも官僚機構」といわれることも少なくありません。レポートについても内部で入念なチェックをしているのは間違いないですし、IMFのエコノミストは基本的に博士号を取得しており、アカデミックな議論も踏まえた内容になっています。もっとも、学生が読んで楽しいと思うかは別の話だとは思いますが。
唐鎌 もちろん、もっと手前の入り口が欲しい場合、「サクッとわかります、3分でわかります」みたいなコンテンツでも悪くはないと思います。しかし、いつかはそれを卒業したい、と思っている人も多いと思います。だから、ある程度初学者から脱したいのであれば、書籍であれば、例えば年末に経済雑誌や日経新聞などが公表する「ベスト経済図書」みたいなランキングから書籍を選ぶのは無駄が少ないと思います。なお、書籍を読んでも内容を忘れてしまうので、時間のある学生時代や若手時代は読んだら「読んだら自分で要約する」という習慣をつけるのがいいと思います。私は社会人5年目ぐらいまでは、書籍を読んだら1,000字程度で要約するということをやっていました。
ちなみに私のnote「唐鎌Labo」では必ず月1回、書評をやっています。元々は週刊「東洋経済」で書評をやらせて頂いているのですが、そのロングバージョンを余すことなく発信しております。ある意味で「書籍を読んだら要約する」という作業を今もやっている感じですね。

(取材:集英社新書編集部 構成:服部孝洋 撮影:内藤サトル)
プロフィール

服部孝洋(はっとり・たかひろ)
経済学者。東京大学金融教育研究センター特任准教授。著書に『はじめての日本国債』(集英社新書)、『マネー・マーケット入門日本銀行の金融政策と短期金融市場』(日本評論社)、『日本国債入門』(金融財政事情研究会)、共著に『国際金融』(日本評論社)。Xやnoteでも、一般の読者に向けての情報発信を積極的におこなっている。
唐鎌大輔(からかま・だいすけ)
2004年慶応義塾大学経済学部卒。JETRO、日本経済研究センター、欧州委員会経済金融総局(ベルギー)を経て2008年よりみずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。著書に『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』(日経BP社、24年7月)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(日経BP社、22年9月)、『アフター・メルケル 「最強」の次にあるもの』(日経BP社、21年12月)、『ECB 欧州中央銀行: 組織、戦略から銀行監督まで』(東洋経済新報社、2017年11月)、『欧州リスク: 日本化・円化・日銀化』(東洋経済新報社、14年7月)。河野龍太郎氏との共著に『世界経済の死角』(幻冬舎新書、2025年7月)。TV出演:テレビ東京『モーニングサテライト』など。note「唐鎌Labo」にて今、最も重要と考えるテーマを情報発信中。
服部孝洋×唐鎌大輔







原田曜平×田中渓

朱喜哲×能條桃子×丸山央里絵
大澤暁